実現へ向けてハードルは高いが、山手線は「ドライバレス運転」へ向けて動きだしている(撮影:風間仁一郎)

東日本旅客鉄道(JR東日本)が鉄道の運転士や車掌(以下、乗務員)の勤務体系を大幅に見直すことが、本誌の取材で明らかになった。

今年8月には東日本旅客鉄道労働組合(東労組)本部と妥結。現在、地域ごとに具体的な条件を詰めている。2019年春ダイヤから実施される見通しで、乗務員の勤務体系見直しは実に26年ぶりとなる。

支社などの内勤者も乗務

今回の見直しを一言でいえば、乗務員の働き方改革だ。育児や介護と仕事をどう両立していくか。ここ数年、女性乗務員が増えたことも背景にある。日勤もあれば泊まり勤務もある中で、「多様な働き方ができる勤務体系を目指す」(得永諭一郎・執行役員運輸車両部担当部長)。

内容は、過密路線での拘束時間の延長や深夜早朝手当の増額、行き先地による手当の廃止など多岐にわたる。その中での目玉が、朝夕の混雑ピーク時を中心に3時間程度乗務する「短時間行路」の設定だ。

同行路の対象となるのは、育児・介護をしながら勤務する社員。さらに、現在は支社などに勤める運転士の資格を持つ内勤者も乗務できるようにする。いわば乗務員資格者によるワークシェアリングを広げることで、幅広い働き方を実現しようとする狙いがある。

JR東日本では運輸車両部門の社員が全体の約3割を占める。その勤務体系を見直すだけに影響は大きい。東労組側からは「乗務労働と支社勤務(内勤)の組み合わせは疲労度が増す」「業務に不慣れな状態での乗務はリスクが大きい」などの批判が挙がった。


それでも今夏の交渉に大きな混乱はなかった。会社側が新制度を打ち出したのは5月。わずか3カ月余りのスピード妥結だった。JR東日本の中堅幹部は「組合の抵抗があるかと思ったが、拍子抜けするほどすんなりと決まった」と振り返る。

背景にあるのが、JR東日本の最大労組だった東労組の弱体化だ。これまで東洋経済でも報じてきたとおり(「JR東労組、大量脱退の衝撃」)、今年の春闘における東労組のストライキ権行使「予告」をきっかけに、会社側との対立が表面化。「労使共同宣言」が破棄され、その結果、大量の組合員の脱退を招いた。当時社員の約8割、約4.6万人もいた組合員は、現在は約1.3万人まで縮小してしまった。

これまでは「東労組の了解がなければ何も物事が進まない」(別の中堅幹部)実情があったが、それは過去のものになりつつある。

東労組の執行部体制は大幅に入れ替わった。「現執行部と旧主流派との内紛状態」と指摘する労組関係者もいるが、いずれにせよ、東労組の弱体化は否定できない。大量脱退した組合員の大半は依然、どの組合にも属さない「無所属」のままで、大きな労組を結成する動きも見えない。

乗務員の勤務体系見直しは以前から検討されていたが、こうした労組の弱体化が“追い風”となったことは間違いなさそうだ。

大量退職時代への布石

JR東日本には大きな課題がある。今後の社員の大量退職にどう対処するかだ。

現在、同社の社員の約4分の1が、国鉄時代に入社した55歳以上。定年は60歳で、今後5年間で約1.3万人が定年退職を迎える。

一方で首都圏の鉄道利用者数は当面、高止まりが予想される。そうした中でいかに効率的な鉄道運行を実現していくか。乗務員の勤務体系の見直しには、その布石という意味合いがある。

そして将来的に同社が見据えるのが「ドライバレス運転」、鉄道の自動運転の実現だ。

今年7月、JR東日本が発表した「変革2027」では、ヒト・モノ・カネに情報を加えたインフラの再構築、サービスの革新など鉄道事業の新しい方向性を打ち出した。計画には抽象的な概念が並んだが、その中に盛り込まれたのが、ドライバレス運転だった。

すでに国内では、ゆりかもめ(東京都)やポートライナー(兵庫県)など、新交通システムで自動運転が実現している。現在、JR東日本でその検証が最も進んでいるのが、最大の幹線である山手線だ。

環状線である山手線には、新しいシステムを導入しやすい。自動運転なら列車をフレキシブルに増減便しやすく、朝夕のラッシュ時の対応が容易になる。そして1日当たり150人近い運転士を削減できることになる。

山手線では3月時点で29駅中24駅にホームドアを設置、今後全駅に広げる。車両についても、ホームドアに合わせて自動停止するシステム(TASC、定位置停止装置)を導入済みだ。12月末には自動列車運転装置による走行試験も行う。

むろん、既存路線を自動運転化することは簡単ではない。駒込─田端間に1カ所だけ残る踏切の廃止をはじめ人の侵入を防ぐ措置や、路線・列車へのカメラやセンサー設置など、どれぐらいの投資が必要かもまだわからないという。ただ、完全な自動運転に至らなくても、こうした取り組みが、より少ない要員での運行体制につながることは間違いない。


得永執行役員は「運転士が減っていくことに対応するのが主たる目的ではなく、中長期的な視点で、安全性の確保から見ても技術的に確立しておきたいということ」と断りつつ、「結果的に少ない人数で運行できるし、ヒューマンエラーも減らせる」とその意義を語る。

コアの鉄道事業のあり方を大きく変えようとするJR東日本。すでに駅業務ではグループ企業への業務委託を増やし、定年退職後に再雇用された「エルダー社員」の活用が進んでいる。実際、社員数を見ると、単体では減少が続いているのに、グループ全体ではほとんど変わっていない。


当記事は「週刊東洋経済」12月15日号 <12月10日発売>からの転載記事です

今後は乗務員で同じ動きが出てくる可能性がある。特に社内資格である車掌は業務を外部委託しやすい。すでに一部の私鉄では、子会社に委託するケースも出ている。一方で国家資格である運転士については、自動運転化を進めつつ、要員効率化に取り組む──。

乗務員の勤務体系見直しが、改革加速のきっかけとなりそうだ。