藤井隆 撮影/森田晃博

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 コメディーにもいろいろなタイプの作品があるけれど、フランスの劇作家、ヤスミナ・レザさんが得意とするのは知的でシニカルな大人の悲喜劇。『大人のけんかが終わるまで』で5人の登場人物のひとりを演じる藤井隆さんにとっては、今まで経験してきた吉本新喜劇や三谷幸喜さんのコメディーとは、まるで違う世界かもしれない。

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苦戦していますが、本番が楽しみです

「作品の紹介文には“シニカルな大人のコメディー”と書いてあるんですけど“アハハハハ!”って大笑いするようなものではないんですよね。翻訳ものですし、設定がフランスのものなので、生活とか家庭、夫婦や恋人に対する価値観も日本人とは違うから、サッと共感しにくいところもあって。苦戦中です。すみません。当たり前ですが、本番までには仕上げます!」

 物語は破局寸前の不倫カップル、アンドレア(鈴木京香さん)とボリス(北村有起哉さん)が、レストランで偶然、知り合いと出くわしたことで動きだす。ボリスの妻の友人、フランソワーズ(板谷由夏さん)とその内縁の夫、エリック(藤井さん)、認知症になりかけているエリックの母、イヴォンヌ(麻実れいさん)だ。ひょんなことからテーブルをともにすることになった5人の間に、不協和音が鳴り響く。

「私が演じるエリックは、鈍感なところもありますけど、まじめな人。でも“家族のためを思って”とか“みんなが楽になればいいと思って”と自ら言っちゃう人で(笑)。本当にできた人だったら言わないですよね!

 きっとひとりっ子で、お母さんとすごく親密な関係にあって。母の誕生日を、妻が選んでくれたレストランで過ごそうとしているというのはすごく幸せなことだと思うんですよ。なのに、そこでたまたま妻の友人の夫とその不倫相手に出会ってしまったことで、巻き込まれてしまうんです」

 稽古場で演じてみて、発見はありましたか?

「それはもちろんあるんですけど、結局、お客様の前でやらせていただかないと本当のことはわからないと思うんです。喜劇だと特に、お客様に教えていただくことが多いので。けっして安くはないチケット代を払って来てくださったお客様が笑ってくださる、拍手をくださる、反応してくださることで初めて、お稽古場ではずーっとわからなかったセリフが自分のものになったりする。そういう経験をしてきていますので、お客様に見ていただいてどうなるか。本番が楽しみですね」

藤井さんにとってケンカとは

 常に気遣いを忘れず、謙虚で腰の低い藤井さん。そんな藤井さんも、大人になってから誰かとケンカをしたことはあるのだろうか?

「仕事の場とかではありますけど、プライベートではないですね。夫婦ゲンカもほぼしないです。そう言うと“ケンカするほど仲がいい”という言葉もあるように“ケンカしてお互いを知っていくんだよ”と言ってくださる諸先輩方もいらっしゃる。“はい”とは言ってますけど、あんまりケンカするのが好きじゃないんです。

 ケンカってヒドいことを言う人もいるじゃないですか。相手を傷つけようとする感情が働きますから。そういうとき思ってもいないことを言うだけならかまわないんですが、後で謝ってくる人が本当に苦手なんです。“あのときはつい”とか言うけど、私に言わせれば“思ってたから言ったんでしょ!?”(笑)。

 “ケンカして絆が深まる”とか、夫婦に限らず仕事仲間とかチームでも言うことありますよね。でも、私の場合はケンカしたときってもう終わる方向に向かっている(笑)。関係が終わる前提で“じゃあ言いますけど!”っていうケンカはありますよ(笑)。でも、続くんだったらケンカしてもしょうがない。“修羅場”みたいなことになって、それで何かを乗り越えたことなんか1回もないです!(笑)」

4人の豪華共演者とご一緒できる幸せ

 もちろん稽古場での5人は、ケンカとは無縁だ。「4人の共演者の方々とご一緒できる幸せをすごく感じています」と、藤井さん。

「麻実れいさんという百戦錬磨の先輩が丁寧にセリフを紡いでいらっしゃる、そういう場でご一緒できるなんて思っていなかったですし、ましてや“母さん”と呼べるなんて贅沢ですよね。北村有起哉さんが場面によってすごく色っぽくなったり、エモーショナルになったりと変化される姿を見るのは勉強になります。

 板谷由夏さんはフランソワーズという役と、実はすごく近いものをお持ちで、気さくでありながら気品があるんですよ。おいしいパンを買ってきてくださったりして、やさしくて、サッパリしておられて。そんな板谷さんが隣の席で“難しい〜”とおっしゃっていると、“よかった〜僕だけじゃないんだ”と思います(笑)。

 鈴木京香さんは圧倒的な清潔感と華やかな佇まいを見せてくださっているんですけど、京香さんが演じられるアンドレアはいろいろな葛藤を抱えている役で。そういう役を、京香さんがどんなふうに演じるかを見られるというのは、すごいことだと思うんですよ!

 鈴木京香さんって、なかなか生で見ることはできないじゃないですか(笑)。でも、少なくとも7月の公演期間中は京香さん、毎日シアタークリエにいらっしゃいますから。その後は旅公演もありますので、週刊女性をお読みのみなさまもこの機会を逃さず、ぜひ見にいらしてください!」

『大人のけんかが終わるまで』
『大人は、かく戦えり』(映画邦題『おとなのけんか』)や『アート』など、“滑稽な悲劇/悲劇的なコメディー”を描いてきたフランスの劇作家、ヤスミナ・レザの最新作。大人たちのみっともない悪あがきを辛口で描きながら、ちょっと切なさも感じさせてくれる。演出は、数々の賞に輝く上村聡史。
6月30日・7月1日にシアター1010でプレビュー公演
7月14日〜29日 日比谷・シアタークリエで上演。以後、愛知、静岡、岩手、大阪、広島、福岡、愛媛、兵庫でツアー公演

<プロフィール>
ふじい・たかし 1972年3月10日、大阪府生まれ。1992年に吉本新喜劇に入団。NGK(なんばグランド花月)の喜劇で人気を博し、’90年代半ばに東京へ進出。バラエティーやお笑いだけでなく、ドラマや映画、舞台で俳優としても活躍。2000年に『ナンダカンダ』で歌手デビューし、音楽活動も精力的に行っている。舞台出演作はNODA・MAP公演『ザ・キャラクター』、『エッグ』、三谷幸喜作・演出の『酒と涙とジキルとハイド』など、多数。

(取材・文/若林ゆり)