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結婚しようとする日本人カップルは、婚姻届でどちらの姓を選ぶのか記入しなければならない。日本では民法750条によって夫婦が同姓となることが義務づけられているからだ。当たり前のように思える夫婦同姓だが、世界では日本だけとなり、国連からは何度も是正勧告が出されている。

これに対し、選択制夫婦別姓の実現を目指す動きが今年に入って活発化している。1月には、ソフトウェア企業「サイボウズ」の社長、青野慶久氏ら4人が戸籍法上の問題を指摘して、東京地裁に提訴。5月にも、事実婚をしている7人が、別姓の婚姻届が受理されないのは「信条」の差別にあたるとして、東京地裁と立川支部、広島地裁の3カ所で同時に提訴した。こうした訴訟の原告は、いずれも自らの姓を選びたいと願っている人たちだ。

原告の1人、青野氏は2001年に法律婚をした際、妻の姓を選び、仕事では旧姓の「青野」を使用してきた。しかし、証券口座の名字を変えたことで、株式の名義変更が発生してしまい、81万円という高額の手数料が会社に請求される経験も。旧姓使用にもストレスを感じているという。

制度的には、男女平等の「夫婦同姓」だが、実に96%の女性が夫の姓に変えている現実がある。さまざまな名義変更に伴うコストや、仕事で旧姓を使用する煩雑さなど、夫の姓を選んだものの不便を感じている女性は少なくないだろう。

では、青野氏のように残り4%の既婚男性は一体、なぜ妻の姓を選び、どんなことを感じたのだろうか。実際に結婚の際、妻の姓に名前を変えた男性たちにインタビューした。

●改姓にともなう「無数の手続き」が結婚2年経っても終わらない!

【ネット企業に勤める30代会社員男性の場合】

——なぜ、結婚する際に妻の姓を選んだのですか?

「2016年に婚姻届を出しました。妻はかなり珍しい姓。妻は三姉妹の長女で自分の姓にこだわりがあった。自分はまったく逆で、日本でも上位に入るありふれた姓。学生時代から親しい友人には名前の方で呼ばれていたし、姓にまったくこだわりがなかった。改姓後の自分のフルネームの響きも気に入ったし、単純に『カッコいいから』というのが大部分の理由です。あとは、『改姓すると何が起きるんだろう』という興味本位もちょっとありました」

——その際、ご家族からはどのような反応がありましたか?

「両親には結婚の話をする流れで、『あ、それと結婚後は妻の姓にするから』と告げました。『えっ』と少し驚いてましたが、『何か不都合でも?』と言ったら『いや特にないけど…』ということでした。

もともと就職も転職も事後報告で、親の許可を得るような息子ではなかったので、反対しても無駄だと思われていたのでしょう。次男ですし、よく考えても特に何も支障はない。

妻の両親からは、妻からそうすることを伝えていたので自分には特に反応はありませんでした。義母は私の両親のことを気にしていて『本当にそれでいいのかしら』と気にしていましたが、『何の問題もありません』と重ねて伝えたのでその後は特に何もありません」

——双方のご両親にとっては予想外の選択だったのですね。実際に改姓してみて、どのようなメリット、デメリットがありましたか?

「手続きが無数にありますね。会社に氏名変更を届け出た途端に『保険証の氏名変更』『給与口座の名義変更の申請』『ストックオプションの氏名変更』『経費精算用口座の変更』を一気に言われて閉口しました。

後から次々に出てくるので、1日時間をとってまとめてできるものでもないのが本当に面倒です。手続きによって必要な書類も違うし、ウェブで手続きできないとか、土日は電話がつながらないといったことで、全然進まない。結婚から2年たった今もまだ残っててうんざりします。

プライベートの店の予約や病院など、ビジネス以外の場面では戸籍名にしてるんですが、ちょっと混乱する時はあります。結婚前から通ってた美容室とか『あれどっちにしてたっけ』と。友人知人からの結婚式の招待などは、当然のように旧姓で来ますしね。女性だったら既婚者に送る時は気にかけると思うのですが、男性が改姓するという意識がまだ自分の世代でも薄いんでしょう。

メリットは話のタネになることぐらいですかね。『いやー妻の名字にしたんですよ。戸籍名カッコよくないすか?』でひと盛り上がりする。あと、妻の親戚の集まりにはうまく馴染めている感じがします。それは改姓とは関係ないような気もしますが、外様感がないのかもしれません」

●「別姓が選べないと、珍しい姓や歴史ある姓がどんどん消滅していく」

——職場で旧姓を通称使用されていて、困ることはありませんか?

「現状は特にはないですね。いつか通称をやめて戸籍名にしようかなとも思うのですが、一番のネックは社用メルアド、アカウントが変わること。アカウントの文字列を姓と関連付けなければいいだけの話だと思うんですが、なんでできないんですかね?」

——選択的夫婦別姓がもし法制度化されていたら、別姓を選びましたか?

「どうですかね。デメリットがあったとしても『響きのカッコよさ』に勝てずに妻の姓にする気がします」

——夫婦別姓が選べない現状について、どう思われますか?

「選択的夫婦別姓制にはデメリットがほとんどないと思うので、議論が進まないのは残念。別姓が選べないと、珍しい姓や歴史ある姓がどんどん消滅していくので、文化的にも損失が大きい気がします。手続きの煩雑さを夫婦のどちらか一方が負担しなければいけないというのも納得感が薄い。開かれた議論によって制度設計が進むことを期待しています」

●「家を捨てるということか!」と父親から激怒のメール

【メディア企業に勤める30代会社員男性の場合】

——なぜ、結婚する際に妻の姓を選んだのですか?

「2014年に結婚しましたが、名字を変えてみるのが面白そうだった、という理由です。人生で名前を変えられる経験はあまりできませんから、一生に一度、やってみてもいいかなと思いました。それから、妻は僕よりもすでに自分の名前で仕事のキャリアを積んでいたので、妻から名字を変えたくないという希望もありました」

——その際、ご家族からはどのような反応がありましたか?

「父親は激怒しましたね。長男が突然、結婚すると言い出し、名前まで妻の姓に変えると後から知らされたので、父親からは怒りのメールが届きました。『家を捨てるということか!』と。

父親の気持ちもわからなくはないのですが、夫婦の選択ですので、『名字なんてラベルにすぎないのだから、貼り替えたところでその人が変わるわけではないし、家族との関係が変わるわけではない』と返事をしました。僕の旧姓は日本人で最も多いものの一つで、本当に個体識別のラベルにしか感じませんでしたので」

——お父様のお怒りはその後、どうなりましたか?

「しばらく放置しておいたら、『お前の気持ちはわかった。お前は新しい家族の家長として頑張れ』と諦めのメールが来ました(笑)。今では受け入れてくれています」

——実際に改姓してみて、どのようなメリット、デメリットがありましたか?

「メリットとしては、会社でも旧姓を使わず、メルアドも変えたので、連絡を取りたくない人を自動的に切り捨てることができたことでしょうか。同僚には『会社を辞めたのかと思った』と言われました(笑)。名字を変えることで人間関係も変わるという、面白い経験ができました。ただ、今でも慣れません(笑)。自己紹介の時に名字を間違えてしまい、事情を知らない仕事先には変な人だなと思われているでしょうね。

デメリットは、会社への改姓届、社員証、保険証、銀行口座、クレジットカード、運転免許、公共料金の契約、NHKとの契約、プロバイダ、携帯電話の契約、ヤフーやアマゾンのアカウント、電子送金サービスのPayPalなど、大量の名義変更がとても面倒でした。

本人確認にも、変更の履歴がわかる書類を電子で送らないといけない場合は、戸籍謄本か婚姻届受理証明書が必要でした。それぞれ手法も違って、あるところは実物を郵送しろというし、あるところはネットでもできるし、『名前を変える』という同じ作業をするのに、違う書類を揃えて、違う手法で手続きしなければならない。僕はゲーマーなのですが、これまでの人生で、こんなクソゲーやったことないですね(笑)」

●「もしも新しい姓を選べるのであれば、『暗黒竜』と名乗りたい」

——職場で旧姓を通称使用しなかった理由は?

「旧姓使用で、海外出張した場合、領収書の宛先が社内で届け出られている戸籍名と違うと手続きが面倒になりますし、出張先の国によっては、パスポートの戸籍名でしか領収書を出してくれません。

旧姓使用に伴う雑務を考えたら、仕事の名前も変えてしまった方が長期的に楽だと思いました。毎回領収書に、この名字は通称で、パスポートではこの戸籍名を使ってますと、海外の出張先で説明するのも面倒ですし」

——選択的夫婦別姓がもし法制度化されていたら、別姓を選びましたか?

「名字を変えたかったので、選んでいなかったと思います。選択的夫婦別姓といっても、結局、自分の姓か妻の姓しか選べません。2人の名前を足した新しい姓やまったく違う姓を選べるのであれば、やってみたと思いますが。『暗黒竜』とか名乗ってみたかったです」

——夫婦別姓が選べない現状について、どう思われますか?

「同姓でないと家族としての一体感が得られないという意見も聞きますが、インドネシアのように姓がそもそもない国もあります。そうした国の家族には一体感がないのでしょうか。こういう話をすると、『日本の話だ、外国は関係ない』と言われるのかもしれませんが、日本の夫婦の絆は他の国と比べても特に脆弱で、姓のようなもので結び付けないと維持できないということを意味しますよね。それはあまりに頼りない家族観に思えてしまいます。家族とは、名字によって束ねられるものではなく、目には見えない何かによって、結ばれているものではないでしょうか」

(弁護士ドットコムニュース)