世界に広がる配車アプリ「Uber」。日本だけなかなか広がらないのはナゼ?

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世界を席巻している配車サービス「Uber」。日本でもサービスを提供していますが、本格的には普及していません。なにが障害になっているのか。三菱総研理事長で元東京大学総長の小宮山宏氏は「規制や制度だけではなく、日本人のメンタリティに壁があるからだ」と喝破します。日本の成長を阻害している「内なる壁」とは――。

■縦割りなんて突破してしまえばいい

エレクトロニクスに代表されるように、かつて日本の製品は世界を席巻しました。それがいまや世界レベルではサービスも商品も、日本発がほとんど見当たりません。企業経営者の口からは「イノベーションが生まれなくなった」という嘆きが漏れてきます。それはなぜか。時代に合わない規制や制度という「外の壁」の存在については、よく指摘されていますが、実は、権威に従順な日本人のメンタリティに、真の理由が隠されているように思えます。

いくつか具体的な例を挙げてみましょう。私はさまざまな再生可能エネルギーの導入を推進していますが、日本の水力発電にも、まだ大きな可能性があると考えています。確かに、大型のダムを使った水力発電所の新設は難しいですが、既存の中小規模のダムは、もっと水力発電に活用できる。上手に開発すれば原発数基分くらいの発電能力になります。

ところが、ここで次のような質問が繰り返し出てきます。「既存のダムは、治水用ダムは国土交通省、発電用ダムは経済産業省など、管轄が異なるので、組織の壁を越えて発電に活用するのは難しいのでは?」。こういう質問が出てくることが、今の日本でなかなかイノベーションが生まれないことを象徴しています。

実情に合っていないのであれば、縦割りの管轄領域など突破してしまえばいいんです。

今ある制度や組織は、昔の人が「よかれ」と思って作ったわけですが、社会が変化したことによって、それが邪魔をしているケースはたくさんあります。縦割り行政は、その最たるものです。

ほかにも、今の実情と合わないのに「昔からそうだから」と、疑問も持たずに使い続けているような例には枚挙にいとまがありません。例えば、労働力の中核となる年齢を表す「労働生産年齢」は今も、15歳から64歳ということになっている。でも私なんか72歳ですし、今や65歳以上のかなりの人が元気に働いています。

高齢化社会は、元気な高齢者が増えているから高齢化社会なわけです。それに、今15歳で働いていたら義務教育違反です。18歳で高校を出てすぐ働く人も20%に満ちません。定められた当時は社会を反映していたのでしょうが、現状には、全く合っていません。

■日本ではなぜUberが広がらないのか

ここで1つ、みなさんにも考えていただきましょう。日本ではなぜ、「Uber(ウーバー)」のような配車サービスが米国や英国のように普及しないのでしょうか?

タクシー会社が反対しているからでしょうか。すでにUberが普及しているアメリカやヨーロッパにも、タクシー会社はあり、Uberに反対しています。反対を受けて、ロンドンでは今年9月にUberを禁止しました。ドイツをはじめEU諸国でも、禁止の動きが活発化しています。しかし、ロンドンでもかなりの勢いで広がったから、禁止になったわけです。

中国でUberと同じ配車アプリを展開する滴滴出行(ディディチューシン)は「Uber China」も買収し、利用者は3億人を超えているそうです。

日本でもUberはサービスを提供していますが、なぜ日本だけUberが広がらないのか、日本を訪れる外国人にもよく聞かれます。私もいろいろ考えてみましたが、明確な答えがなかなか思い浮かびませんでした。

ただ、日本人の、制度や仕組み、「お上(かみ)」に対するメンタリティに原因があるのでは、と思い当たりました。

縦割り行政や、過去に定められて今や実情に合わなくなってしまった制度や仕組みなどの「外の壁」。いわゆる岩盤規制と呼ばれるものです。もちろん、これらもよくありませんが、人にも意気地がない。これが、日本人の「内なる壁」になっているように思います。

500円で、血糖値やコレステロール値を測る、「ワンコイン健診」(現・セルフ健康チェック)というサービスがあります。川添高志さんが20代で起業した、ケアプロという会社が展開しています。

これまで存在しなかったサービスですから、立ち上げるときは、やはり規制の壁にぶち当たりました。小さな使い捨ての針を使って、ほんの一滴、血を採るのですが、医師以外が採血を行うと、医師法違反の可能性に加え、なんと傷害罪になる可能性も指摘されたというのです。「採血は医療行為なので、医師以外が行うと医師法などに違反する」というあたりまでは分からないではないですが、「医師でない人が他人を傷つけて血を採ると、傷害罪に当たる可能性がある」というのには驚きました。

私は川添さんに、「やってみればいいよ。ほんとに傷害罪で捕まるかどうかなんて、わからないんだから」とあおりました。

■「お上」のお墨付きを求めるなんて根性ナシ

「内なる壁」は、私が東京大学にいたときにも、たくさん目にしました。構内にコンビニエンスストアを作ろうという話が持ち上がった時もそうです。かつて、国立大学の土地は国のものだったので、民間企業が営利目的で事業をしてはいけないことになっていました。でも2003年に法律が変わって、国立大学は国立大学法人になり、大学の土地は大学のものになっています。にもかかわらず、こういう時、多くの日本人は、「念のために文部科学省に確認しておこう」となる。

もし大学構内にコンビニを作ったら、学長の私が逮捕されることになるのか、というと、そんなことはありません。いちいち文部科学省におうかがいを立てたりしないで、いいと思うことならやってしまえばいいんです。今や東大の構内には、たくさんのコンビニがある。それでいいのです。

新しいことを考えたときに、いちいちお上に「やっていいですか?」なんて聞いてはダメです。聞けば「ダメ」と言われるに決まっているんですから。そして、「ダメ」と言われるからといって、そこであきらめては、新しいことは何もできません。

FacebookやYouTube、Uber、Airbnb、どれも、事業を始めるときに役所に相談していたら、認める国なんてなかったと思います。既存の秩序や制度には当てはまらない、新しい事業ですから。しかし日本人はそこで、律義に聞いてしまう。お上が「いいですよ」と言わないとやらないんです。「根性ナシ」としか言いようがない。

最近私が読んだ本で、非常に啓発されたのが、マサチューセッツ工科大学のメディアラボ所長の伊藤穣一さんが書いた『9(ナイン)プリンシプルズ』(早川書房)です。英語の題は『Whiplash』。日本語で「鞭打ち」という意味です。油断していると鞭打ちになってしまうくらいに、世の中の変化は速い。そうした中で必要な、9つの原理について語っています。

これを読むと、なぜ日本がイノベーションで後れをとっているのか、わかるような気がします。

9つのプリンシプルの中に、「Disobedience over compliance(従うより不服従)」というものがあります。そこには、「言われた通りにしているだけでノーベル賞を受賞できた人はいないし、だれかの設計図に従っていただけで、ノーベル賞をもらえた人もいない」「インターネットの先駆者たちは、だれ一人ビジネスプランなんかなかったし、だれも許可なんか求めなかった。やるべきこと、やりたいことをやっただけだ」とあります。法を遵守しているだけではイノベーションは起こせません。ましてや、何でもかんでも役人におうかがいを立てているようでは、話になりません。

役所というのは減点主義で動いている組織ですから、役人に、前例のないこと、新しいことを「やっていいですか?」と聞いたら、ダメだと言うにきまっています。私が役人であっても、そう言うと思いますよ。

■違法かどうか決めるのは裁判所で役所ではない

私が東大の学長だったときは「Don't askポリシー」というのを掲げました。要は「お上に尋ねるな」ということです。「私の了解を得ずに文科省に相談に行ったらクビだ」と言い渡していました。

何をやるか、何をやらないかは、自分たちで決められるんです。制限できるのは法律だけです。つまり法律で禁じられていること以外は、何をやってもいいんです。それにもかかわらず、なぜいちいちお上に確認するのか。

そして自分がやったことが違法かどうかを、最終的に決めるのは裁判所です。役所ではありません。それが三権分立というものです。法律には「趣旨」というものがあります。どういう状況で、医者以外の人が人を傷つけたら傷害罪にあたるのか、常識に照らして判断するわけです。

川添さんの「ワンコイン健診」が、もし裁判になっていたとしたら、おそらく裁判所は、採血の目的や採った血の量などを勘案して常識的に考え、傷害罪には当たらないと判断するのではないかと思います(彼は結局、「自分で自分の血を採る」という方法を採ることで、壁を突破したようです)。

法というのはその社会の「常識」を表している。そしてその常識を逸脱しているかどうかは、裁判で判断してもらうしかないんです。そうでないと、みなどんどん自主規制して、やってみる前から自粛してしまう。それでは新しいものが生まれるわけがありません。それが今の日本の状況です。

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小宮山 宏(こみやま・ひろし)
三菱総合研究所理事長。1944年生まれ。67年東京大学工学部化学工学科卒業。72年同大学大学院工学系研究科博士課程修了。88年工学部教授、2000年工学部長などを経て、05年4月第28代総長に就任。09年4月から現職。専門は化学システム工学、CVD反応工学、地球環境工学など。サステナビリティ問題の世界的権威。10年8月にはサステナブルで希望ある未来社会を築くため、「プラチナ構想ネットワーク」を設立し会長に就任。

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(三菱総合研究所理事長 小宮山 宏 構成=大井明子)