英国人のベンさんは、長野・上高地で自然を堪能した(写真:筆者提供)

7月に観光庁が発表したある統計がちょっとした話題になった。それは、今年4〜6月に日本を訪れた外国人の中で、1人当たり最もおカネを使ったのは、中国人ではなく、英国人だったという統計結果だった。

「訪日外国人消費動向調査」によると、英国人1人当たりの支出額は、25万1171円と、前年同期比36%も上昇。イタリア人の支出額(23万3110円、同25%増)、中国人の支出額(22万5485万円、同2.5%増)を抜いてトップに立ったのである。

昨年6月、欧州連合(EU)からの離脱(=ブレグジット)を国民投票で決めた英国ではポンド安が続いており、円高の日本を敬遠するか、来ても財布のひもを締めるはずだが……。はたして、英国人は日本で何におカネを使っているのだろうか。

英国人はどんな旅を好むのか

調査では、英国人が宿泊費と飲食費(いずれも国別ランキング1位)と、娯楽費(イタリアに次いで2位)におカネを使っていることがわかった。一方、買い物代となると中国が断トツとなり、英国は15位に下落してしまう。

宿泊費におカネを使っている理由は、滞在日数にある。アジア諸国からの訪問者の平均滞在日数が4〜6日なのに対して、英国やほかの欧州諸国(ドイツ、イタリア、フランス、スペイン)では「7〜13日間」と「14日間以上」がほぼ半数を占めるのである。つまり、アジアからの旅行客と比較すると、英国の旅行者は、「よりゆったりした日程で、飲食や娯楽を楽しんでいる。買い物は必ずしも主眼ではない」と要約できそうだ。

実際、英国人はどのような日本旅行を好むのだろうか。早速、ロンドンの旅行代理店「ジャパン・トラベル・センター」に聞いてみた。同店は、英国在住邦人を対象にサービスを展開するが、訪日を希望する英国人も顧客とし、年間7000件以上を処理している。

オペレーションマネジャーの西川かおるさんによると、「ここ2、3年、訪日の顧客が増えている。今年の予約はすでに去年の2倍に達している」。訪日の目的はさまざまだが、「日本の文化を見る、味わう、体験する」ことを多くの旅行客が期待するという。

同じくロンドンの旅行会社で、訪日向けの旅行計画をカスタマイズする「オードリー・トラベル」のクロール・シュルツさんも、訪日を希望する英国人旅行者の主目的は「日本文化を体験すること」だという。「文化」というと、たとえば歌舞伎のような特別なことを想像するが、生活様式、街並み、店先に並ぶ品物、何を食べたり飲んだりしているかなど広い意味での日本社会のありようを意味する。

また、英国人は「日本の歴史についての関心も高い」とシュルツさん。英国には歴史好きが多く、一定の大きさの書店には必ず歴史についての書籍を集めたコーナーがある。専門の雑誌が複数出ているほか、歴史を絡めた番組がテレビで毎日のように放送されている。

訪日の人気エリアは東京や大阪といった大都市圏のほかに、京都や奈良、城下町金沢、温泉や山歩きが楽しめる箱根、飛騨高山、原爆ドームのある広島など。世界的に名高い新幹線に乗ってみたいという人も多い。事前に自分で調べて、「ここに行くにはどうしたらいいか」と積極的に聞いてくる顧客が珍しくなく、「英国人の旅行客は勉強熱心」(シュルツさん)という。

日本に行くことがブランド化している

自分だけの旅がしたいという人が少なくないため、ジャパン・トラベル・サービスでは、日本の自治体と連携しながら、通常のガイドブックには載っていないプログラムも立案。「最近はお寺での宿泊も人気です」(西川さん)。「日本に行った」ということがひとつのブランド化しており、ソーシャルメディアで友人、知人に「行ったよ」と自慢できるのもミソだという。

西川さんは、支出額約25万円について「それほど驚かなかった」という。というのも、英国人の訪日旅行(平均2週間)には2500ポンド(約35万円)ぐらいかかると認識しているからだ。

英国からアジアのほかの国、たとえばタイなどに行った場合、総支出額は5分の1ほどになる。それと比較すると、日本への旅行はハイエンドの商品だ。しかし、1回日本に行って帰ってくると、ああ、なるほどという思いをほとんどの人が持つという。「おカネを払っただけのことはあると思うようになる」(西川さん)。

確かに、おカネを払った分の見返り、つまりコストパフォーマンスの意識が高い英国人からすると、日本での食費、交通費、美術館などの入場料には割安感がある。たとえばロンドンでは、無料で入れる美術館は多いものの、昼にサンドイッチとジュースを買うだけで1000円から1200円、地下鉄の初乗りがもし現金で買うと約700円になり(電子カード「オイスター」を使えば、区間によって340円から700円)、日本と比較するとかなり高額だ。

日本に旅行をしたという英国人にも話を聞いてみた。「50歳の誕生日に、何かビッグなことをしたい」と、4年前に日本を訪れたロンドン在住のキース・ケントさん。「いつかは行ってみたい国」だった日本に行くためにまず本を買って日本語を学んだ後、10週間の日本語クラスにも出席した。そこで実際に日本人数人と知り合いになっていよいよ心が決まった。

ジャパン・トラベル・センターで相談し、5週間かけて東京、京都、大阪、広島、福岡など日本列島を旅した。

今年5月にも、2度目となる4週間の日本旅行を決行。観光名所を巡るというよりも、地図を見て、足を使って歩き回る旅を好む。温泉も大好きだという。夜は日本でできた友人たちと夕食をともにした。

映像プロデューサーのステファニー・ザックさんも自分で計画を立てて日本を探検するのが好きなタイプの旅行者だ。

昨年、パートナーのベンさんとともに12日間、東京、大阪、京都の名所を訪れ、長野・上高地などで自然を堪能した。世界中を旅してきた2人がまだ行ったことがなかったのが日本だった。宿は最初の2晩のみを予約し、後は民泊の「Airbnb(エアビーアンドビー)」を使った。旅情報のアプリを駆使し、目にとまった日本の日常の面白い風景を次々と撮影した。

「先に日本に行った友人が、日本は旅が難しかったと聞いていたけど、そんなことはなかった」(ザックさん)

欧州人は日本でゆっくり過ごしたい


日本で買ったTシャツ姿のケントさん(筆者撮影)

ケントさんもザックさんも日本横断に大いに役立ったというのが、外国人向けに発行される「ジャパン・レール・パス」だ。これはJRグループ6社が提供するパスで、日本中を鉄道でくまなく旅行できる。たとえば新幹線を含む普通列車(新幹線の種類には条件が付く)7日間2万9110円、14日間で4万6390円と、かなり割安で日本を回ることができる。

日本のファンになるのは英国人だけではない。今回の観光庁の調査で、支出額、滞在日数、何に支出するかの点において英国の旅行者と非常によく似た傾向を示したのがドイツ、フランス、イタリアなどの欧州勢だ。

生まれは米国だがドイツ人の夫と結婚し、今はドイツ・フランクフルトに住むニコル・フランケンハウザーさんは今年5月、夫婦で念願の日本旅行を実現した。メディア企業へのコンサルティング業務を行う会社に勤めるフランケンハウザーさんは、仕事を通じて日本人と知り合い、日本に行ってみたくてたまらなくなったという。


姫路城とフランケンハウザーさん(写真:筆者提供)

7日間の駆け足だったが、新幹線や電車を乗り継いで東京、箱根、奈良、広島、宮島、姫路、京都を巡った。やはりジャパン・レール・パスを思う存分使ったという。


日本のうどんが忘れられないザックさん(写真:筆者提供)

渋谷の交差点では何百人もが一斉に動き出す人混みの中に身を置き、奈良では静かな街のたたずまいを楽しんだ。おすしを食べていたときは、キュウリだと思って口に放り込んだのが実はわさびで「あの辛さはすぐには忘れられない」。しかし、「マジックのようなすばらしい体験の中のひとつとして覚えておきたい」。

英国人ザックさんは電車を乗り継ぐ中で、駅のプラットフォームで食べた手頃な価格のそばやうどん、駅弁の味も忘れがたいという。

同じく英国人ケントさんは、「日本から帰ってくると、またすぐ行きたくなる」と話す。次回日本に行くときは、ハーフマラソンに挑戦するのが夢だ。

「今すぐにでも代々木公園でゆっくりしたい」

なぜそこまで日本にひかれるのだろうか。

「英国とはまったく違う文化を持つ日本は、自分にとっては心と体のリフレッシュになる」ケントさんは話す。「誰もが親切で、安全。清潔、安心感がある。文化と人との交流を楽しみながら、心からリラックスできる」

「今すぐにでも代々木公園に行って、ベンチでゆっくりしたい」というほど日本にほれ込んでいるケントさん。決まった時間にやってくる電車、現金を持ち歩いていても誰かに盗まれることを心配しなくてもよい空間、飲食店に入れば「いらっしゃいませ」とすぐに声をかけてくれる心地よさがある。「昔の『古きよき英国』を思い出させてくれる日本には、こんな決まり文句がある。つまり、『お客様は神様です』」。

今後、英国を含む欧州の「日本ファン」をもっと増やすために、日本が改善できることはあるだろうか。

ジャパン・トラベル・センターの西川さんは、何か突発的なことが発生したとき、外国人旅行者が行ける場所を設置できないか、と提案する。宿泊施設や交通機関で働く人の英語力の向上も課題だ。

ポンドを円に、あるいは円をポンドに替えることができる場所が限られている点も英国からの旅行者が不便に感じることである。これに筆者が付け加えるとすれば、英国では小売店や飲食店などでのデビットカードによる決済がかなり普及しており、ATMも24時間稼働している。現金はほんの少ししか持たないのが英国人の習慣だ。筆者は日本に帰ると、英国の銀行カード(デビット及びクレジット)が使える小売店などが英国よりも少なく、24時間稼働しているATMが少ないため困ることがあった。

ちなみに、観光庁の「訪日外国人消費動向調査」の年次報告書(2016年)によると、「日本滞在中に得た旅行情報源で役に立ったもの」としてトップに来たのが「インターネット(スマートフォン)」(64%、複数回答)で、「「日本滞在中にあると便利な情報」として最も高い支持を得たのが「無料Wi-Fi」だった(51%)。

中国人の「爆買い」が一段落する中、今後期待されるのは、欧州人のような「体験型」の旅行をする人たちの増加である。インフラ整備にかかわらず、より多くの人が、日本に「また来たい」と思えるようなサービスや工夫を施すことが必要だろう。