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●リアリティを提供できるVR

新宿・歌舞伎町といえば訪日外国人も多く訪れる繁華街。飲みの街として有名だが、新宿ミラノ座の跡地にエンターテインメント施設「VR ZONE SHINJUKU」が7月にオープンした。名称の通り、「VR(仮想現実)」のゲームが楽しめる施設で、ほかにもカフェやクライミング設備も用意されている。

VRに関心を寄せるユーザー層は20代の男性だけ……と思いきや、女性比率がおよそ4割近くまで達しており、40代、50代まで幅広く利用者が増えているという。同施設の運営に携わるバンダイナムコ エンターテインメント AM事業部 VR部 ゼネラルマネージャーの柳下 邦久氏と、同事業部 AMプロデュース1部 プロデュース4課 マネージャーの田宮 幸春氏に話を聞いた。

○"ゲーセン"のレベルを超える体験を

「ゲーム体験」はかつて、ゲームセンターにあったアーケードゲーム機がすべてだった。それが家庭用ゲーム機の普及、娯楽の多様化など時代の移り変わりによって、ゲームセンターの存在意義も変わりつつある。

バンダイナムコ エンターテインメントでVR企画「VR ZONE Project i Can」を牽引する"タミヤ室長"こと田宮氏は、「今までは大掛かりな仕掛けで、大きな筐体(アーケード機)を使って『外遊びのエンタメ』を提供していたが、家では遊べない遊びを生み出していくためには"リアリティ"の価値提供を変えていく必要がありました」と話す。

リアリティの密度の高さに加え、もうひとつ必要なのが「友達と一緒に遊べる楽しさ」。その双方を高いレベルで達成できる仕掛けがVRだと田宮氏は話す。

「VRは、リアリティの追求とみんなで楽しむ"娯楽"という2つの目標を高いパフォーマンスで達成できるありがたい存在として捉えています。より本物の体験を、映像だけで実現できる。ある意味で、ゲーム、遊びのレベルを超える『本気でゲームの世界にのめり込む』ことが可能なものなんです」(田宮氏)

もちろん、PlayStation VRをはじめ、家庭にもVRが入り込む下地はできつつある。ただしゲームの操作はタッチパネルやコントローラーでどこか味気ない。ゲームセンターに類するVR ZONEならではの体験を、スキーロデオであればスキー板とストック、マリオカートであればハンドルとアクセルといった具合で、提供している。これがリアリティの達成に大きく寄与するわけだ。

「コントローラーよりも、実際のモノを操作する方が、臨場感や没入感の差分になり、アーケードならではの価値を大きく飛躍させられます。昨年、お台場でパイロットを始めた時にお客さんの反応を見ていて、その差を実感できたことが最大の成果だったと考えています」(柳下氏)

バンダイナムコ エンターテインメントはゲームセンターが事業の一つの軸。しかし「ゲームセンターという名前に縛られている部分がある」と田宮氏は現状の課題を語る。

●頭に機械を装着するVR、それでも大切な「みんなでワイワイ」

「ゲームセンターと聞いて皆さんが思うのは、ボーリングなどと一緒に遊べる場所で、ワンコインで好きなゲームを簡単に遊べるというもの。人間のカテゴライズの認識力ってとてつもないもので、"ワンコイン体験"しかゲームセンターに求めなくなってしまうんですよね」(田宮氏)

ゲームセンターをワンコインの呪縛から解く。そのために、田宮氏と柳下氏が始めたのが「ゲームセンターの逆張り」だった。色んな効果音が鳴る、ガヤガヤしたゲームセンターではなく静かな場所を。気軽にふらっと立ち寄る場所ではなく予約制。ワンコインではなく1000円かかるゲーム。その代わり、ゲーム機が置かれているだけの無機質な空間ではなく、スタッフが誘導からHMDの装着まで、サポートするホスピタリティを重視した環境づくり。それがVR ZONEで目指したものだという。

「実はVR ZONEって、ゲームという単語を使っていません。スタッフに『ゲーム』『プレイ』といった使ってはいけない単語を指定して、"ゲーセン"と見えないように作り込んだんです。そのお陰で、オープン時に『新しいテーマパーク』というメディアの表現を目にすることが出来たと思っています」(田宮氏)

○お台場で感じたキャラクターの"強さ"

VR ZONE SHINJUKUの前身、お台場で2016年4月〜10月に開催していた「VR ZONE Project i Can in お台場ダイバーシティ」。ここで得たものは、VRコンテンツの方向性だった。

「お台場の様子を見て、新宿では『IP』、いわゆるキャラクターコラボのコンテンツを増やしました。そしてVRというHMDを着ける環境から、一人用コンテンツがメインだったんですが、多人数で楽しめるものを増やしました。キャラクターについては、最初はゼロでスタートしたんですが、会社に『VRはパワーがある』と言うために、敢えて外したんです(笑)。でも実際、いわゆる"ガジェッター"だけでなく、カップルやグループでいらっしゃるお客さんを多く目にして可能性が広がったなと手応えを感じました」(田宮氏)

その後、ガンダムやボトムズといったキャラクターコンテンツを投入。すると、20代前半の利用者が突出していた年齢分布の山が、30代、40代も来場するようになり「山が平滑化しました。誰もが関心を寄せる、IPの強みを改めて実感しましたね」(田宮氏)。お台場も新宿も"お一人様"に向いている場所とはいえない。だからこそ、カップルやグループといったみんなが理解あるキャラクター、そしてみんなで楽しめるコンテンツを提供することで、さらにVRへの理解を深めてもらえるようにした。

「『さあ、取り乱せ。』というキャッチフレーズがあるんですが、お台場などの経験から研ぎ澄ましたラインナップになっているという自負があります(笑)。例えば、車のドライブや電車の運転なんかはVRと親和性が高いように思えます。しかし、それでは一人で楽しめるだけでみんなで楽しめず、お台場での稼働率があまり良くなかった。VRじゃなくてはダメ、みんなでワイワイできる遊びを提供しなければと感じました」(田宮氏)

「VRは直感的に操作できることが一番大切なポイントです。一般的なアーケードゲームは、習熟度が求められるコアなファンに受け入れられるコンテンツ作りが一つの鍵でした。ですが、VR ZONEでは友だちと遊ぶ体験にフォーカス、それが根底にあります。マリオカートなんかは、想像以上に皆さんが絶叫していますし(笑)、エヴァでは3人1チームの構成なのに、カップルで来られて1つシートが空いてしまうこともありますが(笑)、そういった体験を皆さんがSNSで拡散してくれているのはとても嬉しいですね」(柳下氏)

●VRコンテンツ制作、見えた課題は「客観から主観へのシフト」

田宮氏と柳下氏に、実際にVRを商業化したことで見えた魅力と課題について尋ねた。意外なことに、これまで3Dゲームを作ってきたゲーム開発者が落とし穴にハマっているという。

「これまでゲームや映画を作ってきた開発者、監督が『お作法が通じない』と嘆くんです」(田宮氏)

理由は「主観」と「客観」の違い。従来からのエンターテインメントでは、ストーリーテリングがあくまで第三者のものが多く、大昔の口伝から本、映像、そしてゲームと、客観的な位置から主人公に感情移入させることで人々を楽しませてきた。しかしVRでは、その視点が主観になる。もちろん、映画などで1人称のストーリーテリングを時々見かけるが、あくまで視点は(ほとんどが)客観。ストーリーの大半を主観で過ごす必要があるVRでは、コンテンツ作りの方向性がまるで違うというのが田宮氏らの見解だ。

例えば、ホラーゲームではこれまで、モンスターなどに襲われると体力ゲージが減り、死んでしまうという演出があった。しかし、VRでは主観で「襲われた」という"怖さ"はあるものの、襲われて痛みを感じるわけではなく、死ぬわけでもない。「状況を理解していても、身体が素直に反応して"嘘なんだ"と思うと途端につまらなくなる」(田宮氏)。そこで、凶器が目の前を通過するが当たらない、驚かされるけど身体的に影響がないといったストーリーに変更することで、この課題を乗り越えようとしたそうだ。「ほかにも、映像作りでフレーミングが使えない(場面を切り替えられない)などの制約があります。まだまだ試行錯誤ですね」(同)。

「この客観から主観へのシフトは、もちろんエンターテインメント以外、例えば教育や観光、そして軍事など、習熟度の向上や異次元の体験といったポイントで大きな効果を発揮します。石油コンビナートで万が一の災害が発生した時、マニュアルに沿って対処できるか、それはVRであらかじめサポートできることがあるはずです。まだ何か具体的に動いているわけではありませんが、そうしたコンテンツ作りに私たちの強みを活かせる部分はあるのではと考えています」(柳下氏)

○シンボルは"実験の場"

「数ある想定シナリオの中でも割と順調に推移している」(柳下氏)というVR ZONE SHINJUKUだが、まだまだVR自体の認知度は低いという認識があると柳下氏。わかっていない人に「VR ZONEとは」と語っても仕方ない。だからこそ、まずは体験してもらう、「何か楽しそう」という印象を抱いてもらいたいという。

「女性を中心によくInstagramに写真を載せていただくのですが、VRは写真栄えしない(苦笑)。飲食店や砂浜といったわかりやすい写真スポットを用意しておいて良かったです(笑)」(柳下氏)

新宿の店舗はおよそ2年間の運用を目処に、ミラノ座跡地からの退去が予定されている。ただ、「VR ZONE Portal」という名称で9月に神戸、そしてロンドンと、小規模店を展開する。

「新宿は期間限定ですが、ここのようなシンボリックな施設は今後も必要だと感じています。シンボルがあるからこそ、特別な体験ができる場所という認知が広がり、浸透していく。こうした場で新しいチャレンジを続けて、Portalへと広げていく。それは、"ゲーセン"という従来の枠組みを超えた新しいジャンルの場を探して広げていく実験の場として、大切にしたい価値なんです」(柳下氏)