昨年の地震で被害がなかった十日町市入山の棚田。(撮影:東雲吾衣)

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 新潟中越地震から9ヶ月、山村の被災地ではいまだ大きな問題を抱えている。地震で被害を受けた棚田の復旧が遅れていることで、山間部の農業地域ではこのままでは離農者が続出する恐れがあり、極端な過疎化を招きかねない状況にある。

 復旧が進まない原因は主に3つある。一つ目の問題は土木業者を確保できないこと。今年度中に整備しなければ来年の作付けができないことから復旧が急がれているが、被災各地での復旧のため業者も手一杯という状況にあり、崩れた農道やあぜの復旧に手がつけられないままだ。

 二つ目は復旧費用の問題だ。国の補助制度で97パーセントの補助は出るが、細かな基準があり、復旧費用が一定額以下だと制度は適用されない。そのため、細かい被害が多く出ている棚田では、補修費用は全額自己負担になり、農家にかかる負担は大きい。「農地の復旧は他産業と比べて手厚い」と言われているが、もともと零細な農家が田んぼを一枚直すのに、百万円もの負担をしなければならないというのが現実だ。

 三つ目は担い手の問題だ。もともと経営効率が悪いと言われている中山間地の棚田。借金をして直しても、その後の担い手がいないために、復旧に消極的になっている農家もある。このような問題を抱え、今年の作付けを断念した農家や、棚田自体をやめてしまった農家も多い。

 東京から十日町市入山に移り住み、農村とそこに住む人々の姿を描いている画家の稲田善樹氏は「十日町市地域おこし実行委員会」を立ち上げて棚田の復旧活動を支援している。ボランティアはあぜの草刈りや棚田や農道の修復を手伝い、宿泊施設に改装された分校校舎に住み込んで地域の人々と交流を深めながら生活する。

 「日本の山紫水明の美しい風景のかげには山村の人たちの棚田を維持する努力があって、それを描きたくて入山に移り住んだ」と言う稲田氏は、棚田とそこでの営みが地震で壊れつつある現状を憂えている。棚田が崩れれば、「緑のダム」と言われる山の保水能力が失われ、山だけでなく下場の生活にも大きな影響を与えることになるからだ。「自分たちの食べているものが、どこでどんなふうに作られているかを学んで、棚田の生活を感じたり、地域の人の苦しみや悩みを聞いたりしてほしい。もちろん聞くだけじゃなくて、都会の人たちのこともどんどん話してほしい。そうやって、お互いのことを学んでいってほしい」。そんな思いがあって、池谷集落の宿泊施設は「山のまなびや」と名付けられた。【了】