那須川天心は、いつも神ってる。日本はもっと彼に騒ぐべきである

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那須川天心がいれば、もう大丈夫


かつてK-1で辣腕をふるっていた石井和義氏は、事あるごとに「K-1とキックは別物」と発言。当時の氏の主張は、当時のファンたちの記憶に妙に残っている。
なぜこの言葉が印象深いかというと、一聴して詭弁に聞こえなくもなかったから。ルールの細かな面を見ていけば確かに差異はあるものの、言葉の裏にはK-1をブランディングしたい意図が透けて見えたし、トランクスを穿いてグローブを着けた選手2人がリングで向かい合い“蹴る”“殴る”を行う競技は、一般からすると「キックボクシング」と総称して然るべきものである。

ただ、やはりK-1のイベントとキックの興行に全く異なる雰囲気があったのは事実。私の世代(筆者は78年生まれ)からすると、キックといえばロブ・カーマンやピーター・スミットといったスターらがレベルの違いを存分に見せ付けつつ、少し経つと日本から立嶋篤史や前田憲作といったキャラ立ちまくりの個性派がドラマを展開して感情移入させていた。今でもまるで忘れていないということは、実はあの頃も格闘技界にとって幸せな時代だったのだろう。
20年以上前のキック界の回顧録であるが、決して「思い出話」の一言で済ますわけにはいかない。なぜかと言うと、当時のスターの一人である小野寺力がプロデューサーに就いたイベント「KNOCK OUT」が、日の出の勢いにあるからだ。

2012年に新日本プロレスを買収し、親会社として同団体を再生させたブシロードが手がけるこのイベント。資本に関しての不安材料は皆無と言っても過言ではないが、肝心なのは人材面である。
「まずは選手を知ってもらわないといけないですからね。このキック業界から飛び出ないと」(「ゴング格闘技」2016年11月号 小野寺プロデューサーによる発言)

もう、大丈夫だ。昨年12月にベールを脱いだこの新イベントは、“対世間”の名刺代わりとなるであろう飛び切りのスター選手をすでに擁している。その名は、那須川天心。


昨年12月5日に開催された「KNOCK OUT Vol.0」にてメインイベントを務めた天心は、純キックルール初挑戦にもかかわらず現役のルンピニー王者であるワンチャローン・PKセンチャイズムと対戦。なんと、顔面へのバックスピンキックで一撃KOしてみせている。フィニッシュ時のインパクトは、まさしく“スター誕生”としか言いようのない鮮烈さ。会場へ足を運んでいた、もしくは中継で観戦していたキック関係者らは、一様に「神ってる」という表現で天心を評価したという。

昨年末に開催された格闘技イベント「RIZIN」にも、天心は出場している。キック界の宝であるにもかかわらずMMAに挑戦するという報に私は嫌な予感がしたものだが、余計なお世話であった。
まず12月29日のRIZINでは、MMA初挑戦でありながらパウンドで1RTKO勝ち。この試合では相手にアームバーを極められ腕の靭帯が伸びているにもかかわらず、31日に開催されるRIZIN2日目への出場も直訴。結果、今度はニンジャチョークを決めて一本勝ちを収めるという凄玉ぶりを見せ付けた。

那須川天心は、神ってるのだ。そんな彼を、人は「神童」と呼ぶ。冬の時代を乗り越え、ジャンルが盛り返しを見せ始めたタイミングでアスリートとしての充実期に入っている“運”も含め、この通り名は彼にふさわしい。

「不利」の下馬評を覆し、やっぱり神ってる


2月12日、大田区総合体育館にて開催された「KNOCK OUT Vol.1」。




この日、天心はセミファイナルに出場している。対戦相手は、第19代IBF世界フライ級王者のアムナット・ルエンロン。ルンピニースタジアム認定フライ級王者に輝いた実績を持ち、その後はボクシングに転向。あの井岡一翔にプロ初黒星をつけ、井岡の3階級制覇を阻止した男である。

今やキック界の至宝である天心なのに、なんでこんなムチャな相手? このソワソワ感は、身に覚えがある。世に発見され始めた時期の桜庭和志に組まれた「ビクトー・ベウフォートvs桜庭和志」というマッチメイク。あの時の戦前も、こんな感情だった。








矢沢永吉の「止まらないHa〜Ha」をテーマ曲に入場する天心が視界に入っただけで、もう鳥肌が止まらない。この鳥肌の理由は、まぎれもなく期待感。戦前はあんなに不安だったのに、もうこれだ。

試合中、天心の表情はずっとフラットをキープ。頼もしいから、観ていて勝つ気しかしない。


前回のバックスピンキックが記憶に新しいので、写真を撮るのも気が抜けない。いつ、何が、どの瞬間でフィニッシュブローになるかわからないのだ。


その瞬間をカメラに収められるか不安で仕方なく、とにかく闇雲にシャッターを押しまくる。やっぱり、天心が勝つだろうと踏んでかかっている。

アムナットは、ガードが固い。攻めあぐねてしまう。そんな姿勢の相手に対し、天心はトリケラトプスの構えで挑発。


そして、4R。パンチで勝負をかけてきたアムナットに、天心は左ボディをお見舞い! その場にズルっと座り込んだアムナットは戦意喪失。天心が見事にKO勝利を収めた。





攻めあぐねる天心に対し、会場内から「つまんねーぞ!」と辛辣なヤジが飛んだ直後の光景だったので、余計に神ってた。何しろ、元ボクシング世界王者にパンチでKO勝利である。何がどうなっているのか。あっ! フィニッシュシーン、やっぱりちゃんと撮れなかったな……。

「総合格闘技を経験して、集中力が増えました」



――試合を振り返っての感想をお願いします。
天心 そうっすね。アムナット選手、自分が思った以上に距離が長くて。手だけ長いかなと思ったら足も相当長くて、前蹴りで距離取られてどうしようかなって悩んでたんですけど、4Rで相手が作戦変えてパンチで勝負してきてくれたんで、だから僕もパンチで付き合って。そこで隙を突いて、ボディは練習してたんでうまく決まって良かったなと思います。
――パンチで勝てたということに関して、感想は?
天心 「パンチで倒す」と言ってたんで、それを有言実行できたのは自分の自信にもなりましたし、すごいうれしかったですね。
――今日の試合を自己採点すると何点ですか?
天心 う〜ん、でも全然まだまだやれることあったので50点くらいですかね、ハイ。パンチで倒したっていうのが、うれしい感じです(笑)。
――今日の課題、反省点は見つかりましたか?
天心 見つかりましたね! やっぱり、ああいう負けない試合をしてくる相手にもっともっとプレッシャーを掛けていかないとなって。まあ4Rから自分のプレッシャーを嫌がってきたなとわかったんで、それをもっと早い段階で与えていければなと思いました。
――4R、相手がパンチで来たということは、それまで蹴り合いをやって上回ってたからという感触はありますか?


天心 そうですね、そうだと思いますね。1Rで思いっきりワンツー入ってましたから。あれは入ると予想してなくて、自分。全部よけられると思ってたんで、それがワンツーしっかり入ったんで相手もびっくりしたと思いますね。そこから僕が3Rまで蹴って、パンチでもポイント取ってたんで、4R、向こうの得意な技で来たけど、それをうまく利用して勝てたかなっていう。
――「さすが元ボクシングの世界チャンピオンだ」と相手に感じた場面はありましたか?
天心 えっと、自分のジャブは当たんなかったですね。ストレートは何回か当たったんですけど、ジャブが。いつも僕はジャブで距離を測るんですけど、ジャブがあんまり入んなかったんで。だから「打たないほうがいいのかな?」とか思いながら色々やってて。ジャブから色々つないでるんで、単発からは入ったんですけど、そのつなぎがなかなかできなかったんで。そこは、うまいなと思いました。
――相手、予想通りに反則スレスレを仕掛けてきたと思うんですが。
天心 そうですねえ。まあ、でもそこも気を抜かずにやっていけたんで良かったですね。
――一番カッとした向こうの反則は何でしたか?
天心 う〜ん、ちょっと上乗ってきて“ガン!”って押されたりとか(苦笑)。あとは、倒れた時に蹴ってきたりとか。まあ、あれは想定内だったんで、一応構えてはいたんで。そのくらいですかね。僕もやり返してやろうとは思ったんですけど、やり返したらダメですよね(笑)。


――結果的に長引きましたけど、タイの強い選手と4Rやったというのは経験になりましたか?
天心 経験になりましたね! ボクシングのチャンピオンというのもそうですし、元ルンピニーのチャンピオンというのもそうですし。本当にうまい選手だったんで、負けない闘いをする選手にどうやって勝ちに行くかというのが課題だったんで、そこを克服できたのはすごい大きいと思いますね。
――トリケラトプスを出したのは、どういう思いだったんですか?
天心 あれは、まあ思いついたからですかね(笑)。全然何もやってこなかったんで、何か誘い出してやろうと思って、ハイ(笑)。
――試合中に焦りみたいなものはなかったですか?
天心 焦りはなかったですね。セコンドは「行け、行け!」って言ってたんですけど、僕のペースでじわりじわりじわり。で、向こうもポイントを取りたいと思ってたんで、4Rで「あっ、出てきたな」って。そこで、パンチが焦ってたんでボディを。ビデオで観た試合はボディでKOされてたんで、ボディは絶対効くなと思って。
――それまでボディは少しずつ打ってましたけど、あれはまだ効いてる感じではなかった?
天心 あれは、そうですね。相手に見えてるパンチが当たってたんで、抜けた時の当たりではなかったんで「まだ効いてないな」と思いました。
――できれば序盤に倒したいという気持ちはあったんですか?
天心 ありましたけど、うまい選手なんでどういう風に見ていこうかなっていう。相手のペースにちょっと合わせちゃったというか、巻き込まれそうになったっていう。そこはちょっと、課題ですね。
――前回のKNOCK OUTから総合を2試合挟んでるわけですけども、自分の中で変化はありましたか?
天心 まあ、距離の取り方はうまくなったのかなと思いますね。あとは、もらわないように。まあ、普段もあんまりもらわないですけど、よりもらわないように。総合は下も来るんで、そこの集中力も増えたんで、余計に相手に対して集中できてるんじゃないかなと思います。あと、久々にたくさん蹴ったんで足が痛いですね(笑)


那須川天心は完全に世間から見つかった


前回のKNOCK OUTで、完全に世間から“見つかった”那須川天心。注目の存在となっただけに、彼の試合が終わるやSNSが賑わうのはもはや恒例だ。そんなツイート群の中、興味深いものを発見。

【那須川天心、最近の2ヶ月間まとめ】
1ルンピニー現役王者を1RKO。
2初のMMAでアームバーを決められるも凌ぎ、パウンドでKO。
32日後にまたMMAの試合をし、忍者チョークで一本勝ち。
4井岡一翔に唯一勝利した元ボクシング世界王者をパンチでKO。
もうワケわからない(笑)。

昔の名前に頼りがちな日本の格闘技界だが、ピュアに期待をかけられる存在として天心はオンリーワンの存在。日本は、パッキャオが台頭した時のフィリピンくらいに騒ぐべきではないだろうか。これから、微力ながら彼に全力で肩入れしていきたい。
(寺西ジャジューカ)