増沢 隆太 / 株式会社RMロンドンパートナーズ

写真拡大

1.謝罪の初動
事件事故の収拾のため、謝罪をいち早く行うことは有効です。ただし、何が何でも直ちに会見すれば良い訳ではなく、情報も錯綜し、法的な措置含めてまだ未確定定要素が多い中でもとにかく会見に臨んでしまうというのは危険です。会見しても提供できる情報がなければ当然さらなる反発を呼んでしまうからです。

少なくとも何が起こって、今どうなりつつあり、今後の見立てくらいの情報は最低そろえてからでないと、謝罪会見も成り立たないのです。しかし逆に会見などせずに逃げ回れば、今年多発したスキャンダル・炎上事件のように、今度はしつように追いかけられ、さらに批判は炎上し、ますます不利な環境になる可能性があります。

謝罪のタイミングはきわめて重要で、ここを見誤ったケースが今年はのきなみ炎上しました。逆にタイミングを上手く対応したことで、批判を鎮火できた例もあります。今年多発した浮気、不倫事件でも、三遊亭円楽さんやファンキー加藤さん、カールスモーキー石井さんに至っては、もはやそんな事件のあったことすら忘れられているのではないでしょうか。

2.真実と炎上
すぐに記者会見できない理由の一つに「捜査の成り行き」があります。もちろん法律上難しい線引きがあったり、被害補償が巨額になるなど、微妙な環境もあり得るでしょう。しかし今回の事件でいえば、被害者の方のけがはある程度わかったと報道されています。その原因が何であったかではなく、おそらく売れっ子タレントであり、巨大芸能プロダクションであれば十分負担できそうな被害にとどまっているようです。

そうであれば、時間を引き延ばすことはマイナスでしかありません。仮に捜査の結果、互いの不注意だったり、過失相殺が発生することがあったとしても、その事実判明を待たずに収拾に入る必要があります。ただし事件が実は飲酒運転だったり、重大な違法行為が今報道されている以外にもあったら話はまた別です。

炎上は法的な白黒によって起こるものではありません。批判感情が発火し、それが燃え広がりエスカレーションを呼ぶ過程で、もはや事実は飛び越えて、批判的感情がすべてを圧倒します。感情の奔流がもう止めようがなくなる状態を炎上状態と呼ぶと思います。この段階で真実を訴えても、もう聞く耳を持たれることはありません。

3.謝罪の役割
今年多発した謝罪の場面で、私のところにはさまざまな取材や相談をいただきました。中でも「炎上したらどうするか」というものは芸能人、著名人、企業などが常に抱えるリスクとして大きなものだと思います。しかし炎上してしまった炎を消すのは容易ではありません。現実のリスクコントロールは、とにかく炎上するリスクを減らすことに尽きます。

火事とスキャンダルは似ています。海外の山火事などを見ていると、延焼して何日も何週間も燃え広がるものがあります。山火事でも、初期消火であれば何とかなることはあっても、燃え広がった後では化学消防車やヘリコプターでももはや手遅れです。

今、吉本興業はこの瀬戸際にあるいえるでしょう。事件をなかったことにはできませんし、まだ報道は錯綜していますが「逃げた」のか「気付かなかったのか」は、真実が何であったかを問わず、本件のキモです。

事態をわずかでも鎮静化に持っていくのであれば、「逃げた」ことを認め、自らの愚かさを訴えるしかないといえます。「自ら認めれば許される」という意味ではなく、そこを逃げ通すことは不可能だからです。「逃げなかった」ことを証明するのは悪魔の証明であり、不可能なことです。「逃げたことは証明できなかった」という主張は絶対に聞く耳を持たれません。

4.それでも鎮静化を目指すなら
井上氏に一縷の望みがあるとすれば、それはポジティブキャラだと思います。もし氏が「当て逃げをした」「芸能界の立場を失うのが恐ろしかった」「自分の人生が崩壊することを何とかごまかそうとした」という感情を持ったのであれば、そう語ってはどうでしょう。

人間、特に成功者となったスターが、その愚かで醜い部分を吐露するのは簡単なことではありません。しかし人間の本性にある悪や、ずるさ、醜さは誰もが持つものでもあります。それを正面から認めることはとんでもない勇気が必要です。

被害者の方には会社も含め十二分な補償をした上で、ご自分の弱さや醜さを今の時点で露わにする会見ができるなら、これまでブサイクなのにポジティブという特異な姿勢が評価されてきた氏の存在は、何年後か何十年後かに再び復活できる可能性を残せるのではないかと思います。

要は事態をごまかしたり、正当化したり、真実が何であるか調査を待ったりせず、直ちに自らの過ちと愚かさを全面的に認め、芸能活動を辞めることで将来の復活の道筋にもなり得るということです。今正にその決断の時といえるでしょう。