新規事業における3つのリスク/日沖 博道
経営戦略の一環として新規事業を検討する場合、企業は3つの異なるタイプ/レベルのリスクに向き合う必要がある。
一つめは「現状維持リスク」。経営環境や顧客ニーズに大きな変化が起きようとしているのに、特に課題と捉えずに放置しておくことで、競争者の台頭を許し、市場で劣後し、顧客を失ってしまうリスクである。「為さざることのリスク」と言い換えてもよい。
典型的には、外部環境の変化の予兆に気づいた関係者の誰かが警報を発し、それに応じて幾つかの外部環境分析を行った上で、SWOT分析のT(脅威)として具体的に取り上げられるというプロセスの中で、このリスクは明確化される。その際、コインの裏表としてO(機会)が同時に見つかることも少なくない。
二つめは「失敗リスク」で、期待を込めて始めた新規事業が失敗に終わるという事態に陥るリスクである。いろいろと手間をかけて検討し、人・モノ・カネという経営資源を投資した挙句、期待外れに終わるのだから、非常に気になるものだ。通常のリスク分析ではこうした事態に導く成功阻害要因が主対象となる。
このリスクには、そもそも新規事業が成立しないという「実現性」に関わるものと、成立することはするが大して収益が上がらないという「実効性(有効性)」に関わるものがあり、しかも両者は関連することが多いので、リスクの切り分けと正しい分析は意外と厄介だ。
典型的には、事業の企画段階の半ばから後半にかけて、責任者および経営者からの「本当にうまくいくのか?」「どれだけの投資額が必要なのか?それは回収できるのか?」「最悪の場合、どれほどの損失になるのか?」といった質問にさらされることを予期しながら実現性と実効性を検証するプロセスの中で、このリスクはより明確になっていく。
三つめは「副作用リスク」。新規事業自体は成功しても既存事業に対しカンニバリゼーション(共食い)を起こしてしまう恐れや、新規事業を推進することで既存チャネルなどから反発を受ける恐れ、または新規事業における失敗が会社の評判を傷つける恐れなどを指す。往々にして「副次的リスク」とされ、定性的リスクの一部として取り扱われることも多い。
典型的には、事業企画段階の後半から終盤にかけて、責任者および経営者からの「心配な事態」に関する様々な質問にさらされる中で、このリスクは洗い出され/明確化され、真剣に向き合うべきものに関しては手当てされていく。
以上3つのタイプのリスクのうち、最も厄介なものが一つめの「現状維持リスク」である。
他の2つは、新規事業の検討チームから具体的な案が上がってきた段階で、経営に責任のある人物であれば嫌が応でも気になるはずで、「突っ込み」を入れるのが自分の役回りだと意識されている人も少なくなかろう。
しかし「現状維持リスク」というのは、きっかけがないまま見過ごされてしまいかねない類のものだ。なぜなら大多数の人の思考パターンでは、過去から現在にかけての経営環境を前提に、その延長線上で課題を捉え将来像を描きがちだからだ。そのため「このまま同じことをやっていていいのだろうか」という問いを発すること自体に思考が向きにくいのだ。
経営環境は常に変わりうると頭では分かっているのに、そして変化の兆候は既に表れているのに、具体的で顕著な変化が表面化するまでその潮流にほとんどの人が気付かない。そして無視できない結果が現れるとつい口走る、「予想外だ」「想定外だ」と。我々はそうした事態を、東日本大震災の際にも、BREXIT(英国のEU離脱)でもトランプ氏の当選でも繰り返してきた。
この事態は情報過多の現在でさえも生じる、いやかえって頻発するといってよい。なぜならマスコミやネット上で、同じ内容の情報が言い換えられながら繰り返されるため権威づけされ、たとえ現時点では間違っている情報であっても、今も真実だと思い込まされやすいからだ。自分の周囲の人たちや情報源が同質的であるとき、その傾向は余計にひどくなる。
したがって「現状維持リスク」を正しく認識するためには、同質的でない見方をする「よそ者」の要素を経営体制や新規事業プロジェクトの体制には取り込むべきだろう。世間ではガバナンス強化やコンプライアンスばかり強調されるが、これこそが本来は社外取締役の役目ではないか。
そして外部環境の変化がもたらす重要なリスクにいち早く気づくためのシステマティックな方法論も存在する。「シナリオ・プラニング」がその代表的なもので、きちんと行えばという条件付きではあるが、重要なリスクをあぶりだすことは思ったほど難しくない。是非試してみることをお薦めする。