人間の手は「殴る」ために進化したってホント?
私たち人間は、どの動物よりも器用な手を持っている。指先同士をくっつけて物をつかむことができる。これは道具を扱えるように進化した結果で、知性や文明が生まれる源になった、と私たちは教科書で教わった。
しかし、最新研究で、実は仲間をぶん殴るために進化した結果だという新説が出されている。人間は「知性」と同時に戦争にみられる「暴力性」も動物界では際だった存在だ。その原点が握り拳(こぶし)にあるというわけだ。
道具を使うのも、拳で仲間を殴るのも人間だけ
この新説を発表したのは米ユタ大学の生物学者デービッド・キャリアー教授らの研究チームだ。米の生物学誌「Journal of Experimental Biology」(電子版)の2015年10月19日号に論文を発表した。
自分の手をじっくり見てほしい。チンパンジーやゴリラなど近縁の霊長類に比べ、人間の手は親指が長く、しかも内側に曲がる。手のひらが短いため指先同士をくっつけることで物をしっかりつかむことができる。
キャリアー教授は、人間の手が道具を器用に扱うために進化したことは否定しない。しかし、それ以外にも進化の理由があったはずだと考えた。それは、人間の手がほかのサルにはできない、もう1つのことができるからだ。折り曲げた4本の指の上に親指を重ねると、硬い握り拳をつくることができる。たとえば、チンパンジーは手を地面につけて歩く時に拳を握っているように見えるが、指を内側に曲げてもドーナッツ型しか作れない。
そこで、キャリアー教授は実験による検証を試みた。武術家に次の3つの方法でサンドバッグを強打してもらい、パンチの強さを計測した。
(1)指を全部広げる平手打ち(いわゆるビンタ)。
(2)親指を外側に突出し、4本の指をゆるく握る拳のパンチ。
以上の(1)と(2)はチンパンジー同士が闘う時の手の形である。
(3)4本の指をしっかり折り曲げ、その上に親指を重ねて硬い握り拳をつくる(空手の正拳突きの形)。
拳は、何度殴ってもダメージが少ない便利な形
その結果、意外なことに(1)の平手打ちと(2)の緩い拳のパンチ力はほとんど同じだった。ところが(3)の硬い握り拳は、(1)と(2)の約2倍強力だった。しかも、いくらパンチを繰り出しても、筋肉や骨などへのダメージがはるかに少ないことがわかった。親指を人差し指と中指の上に重ねることで、親指と人差し指の骨を通して、突く力が直接相手に伝わる。また、「控え壁」になる親指があることで、指関節の硬さが4倍になり、同時に手の骨や靭帯をケガから守ってくれるという。つまり、相手を何度も殴るのに非常に好都合な形なのだ。
キャリアー教授は「硬く握った拳は、打撃の威力を高め、打撃中の負担も軽くします。私たちの手の進化がただ道具を使うためでなく、他者と闘うためであったことは明らかです。女性をめぐる男同士の争いで有利になるよう、相手を殴るのに適した形に進化したのです。硬い拳の威力はサルより強力です。私たちは反射的に暴力に訴える本能をサルより強く持っているのです」と語っている。
拳が石器、弓矢に変わり、そして銃へ......。人間の暴力と戦争の悲しい歴史は、知性を生んだはずの手のひらから生まれたというのだが。