市立塔南高等学校(京都)
龍谷大平安、福知山成美、立命館宇治、京都外大西など強豪私立がひしめく京都において近年、10年前には無名の公立校の1つだった塔南が安定した好成績を残している。
今春も準々決勝の宮津戦は初回二死走者無しから打線がつながり6点を奪い優位に立つと、終盤に反撃を許したものの逃げ切りに成功。逆に準決勝の京都国際戦は序盤で4点のビハインドを背負う苦しい展開。それでも7回に四球でランナーをため二死ながら満塁とすると、3者連続適時打で5点を奪い一気に逆転。9回表に失策絡みで同点とされるが、最後はキャプテン・尾崎 出雲(3年)が左中間にサヨナラ本塁打を放ち乱戦にケリを着けた。決勝では2対4で京都翔英に敗れ、優勝は逃したが決勝進出は初の快挙だった。
築山 雄介投手(市立塔南高等学校)
公立校の躍進に欠かせないのが好投手の存在。奥本 保昭監督は躍進の要因に投手陣の踏ん張りを挙げた。「築山が公式戦ほとんど初めての中でどれぐらい出来るのか見たかった。2次戦初戦の京都文教戦でいいピッチングをして、決勝でも四球が多く勝負所で長打を打たれましたけど、思った以上に投げられたことは収穫」
エースで4番の築山 雄介(3年)は投手として入学したが、その後野手に転向し、再び投手に戻ったのは昨秋から。この春背番号1をつけたが、大会前の時点で公式戦の経験は秋の1試合だけ。それでもブランクを感じさせずに完投すると、以降は文句なしの主戦としてチームを引っ張り準優勝へと導いた。
ただ準々決勝と決勝は築山が完投しているが、準決勝では投げていない。決勝進出を懸けた大事な試合で先発に抜擢されたのが2次戦前の京都成章との練習試合で好投した宮崎 祥汰(3年)。
この起用には築山と同様「公式戦の緊張感の中でどこまでやれるか」を見極めたいという奥本監督の狙いがあった。ハマった時のストレートの威力にはかなりのものがある宮崎は、初回に3点を失うも強打の京都国際打線を相手に完投。奥本監督は「7失点しましたけど勝ち投手になってくれたんでね」と最後までマウンドを守る姿に手応えを感じていた。
さらにチームには、この春はマメを潰した影響でほとんど投げられなかったが、昨秋にエース番号を背負った西原 大智(3年)もいる。築山と西原は共に最速140km/h以上。築山がストレートで押すパワーピッチャーで、西原は安定感がありゲッツーの欲しい場面でゴロを打たせるなどゲームメイク能力に優れ、共に右のオーバースローながらタイプは異なる。特に西原は素材としての評価が抜群で将来性はかなり高い。この3年生トリオに2年の松山 颯一郎(2年)も控えており、夏の連戦でも投手陣が駒不足になる心配は全く無い。
[page_break:ベテラン監督の新たな取り組み。夏のリハーサルはすでに終えている]打線でポイントになったのがキャプテンの尾崎。宮津戦では5打数5安打、京都国際戦ではサヨナラ本塁打という活躍を見せた。しかし実は打撃の調子が中々上がらず、1次戦はベンチを温めた。それでも府内屈指の好左腕である宮津の川邊 康平(3年)対策としてスタメン起用されると、実際は右投手が先発だったが安打を量産し、決して長距離打者ではないが次の試合では同点の9回裏にアーチを描く。これ以上ない場面で最高の結果を残した。
今年のチームの特徴について奥本監督は「落ち着きがあって集中力がある。どんな展開になっても自分達のペースを乱すことがなくなった」と話す。準々決勝も準決勝も決して楽ではない終盤戦を制しており、劣勢に立たされた決勝の京都翔英戦でも本部席の理事の間では「塔南が逆転するんちゃうか」との声が聞かれたほどだった。
ベテラン監督の新たな取り組み。夏のリハーサルはすでに終えている奥本 保昭監督(市立塔南高等学校)
奥本監督は塔南に赴任する前、20年の長きに渡り京都成章で監督を務め、夏の甲子園での準優勝経験もある。監督退任後2年間は学校経営の仕事に携わったがこの時、年齢は40代半ば。グラウンドを離れた日々の中であと15年ネクタイを締めたままでいいのか、高校野球あっての人生、という思いは消せなかった。ちょうどその時、京都市が社会人枠として教員を募集しており思い切って挑戦。
2008年から塔南で指揮を執る。現在4人いるコーチは全員教え子で、準決勝で対戦した京都国際の監督も部長も京都成章時代の教え子。近くのスポーツ店に勤める教え子もおり、電話をすれば15分後にはグラウンドにバットが届く。
そんな30年近い指導歴を持つ奥本監督だが、この春初めてとなる試みに取り組んでいた。例年6月に練習強度を上げ7月にかけて落とし大会を迎えるという調整を行うが、今年はそのスケジュールを前倒し。4、5月に追い込み、公式戦前日も1時間に及ぶランニングメニューをこなしながら春季大会を戦っていた。もちろんこれは体力を消耗する夏の連戦を見据えてのもの。投手陣の見極めと疲労の残る状態での試合経験、準優勝という結果もさることながら、すでに夏のリハーサルを済ませている。
力強い後押しもある。塔南のマーチングバンド部は全国屈指の強豪で、高校生のみならず一般の部でも上位に入る力を持つ。夏の大会中、スタンドには太鼓だけで4つが並ぶなど試合を盛り上げる応援は名物にもなっており、野球部のファン以外にも”応援のファン”がいるほど。吹奏楽部の応援が許されている京都府では龍谷大平安や鳥羽など野球の実力校は吹奏楽部のレベルも総じて高く、相手チームにプレッシャーをかける。塔南も全国クラスの応援と春に残した確かな実績、今夏はどことぶつかっても名前負けすることなく同じ土俵で戦える。
[page_break:悲願の甲子園初出場まであと6つ]悲願の甲子園初出場まであと6つキャプテンの尾崎 出雲選手(市立塔南高等学校)
塔南野球部は京都市から強化指定部に指定されており、両翼95m、センター118mの立派なグラウンドを有する。体育の授業で使うこともあるが放課後に使うのは野球部だけと環境面で恵まれているが、まだ聖地の土は踏めていない。それだけに春に好結果を残した今年は例年以上の期待がかかる。
強豪私立にとってやりにくいのは実力の勝る相手よりもむしろ勝って当然と思われている、しかし油断のならない相手。今夏は選抜ベスト4の龍谷大平安、春の京都を制した京都翔英が優勝候補と見られるが、両校にとって地力のある塔南は公立校ながら、出来れば戦いたくない不気味な存在であることに違いない。
球史に残る名将・野村 克也氏の格言の中に「中心なき組織は機能しない」というものがある。これは裏を返せば軸のブレない組織は強いということだ。塔南は公立校が格上の相手と互角に渡り合うための必須条件「好投手を擁すること」をクリアし、打線では勝負強いキャプテンの尾崎が大きい。そう簡単には折れない太い柱がしっかりチームを支えている。この夏の目標は、もちろん悲願の甲子園初出場。
「キーマンはピッチャーだと思います。負けないピッチャー、簡単に点を取られないピッチャーになれるか。誰が出てくるか、何人出てくるか」。投手を中心に守備からリズムを作りワンチャスをものにする、奥本監督が描くプランは明確だ。それが出来れば春に2点及ばなかった京都の頂点に手が届く。
決勝戦翌週に行われた練習試合では6番を打っていた尾崎の打順が3番に上がり、2試合目の上位打線には1年生がズラリと並んだ。チーム力はまだまだ上がる。春に残した確かな軌跡は単なる夏の序章に過ぎない。シード権を獲得し夏の登場は2回戦から。悲願の甲子園初出場まであと6つ。
(取材・文/小中 翔太)
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