中田英寿氏(「Wikipedia」より)

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 “浪速の視聴率男”やしきたかじん氏が亡くなってから1年がたつ。昨年11月には、食道がんと戦った最期の2年間を、看病した妻・さくらさんの証言を基に描いた『殉愛』(百田尚樹/幻冬舎)が発売された。だが、感動を呼ぶかと思いきや、世間からは「あまりに一人の目線に偏った一方的な話で、ノンフィクションではない」と猛反発を受ける羽目となり、著者の百田氏のツイッターは炎上している。なぜ、このような大騒動となってしまったのだろうか。出版関係者はこう話す。

「著者名をさくらさんにして彼女の自伝とすれば、ここまで大きな騒動にはならなかったでしょう。しかし、そうすると共感を得にくく、売れないと予想されます。さくらさんは世間から懐疑的な目で見られており、週刊誌でも悪く書き立てられていました。そこで、ベストセラー作家の百田氏を表に出し、人気番組の『中居正広の金曜日のスマたちへ』(TBS系)で仲の良い夫婦像を放送することにより、情勢を逆転できると考えたのでしょう。著書や連載のある作家を叩くことは週刊誌などの業界ではタブーですから、百田氏を使えば週刊誌が批判しにくいという計算も当然あったはずです。しかし、ここまで世論の反発が高まったのは幻冬舎にとって誤算だったでしょう。SNSが発達していない一昔前なら、ここまでの批判は考えられません。百田氏がツイッターをしていたことも、火に油を注ぐことになりました」

 ノンフィクションとうたいながら、実際は妻さくらさんの目線からのみで構成されている点が猛批判の対象のひとつになっている。

●カズにも大きな影響を与えた“ノンフィクション”

 しかし、前出の出版関係者は「過去にも一方の当事者からのみの聞き取りで描かれた“ノンフィクション”はある」と言う。

「代表的なのは、サッカー、1998FIFAワールドカップ(W杯)のアジア予選について描かれた『決戦前夜』(金子達仁/新潮社)です。当時、マスコミの前でほとんど話さなかった元日本代表の中田英寿氏から話を聞き出し、彼の視点で描いた“ノンフィクション”でした。言ってみれば、今回の『殉愛』と同じ手法です」(同)

 W杯予選中に不動のエースだった三浦知良(カズ)が不調に陥り、当時20歳の中田がその座を奪ってW杯初出場への原動力となったが、同書には、その中田のカズ批判ともいえる発言がいくつも書かれている。また、「ジョホールバルの歓喜」といわれたアジア第3代表決定戦のイラン戦で、中田が蹴るはずのゴール前のフリーキックをカズが勝手に蹴って大きく外した場面などがクローズアップされ、確実にカズへのネガティブイメージが植え付けられた。

「同書発売後、カズへの逆風はさらに強まり、カズは結局不調から脱することなく、夢だったW杯に出場できませんでした。それほど同書がカズに与えた影響は大きかったのです。それでも、世間の風は明らかに中田氏有利に吹いていました。同書に対して批判が出るどころか称賛され、大ベストセラーとなったのです。しかし、今あらためて冷静に読んでみると、あくまで中田氏の視点のみで描かれており、著しく客観性を欠いた文章と言わざるを得ません。“ノンフィクション”ではなく、あくまで“中田氏と金子氏の目から見たW杯予選”です」(同)

 一方の視点のみで書かれたノンフィクションという点では、『殉愛』と『決戦前夜』は共通しているが、両者にはどんな違いがあるのだろうか?

「要するに、そのときの世間の風をつかまえられれば、一方的な意見しか載っていなくても“ノンフィクション”で通るのです。『殉愛』は、世間からの賛同が、まるで得られませんでした。つまり、“ノンフィクション”か否かは、読者が決めることといえます」(同)

 百田氏がいくら正当性を主張しようとも、『殉愛』は世間の風をつかめなかった。その厳然たる事実は、動かしようがない。
(文=編集部)