「“偉大なる楽天家”と“根性妻”」というのが、麻生太郎(現・副総理兼財務相)と、その妻・千賀子の長らく自民党関係者の間で定着していた“カップル像”であった。
 麻生は、現政界に門閥豊かな人物が多々いる中でも群を抜いている。父は「九州の石炭王」にして元衆院議員の麻生太賀吉、祖父はかの吉田茂元首相である。千賀子は鈴木善幸元首相の娘である一方、橋本龍太郎、現首相の安倍晋三の新旧首相たちの遠縁で親戚にあたる。さらに、祖先を辿れば明治維新の元勲・大久保利通に行き着き、妹の信子が三笠宮寛仁親王に嫁いでいることから皇室へと系譜は広がっていく。

 学校は初等科から大学まで学習院で、高等科卒業時に麻生が「官立の大学を受験したい」と父親に申し出たら、「カネがないなら分かるが、カネのある奴が人様の税金を使うようなことをするなッ」と一喝され、学習院大学を出、その後、スタンフォード大学、ロンドン大学に留学している。
 ちなみに、福岡県飯塚市の生家は約2万坪、廊下は100メートルほどあり、麻生によれば部屋の数は「いくつだったかなぁ」ということになる。あるとき、この家敷に婦女暴行犯が警察に追われて逃げ込み、あまりの広さに“山狩り”をしたとの伝説さえある。また、麻生は「オレは7軒別荘を持っているけど、2軒はまだ行ったことがない」と言ったこともある。さらに、麻生の東京・渋谷の一等地にある豪邸は1000坪を超える敷地があり、千賀子夫人とは渋谷の「聖ドミニコ教会」で挙式したが、その披露宴は600人の祝い客を集めてこの自宅庭で行われるというべらぼうなものだった。ときに、麻生43歳、千賀子33歳であった。

 さて、この麻生、国会答弁で「踏襲(とうしゅう)」を「ふしゅう」、「未曽有(みぞう)」を「みぞゆう」と読み違える一方、失言、暴言の類いの舌禍は数知れずの“専売特許”だが、なるほどこれは子供の頃からのヘキだったようだ。政界関係者からは、次のようなエピソードが聞かれる。
 「父の太賀吉は、長男の麻生を後継者として特別扱いして育てた。夏休みの旅行などでも麻生は一等車、他の弟や妹は皆、二等車だった。そのくらいだから、周りで言葉を教えたり、物事に注意を与えるという人もいなかった。“好き勝手”が通った少年時代だった」

 一方の千賀子は、生いたちがまるで違う。父の鈴木善幸はのちに首相になったものの、本を正せば岩手県の水産学校を出、漁業組合組織で活躍、この「漁協」を地盤にして社会党から代議士になった。当選後、社会党から自民党へ転じた“異色”でもある。
 その3女である千賀子は日本女子大学を卒業、英語にたけたこともあり、鈴木が首相になると中国外遊などに同行し、政治家の妻たる呼吸、ノウハウを身につけていったものだった。そのうえでの、麻生との見合い結婚だった。

 見合いのキッカケは、麻生が昭和54年(1979年)に衆院議員初当選を飾って当時の宮澤(喜一)派(宏池会)に入り、そこに同派幹部の鈴木善幸がいたことによる。
 それから約4年後の見合いは、東京・世田谷区経堂の鈴木の家で行われた。筆者はのちに鈴木が首相になった直後、さち夫人へのインタビューでこの家を訪ねたが、年期の入った木造住宅は歩くと廊下がガタピシと音を立てるなど、とても現職首相の家とは思えぬ質素なものだったのを覚えている。まさに、麻生宅と比べると“天と地”と言えた。

 さて、この家での見合いは和食による食事会となったが、こんなエピソードが残っている。
 「その席で“ナマコの酢の物”が出た。多くは洋食での生活だった麻生は、なんとナマコを知らなかった。麻生が『これ何て言うの』と聞き、千賀子夫人が『ナマコです』と教えた。これを機に、麻生は夫人が自分が知らないことを知っているということもあり、話が盛り上がった。麻生は結婚直後、『ナマコが取り持った縁だった』と言っていた。夫人は、麻生の『陽気でちょっぴり不良っぽいところがよかった』と言っていた」(当時の政治部記者)

 新婚生活は、ルンルンだったようだ。千賀子は麻生を「太郎さん」と呼び、麻生は普段は「千賀子」だが、ちょっとしたときには「チコ」と呼ぶこともあった。一方で、千賀子はどんなに忙しくても朝は必ずキッチンに立ち、人任せにせず、子供2人の弁当づくり、麻生へのミキサーにかけてのグレープフルーツ・ジュースづくりを欠かさなかった。麻生はこれを飲んで、永田町へ“出勤”するのだった。
 ところが、こうしたルンルンの新婚生活は、わずか1カ月で大きく曲折をよぎなくされた。麻生が、3回目の選挙でよもやの落選となったことによる。さあ、大変だ。「根性妻」千賀子が、その真価を発揮することになるのである。
=敬称略=
(この項つづく)

小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材48年余のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『決定版 田中角栄名語録』(セブン&アイ出版)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。