増沢 隆太 / 株式会社RMロンドンパートナーズ

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1.破綻しているセリフ
受動喫煙対策を強化する健康増進法改正案の審議において招へいした肺ガン患者参考人への暴言を吐いた自民党・穴見陽一衆院議員は「(関係者に)不快な思いを与えたとすれば、心からの反省と共に深くお詫び申し上げる。」と謝罪しました。私は謝罪会見でコメントを求められる場合、素材がある限りフルタイムで会見映像を見ますが、その都度引っかかるのが「としたら」という言いまわしです。

「不快な思いを与えたとすれば、深くおわび」という言葉の不快感の原因は、それが英語の仮定法過去完了だからではないでしょうか。英文法忘れちゃったよという人もいるでしょうが、仮定法過去完了は実際起こった過去の事実とは反対のことを仮定するときに使うとされます。「全然謝る気ないだろ」と感じてしまうのは、謝罪より結果起きたトラブルを何とかしたい気持ちが前面に出てしまっているからでしょう。

特に芸能人より政治家や政府高官のような高位の立場の人が使うことが多いのですが、この言葉が破綻していることは明らかです。「不快な思いを与えたとすれば、心からの反省と共に深くおわび」ということは、「与えてなければ謝る必要はない」という意味でもあり、謝る必要はないけど「心からの反省」という言葉は全く意味をなしません。破綻したロジックが、ウソくさくて全く誠意や反省が感じられない空虚な言葉として響くのです。

2.いきなりケンカを売る言葉
政治家や高官は、恐らく自ら意図しない主旨に対する批判に納得していないのでしょう。趣旨が違うのだから批判はお門違いであるという感情が全面に出ています。だから謝罪としても成り立たないのです。

謝罪の場面で自らの感情が表に出てしまうことはタブーです。人に頭を下げるのに慣れていないエライ人物による、心無い謝罪は事態の鎮静化どころかさらなる炎上を呼びます。言葉で「お詫び」したかどうかは問題ではなく、謝罪の気持ちを伝えられるかどうかこそが重要です。反省の意思が全く伝わらない謝罪会見にほぼ意味はありません。

なぜこんなひどい言葉遣いが多用されるのでしょう?謝罪含む不祥事の記者会見でも弁護士が同席することがあります。また危機管理として弁護士が介入した結果、非常に上首尾に事態が収束することもあります。何より裁判になれば、自ら不利になり得るような発言は控えなければならないのでしょう。

ところが過剰な防衛をした結果、穏便に終わることもできたはずの謝罪が、いきなり裁判沙汰、いわばケンカ腰のやりとりにエスカレートしてしまうのです。

3.エスカレートの原因は?
発言がすべて証拠として記録される裁判などであれば、そこでの発言一つが左右する影響力は大きいでしょう。しかし謝罪は裁判ではありません。裁判までもっていかずに済むための危機管理のコミュニケーションです。そこで過剰な防衛をしてしまうことで、いきなり相手に挑戦状を叩きつけることになります。

アメリカでは「アイムソーリーと言えば全責任を負わなければならない」といった説を聞くことがありますが、私はNYSE上場企業との社運を賭けた交渉の場ですら「ソーリー」のような単語は使ったことがあります。日常生活でも普通に耳にする単語です。「言ったら終わり」のはずがありません。さまざまな状況や立場によって、事態を悪化させるのは別に一つの単語で決まるようなものではありません。

政治家や高官という、人の上に立つ立場が、過剰自己保身に走った結果が仮定法過去完了的な不快な謝罪になってしまうのでしょう。法律だけで事態が済むならともかく、そもそも炎上までもっていかずに消火することが危機管理の原則のはずです。こうした手順を理解しない以上、政治家の謝罪は炎上を呼び続けると思います。

孫子では戦って相手を打ち負かすことより、戦わずして勝つことを最上の戦略としています。コミュニケーション戦略においても、謝罪がきちんとできないお偉方は戦略的判断力も乏しいと言えるのではないでしょうか。