検察審査会はなぜ不起訴を覆さないのか? 「詩織さん事件」から考える背景事情
元TBS記者でジャーナリストの男性から準強姦被害にあったと訴えるジャーナリストの詩織さんが、検察審査会に審査を申し立てていた件で9月22日、「不起訴相当」の議決が公表された。しかし、ネットでは検察審査会の議決に対し、疑問を持つ人が続出。「政治的な圧力」があったのではないかという声もあった。
しかし、これまで検察審査会が「起訴相当」として、検察の「不起訴」を覆す事例は圧倒的に少ない。2016年の検察審査会の受理件数は計2190件。このうち起訴相当の議決がなされたのは3件で、たった0.1%だった。なぜ、検察審査会では「不起訴」が覆されることが少ないのか、刑事事件に詳しい南川学弁護士に聞いた。
「検察審査会は、不起訴とした検察官に対して、審査に必要な捜査資料の提出や会議での説明を求めることができます。また、団体に対して照会することや、関係者を呼び出して事情聴取することなどの権限を持っています。さらに、2004年の法改正により、法律に関する専門的な知見が必要な場合、弁護士を審査補助員として関与させることができます。
もっとも、検察官は、これまで『精密司法』と称されてきたように、関係者の取調べを中心として綿密な捜査を行った上で、証拠を精査して起訴・不起訴の判断をしてきています。そうなると、既に捜査機関によってほとんどの証拠が収集されており、検察審査会で調査したとしても新たな事情が判明することが少なく、検察審査会も捜査機関によって集められた資料をもとに判断することになるので、検察官の判断を『覆す』ことが少ないのだと考えられます」
今回、性犯罪に関する申し立てだったが、他の犯罪に比べて、そもそも立件が難しいという問題はあるのか。
「今回の件については、被疑者とされた男性の言い分の内容や実際の証拠としてどのようなものがあるかわからないので、一概には言えません。ただ、一般論でいえば、性犯罪は、密室で加害者と被害者の一対一で行われることが多く、両当事者の供述以外の証拠、つまり物証などの客観的な証拠が乏しい場合も多い犯罪の類型となります。
そして、検察官は、証拠を精査した上で、裁判で有罪を得ることができるかどうか慎重に判断して、起訴か不起訴かを決定しています。そのため、両当事者の供述が食い違っていて、決め手になる物証がない場合など、裁判で有罪となる見込みが高くないと判断すれば、検察官は不起訴とすることになります。その意味で、性犯罪は他の犯罪と比較して、立件が難しい事件だといえます」
●検察審査会に政治的圧力は可能?SNSでは今回の議決を受けて、検察審査会に政治的圧力がかかったと疑う人もいたが、そんなことは可能なのか。
「政治的圧力というのがどういうものをイメージしているのかわかりませんが、検察審査会の検察審査員は、政府などが恣意的に選ぶのでも特定の事件毎に選任されるのでもなく、6か月の任期で、選挙人名簿からくじ引きで無作為に選ばれます。裁判員裁判と同じように、皆さんが誰でも抽選で選ばれる可能性があるのです。
また、東京地裁本庁には11人の検察審査員で構成される検察審査会が6つあり、各事件の配点は機械的に行われますので、特定の事件を担当する検察審査員が誰になるかを恣意的に操ることが簡単にできる仕組みにはなっていません。最終的に、検察審査会の議決は検察審査員11人の多数決で決めるので、複数の検察審査員に何らかの働きかけをして、議決の内容を裏で操り、しかも、その工作を発覚しないよう秘密裏に処理することはなかなか難しいように思います」
今回、「議決の理由」として、「記録及び資料を精査し、慎重に審査したが、検察官がした不起訴処分の制定を覆すに足りる事由がない」とだけあった。通常、検察審査会は議決理由の詳細を明らかにしないのか。
「法律上は『理由を附した議決書を作成』するとともに『議決の要旨』を掲示・送付しなければならないとしか定めてないので、議決書や議決の要旨にどの程度詳しく理由を書くかは、検察審査会の裁量に委ねられていると言えます。
過去には、不起訴相当の事案で詳細な議決の理由を記載した例もあるようですが、今回のような性犯罪の場合、性犯罪というプライバシー性が高い事案であることを考慮した結果、詳細な議決理由が明らかにされなかったかもしれません。詳細に書くことが被害者をより深く傷つけることになる場合や、被疑者とされた人の社会的評価を不当に毀損することになる場合もあるので、一概にどの程度書くべきと基準を決めるのは難しく、ケースバイケースで判断するしかないのではでしょうか。
検察審査会制度は、検察の専権である起訴・不起訴の判断に、民意を反映させて適正なものとするために設けられていますが、その仕組みや実態はあまり知られていません。一方で、これまでも重大事件に関する議決に注目が集まって、議決に至るプロセスが不透明であることが度々批判されてきました。被害者や被疑者、そして私たち国民にとって、公平で公正な検察審査会制度とするためにはどのような制度としたらよいか、改めて多角的に議論していく必要があるでしょう」
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
南川 学(なんかわ・まなぶ)弁護士
刑事から民事・家事、高齢者障がい者支援など幅広く取り扱うが、特に刑事弁護を重点的に取り組む。数多くの刑事事件の弁護人を務める一方、刑事弁護の実務や刑事訴訟法分野に関する論文を多数執筆し、弁護士向け刑事弁護研修の講師を務める。日本弁護士連合会刑事法制委員会委員、同刑事弁護センター幹事、千葉県弁護士会刑事弁護センター副委員長、同裁判員運用対策PT委員。
事務所名:PAC法律事務所
事務所URL:http://www.paclaw.net/