全員が破綻してるなんてウソ! ″時代の徒花″と称されがちな『マネーの虎』を振り返る

写真拡大

「コンプライアンス」なる言葉が日常語にまで昇華した昨今。各メディアにおける表現も、自主規制の名のもとに鋭さがドンドンと失われていっている。だから、ふとした時に昔のテレビ番組を目にすると、その過激さにビックリするのだ。

ある時、10年以上前に日本テレビで放送されていた『マネーの虎』を視聴し、そのあまりの面白さに惹きこまれてしまった。
あの空間では、人間の“素”がこれでもかと放出されてしまう。志願者のではない。「虎」と呼ばれる社長たちのパーソナリティが、あまりにも鮮明に浮き出てしまっているのだ。
志願者が持ってきたプランに勝算はあるのか? 志願者の人間性はどうか? 何にせよ、出資に値するかどうかを俎上に載せてくれる社長はまだいい。志願者の話をロクに聞かず、ハナから人格否定に走る虎も少なくなかった。

盛者必衰。「『マネーの虎』に出ていた社長たちも、現在では全員が破綻した」という噂が、数カ月前にネット上を駆け巡っていたが、大嘘である。破産してしまった虎もいれば、変わらずに社長業を続けている虎もいる。それどころか、着実に業績を伸ばし続けている社長さえいるのだ。

「儲け、出ないぞ?」の制止を振りきって出資・加藤和也社長


昭和の大歌手・美空ひばりの息子であり、「ひばりプロダクション」の代表を務める加藤和也社長。彼の経営手腕をとやかく言う声があるのは知っている。しかし、偉大な母が残した遺産を、魑魅魍魎の魔の手から堅くガードし続けている実績は評価するべきだ。

番組屈指の神回がある。「世界一のパスタ屋をつくりたい!」と志願した一人の男性が自身のプランを説明し始めるも、そこに具体的な戦略は見当たらない。伝わってくるのは、熱意だけだ。
虎たちの反応は、様々。いや、否定的な声の方が多かったと思う。「そんな店は他にもある」、「儲けを度外視したら美味いものは作れるが、利益が無いと生活できない」などなど。

そんな中、「俺、出してもいいな」と口を開いたのが加藤社長であった。「経営者として最も大事なのはお客様の笑顔」と意気込みを訴え続ける志願者の姿に惹かれていったようだ。
そして、最後。「あなたの短所は何ですか?」と質問し、「お客様を無視したサービスをし、怠慢こいた部下を見たら爆発する」という志願者の回答を聞いて、遂に決断。他の虎が「加藤くん、いいのか? 儲け出ないぞ」と制止するのも聞かず、「いいですか、出して?」と980万円を一人で出資している。

ちなみにこのパスタ屋は4店舗をチェーン展開するほどに大成功を収め、現在も営業を続けている。一方、加藤社長を制止した安田久社長(当時)は、2011年に破産を申請した。

「万が一、君がクラッシュしても恨まない。清く散ってください」レーシングドライバーにお金を出す南原社長


ある一人の若者が「F-1ドライバーになるため必要」と、3000万円を希望して番組に参加。レーサーとしての彼の実績は申し分なく、あのジェンソン・バトンよりも速くゴールしたことさえあるという。
そんな有望株の彼がこの番組に出場した理由は、父親が経営する会社の倒産であった。失踪してしまった父親に代わり3億6千万円の負債を返済しながら、F-1へ上がる日を目指し続けている。「僕がF-1に上がれば、父親は出て来ざるを得ない」というのも、F-1を目指す一つの理由のようだ。

彼の話に耳を傾け心打たれる社長が多かった、この回。しかしそんな中、「万が一、君がクラッシュしたらそれは出資した人への裏切り行為になる」と指摘する一人の虎が現れた。その刹那、隣に座る南原竜樹社長が口を開く。
「私は、万が一は思ってないから。万が一の時は、『捨てたお金だ』と。全然、迷惑しませんよ。恨みも持ちませんから。清く散ってください」
このエールと同時に、南原社長は500万円を出資。最終的には一人で計1000万円を出資したが、残念ながら志願者の希望額には達せず。ノーマネーでフィニッシュとなった。
この回には、後日談がある。番組内では出資をゲットすることができなかった志願者だが、後に南原社長の会社へ行って再び直談判。南原社長は彼に理解を示し、出資に応じたという噂があるのだ。

ちなみに『マネーの虎』終了後の南原社長は、主要取引先である英メーカーが倒産した煽りを受け、全従業員263人を解雇。ピーク時には、100億円もの借金を背負ってしまったという。
しかし彼は、めげずに会社再建へチャレンジ! 現在では最盛期の水準(売上高100億円)にまで戻り、見事に復活を果たしている。

番組屈指の“善玉”! 貞廣一鑑社長


カフェや和食店などを全国に展開する「株式会社ラヴ」(当時)の貞廣一鑑社長。数字やプランを重視する社長が多い虎の中、彼だけは志願者の“人間性”を最重要視していた。

ある回では、異常に口下手な家具職人が500万円を求めて番組に参加している。「高級ハンドメイド家具を手軽な価格で変えるお店をつくりたい」が、志願者の目的である。
しかし、口下手だけに舌が上手く回らない。言いたいことは山のようにあるのに、上手く言葉を発せられない。そこで、実践する。例えば、家具づくりの仕上げに使っている特製ニスの良さを証明するため、志願者はその場でニスを舐めてしまった。
もちろん、自身が作ったハンドメイド家具も持参している。たしかに出来がいい。流行りとは無縁だが、何とも言えない暖かさが伝わってくる。

しかし、問題がないわけではない。この志願者には、1億円の借金があるというのだ。叔父が作った会社が倒産し、保証人だった父親が借金を背負ってしまったのが理由である。息子という立場の彼が1億の負債を放棄することは不可能ではないはずだが、「『人に迷惑をかけるな』と父は育ててくれた」と、借金返済を自分に課してしまっている。
実はかつての貞廣社長も、友人が作ってしまった借金4000万円を被った過去があるらしい。「ピンチはチャンスなんですよ」とエールを送りつつ、「その家具が貴方自身だと思うんです」と、家具を通して実感した志願者の人間性も評価。
結果、貞廣社長が一人で500万円を出資し、志願者は家具店オープンへと漕ぎ着けた。

その数日後。マネー成立をしたはずの志願者が、お金を受け取ることを辞退するため、貞廣社長の会社へと訪れた。
番組には「虎への発言に虚偽があった場合、マネー成立しても無効とする」というルールがある。この家具職人、虎たちの前で「1億円は返済するが、義務があるわけではない」旨の発言をしているのだが、会社の中身を詳しく調査すると、自身にも返済義務があることが発覚してしまった。
知らなかったとは言え、あの時の自分は事実と違う話をしてしまった。ルールはルールだから、辞退しなければ……という流れか。なんとも、ピュアな人物像ではないか。
この純粋さに、貞廣社長も打たれた。
「……もう、無理だと思ってんの? (借金なんか)どうでもいいんですよ、僕は銀行屋じゃないんだから。あなたが成功してくれることが僕にとっての成功であるし。……やろうよ?」
感極まって涙する志願者に「泣いたらダメですよ、商売やるんだから」と、奮起を促す言葉もイケメンである。

綺麗事を言うつもりはサラサラないが、志願者の人格否定に走ったり数字ばかり見る「虎」が現在では軒並み破綻してしまい、志願者の人間性を重視する虎が変わらず経営を続けているという現実は、とても偶然だと思えない。
10年後の今だからこそ、確固たるこの結果は非常に重く訴えかけてくる。
(寺西ジャジューカ)