Windows 10に仕掛けられた、マイクロソフトの賢い戦略
マイクロソフトは転落を免れるかもしれない。
(トップ画像:マイクロソフト副社長、テリー・マイヤーソンとジョー・ベルフィオーレ)
もしかするとマイクロソフトは本当に生まれ変わったのかもしれない。新社長サティヤ・ナデラの下、単により優しくというだけでなく、よりスマートな会社に。
失敗作のWindows 8に代わる新OS Windows 10が2015年に発売予定であることが発表された。では、その発表について考察していこう。少し前であれば、マイクロソフトは大規模で派手なイベントを開催し、重役連中は「Windows 8は素晴らしかったが、Windows 10はより良くなりました」と宣伝して回ったものだ。そしてまわりの皆が「またか…」というのがお決まりだった。
もうバルマーのマイクロソフトではない
今回は違った方法を取り、マイクロソフトは先週火曜日、数十人のジャーナリストを「Windowsと企業」についての「対話」に招待した。ラップトップおよびデスクトップ用Windows 10の機能を披露し、先行バージョンを試してもらう時間を設けた。そしてプレビュー・バージョンのWindows 10を翌日の水曜に一般公開すると発表した。
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オペレーティング・システム担当副社長のテリー・マイヤーソンとジョー・ベルフィオーレは、その場でWindows 8の失敗について認め、特にWindows 7ユーザーに、一刻も早く新OSを届けたいと繰り返し強調した。これは大きな出来事だ。なぜならWindows 8のタッチベースのインターフェイスと伝統的な「デスクトップ」の消滅は多くのユーザーにとって大不評だったからだ(Windows 8の発売は約2年前になるが、未だにWindows 7が4倍も使用されている)。
ベルフィオーレは、Windows 7ユーザーをプリウスのドライバーになぞらえ、アップグレードして性能向上を体験してほしいと願っている。「Windows 10では、何か新しい事を学ばなければいけない、ということはありません。ふと気がついたらテスラに乗っていた、そんな感じです」と火曜日のWindows 10イベントで、彼はそう豪語したのだ。
マイクロソフトのリスニング・ツアー
この謙虚な、「よくご存知の製品が、更に良くなりました」というアプローチは、勝利の方程式になり得るだろう。これまでの「我々が一番良く知っている」という傲慢さを見せなかったことはとても明確な違いに映る。これはマイクロソフトが、もはや支配者ではなく、ショック状態の顧客や企業との信頼回復を目指す、新しい環境下での経営体勢を暗黙の内に示しているとも言える。
このアプローチはマイクロソフトのリスニング・ツアーとも言えるものだ。不満を抱く顧客をなだめるのと同時に、Windows 10の開発者達に価値あるフィードバックをもたらし、公式発売を九ヶ月後に控えたWindows 10の口コミを広げる事ができる。
Windows Insider programは、技術的冒険を厭わない者が先行バージョンのWindows 10をダウンロードできるプログラムであり、成功の鍵を握るものだ。マイクロソフト関係者は、これは誰にでも使えるものではないと何度も強調している。一度使用を開始すれば、少なくとも誤作動やバグ、機能の欠損等は覚悟しておかなければならない。参加者には、使用可能になったアップデートから順に参加者に提供されていく事になる。
無論、マイクロソフトは過去にもOSの初期バージョンを公開してきた。Windows 8も2011年9月から2012年5月には3つの先行バージョンが公開された。アップルもMac OS Xのベータ版で同様のことを行うが、一般的にはもっと短い期間で行われるものだ。
今回はWindows 10がかなり未完成であるため違いが生じたのだ。つまりマイクロソフトがデバッグをクラウドソース化し、ユーザーにとって最良のものとするべく機能の調整や再設計に必要なインプットを積極的に求めている、といも言える。例えば、昨日のデモにはまだWindows 8の鬱陶しいタッチ志向のポップアウト・メニューである「チャーム・バー」がデスクトップ含まれていた。ベルフィオーレは「チャーム・バーには変更があるだろう」と、素直に認めた。
同じように未完成ながら発表された、Windows 10の「Continuum」機能は、キーボード/マウス形式のデスクトップからタブレットやスマホ用のタッチ形式のタイルに自動で切り替わるものだ。しかしまだあまりにも未成熟なので、ベルフィオーレは火曜にはデモすら行わず、動画を上映するにとどめている。
マイクロソフトが採用したプロセスに最も類似しているのは、グーグル社のChromeブラウザの開発手法かもしれない。彼らは開発の様々なステージで、多種多様なリリース・チャンネルを通じて新バージョンを公表する。これは頻繁にリリースされる「試作」タイプやベータ・バージョンから、安定的版のリリースまで幅広いものとなっている。このプロセスを用いることで、グーグルは素早く開発でき、危険を冒しても新技術に触れるユーザーから大量のフィードバックを得るだけでなく、何百万もの人々が使用する製品の信頼性を損なう事も無いというわけだ。
「Windows 10は、我々が今までに経験したことがないような共同OSプロジェクトとなるでしょう」。火曜日にマイヤーソンはこう述べ、マイクロソフトが「人々の声をちゃんと聴くようにする」と付け加えた。
このOSテストは複数のレベルで行われることになる。マイクロソフトの広報担当者は、「当社はユーザーが新Windowsの開発に向けて、簡単にフィードバックできるツールや情報を提供します」と述べた。フィードバックに加えて、詳細な(匿名扱いの)ユーザー行動データはレドモンドの本社に送信され、機能やインターフェイスの改善に使われる事になるだろう。
マイクロソフトの代表者はこの可能性にはコメントしなかったが、ZDNetのメアリー・ジョー・フォリーは先週月曜日、以下の様にリポートしている。
マイクロソフトは、コードネーム「アシモフ」(Haloに影響された名前)と呼ばれる新しいリアルタイム・テレメトリー・システムを開発しているようです。これはOSチームにほぼリアルタイムでユーザーのマシンで何が起きているかを知らせるものです。これによりマイクロソフトは、様々なユーザー・グループに「提供した」機能がどれくらい有効であるかを計測する事が可能になるのです。情報源の一人は、アシモフはもともとXboxチームがその開発中に作り出したシステムだと話してくれました。
マイクロソフトが追跡を行うにはユーザーの同意が必要になるはずなので、プレビュー版が公開されたら同意文書等からその詳細が分かるはずだ。
それにしても、初期バージョンが悲惨なものでもない限り、Windows 10のプレビューを1年も公開することは、上手く行きそうだと言える。そしてそのこと自体が有益なものとなり得るはずだ。
やるべき事はまだ山積み
Windowsへの新しいアプローチがマイクロソフトの抱える全ての問題を解消する、という事にはならない。Windows 10でマイクロソフトが直面するいくつかの問題を考察してみよう。
- Windowsユーザーと大企業顧客を取り戻すこと
- Windowsコードベースをスマホから高機能デスクトップ、サーバーに至るまで統合すること
- デスクトップユーザーを疎外する事無く、タッチベースのWindowsインターフェイスを改善し続けること
- Surfaceタブレットやノキアの買収に大きな投資をしたにも関わらず、長年滞っているモバイル・デバイス分野で何らかの進歩を遂げること
- 2、3年おきに大規模なリリースをするのではなく、もっと小さく継続的にWindowsをアップデートすること
- これらの変化を融合させ、新しいビジネス・チャンスを開拓すること
マイクロソフトの得意としてきた「指揮統制」アプローチは、こういった取り組みでは通じないだろう。以前ならそのアプローチを止めることなど考えもしなかったはずだ。Windows 8の二つの内一つでは前のWindowsプログラムが作動できないのに強引に押し進め、自らライバルとなるSurfaceタブレットを発表する事でPCメーカーをWindowsタブレット市場から追い払ってしまった。72億ドル使ってノキアを買収し、自らWindowsフォンのパートナーと競合するスマートフォン・メーカーとなった。そういう会社なのだ。
これまでのアプローチとは対照的に、より包括的で協同的なWindows開発のアプローチは、マイクロソフトが現在の泥沼から抜け出す希望の道を示している。Windowsユーザーの獲得と、OSの技術的問題解消の妨げとなるはずもない。マイクロソフトはWindowsの問題を一掃することで、市場シェアが2.5%であるモバイル事業に、充分な関心とリソースを充てることができるかもしれない。
マイクロソフトの危機対応は物事を改善するより悪化させる、と思われるようになって久しい。あなたがマイクロソフトをレドモンド(※)の悪魔のように思ってきたとしても、今回ばかりは彼らの幸運を祈らずにはいられなくなってしまうだろう。
※マイクロソフトの本社所在地
画像提供:David Hamilton
David Hamilton
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