栗山監督が語る「斎藤佑樹と大谷翔平に賭ける意味」
監督就任1年目の2012年、斎藤佑樹を開幕投手に指名し、中田翔を4番に抜擢するなど、大胆な采配でパ・リーグを制した日本ハム・栗山英樹監督。しかし昨年は、二刀流ルーキー・大谷翔平など見どころはあったが、最下位に甘んじてしまった。そして迎えた3年目、どんな采配でチームの立て直しを図るのだろうか。指揮官を直撃した。
―― 就任1年目に優勝、2年目に最下位。3年目のキャンプでは、監督としてどんなことを大事に考えていらっしゃいましたか。
「僕がいちばん大切にしているのは、今、自分がいなくなっても大丈夫なチームになっているのか、ということです。それはもちろんヘンな意味ではなくて(笑)、仮に今、野球ができなくなっても、地球が終わったとしても、今日までに(監督として)最低限、やらなきゃいけないことをきちんとやれてきているのかどうか、ということ。『この選手にこういうことを伝えなきゃ』『この選手にはこのタイミングで話しておかなきゃ』ということを後回しにせず、今日、やり尽くしているかどうかを大切に考えています」
―― それは、監督が今の選手たちに求めていることと同じですね。
「確かに選手たちには、『今日一日で野球が終わってもいいと言えるくらい、やり尽くして下さい』と言っています。でも、だから自分も、というのではなく、むしろ逆かもしれません。自分が覚悟しなければ、自分がやらなければ、人はやってくれないし、伝わらない。自分がそう思っているなら、まず自分がやる。その上で選手に伝える。2年間やってみて、その順番は大事なんだということを痛感しました」
―― 3年目、監督として、選手に対する言葉の使い方、選び方にご自身で変化を感じていますか?
「去年の反省をひとつ挙げるなら、同じことを続けてはいけないということがあります。もちろんブレてはいけないんだけど、同じことをするにしても、方法論を変えてあげないと伝わりにくくなってしまう。たとえば、『よくやったね』という言葉は選手の安心につながってしまうことがある。あるいは大量点を取ったベンチの中で、自分の何気ない言葉が『もう、これでいいんだ』になっちゃったこともあった。どんな試合でも緊張感が必要なのに、油断を招いてしまうこともあるんです。チームは生き物だし、選手も生き物、そして、言葉も生き物。そこを理解して、こっちがコントロールできないと、思わぬ問題が起きてしまうことを、去年はイヤというほど感じました」
―― そういうことを踏まえて、このオフはどんな構想を練っていたのでしょう。
「去年の秋、お亡くなりになった川上哲治さんの『遺言』(文春文庫刊)という本を読み返してみたんです。そこに『勝つことは難しい、勝ち続けることはさらに難しい、一度手放したものを取り返すのはもっと難しい』と書いてあった。それって、まさに僕のことじゃないですか。これは以前も読んだ本だったんですけど、監督という仕事をしてから読むと、まったく違う本になる。選手たちの気持ちを前に出すためどうしたらいいかとか、教育とは叱ることがベースであるとか、監督を生業とする人のために書かれたんじゃないかと思うほど、自分自身、思い悩んでいたことの答えがすべてそこにありましたね」
―― 監督1年目には斎藤佑樹を開幕投手に指名し、中田翔を4番打者として使い続けて、リーグ優勝を成し遂げました。そして2年目は大谷翔平の"二刀流"という十字架を背負いながら戦い、最下位に沈むシーズンとなってしまいました。栗山英樹という人は、ひとりの野球人としてプロ野球界のために魅せる野球を演出しながら、ファイターズの監督としてはファンのために勝つ野球を追い続けなければならない。この2年、両極端な結果となって、監督としての立ち位置が難しくなったということはありませんか。
「いや、むしろ立ち位置はハッキリしたと思っています。ここにきて、何年か後のチームがようやくイメージ出来てきました。そのイメージがなければ、前へ進みようがありません。そのためにベテランを生かしながら種を撒いておくことも必要ですけど、だからといって負けていいということにはならない。それでも負けてはいけないんです。去年も若手を思い切って使うと、これは将来のためだと言われましたけど、端から見ればメチャクチャな起用でも、そこには僕なりの今日の試合に勝つための根拠を持っていたんです」
―― 確かに、野手で言えば稲葉篤紀、金子誠、小谷野栄一といったベテラン、陽岱鋼、大引啓次、大野奨太、中田ら中堅を脅かす存在として、近藤健介、中島卓也、西川遥輝、杉谷拳士、谷口雄也に大谷などの若手が育ってきて、ようやくバランスがとれてきた感じがします。
「今年、稲葉や誠の出場機会が減ったとしても、彼らがガムシャラにやって光り輝いてくれることがこのチームには必要だと思うし、そのためには次の世代の選手たちが来ていなければダメだと思っています。俯瞰(ふかん)して見れば将来が見えるのに、今の価値に目が向いてしまうと、今日の試合のことしか見えなくなる。そこは試合を戦いながら、自分がどういう価値観を持つのかということが大事になってきます。野球人としてやらなければいけないことと、チームとしてやらなければいけないことを、どう並立させるのか。この2年で辿り着いたのは、やはり今、勝つことを最優先に考えて、広く将来をトータルで見ていかなければならないということです。たとえば大谷翔平の二刀流は、翔平のためだけじゃなく、野球界のためなんだということをもっと鮮明に打ち出さなくてはいけない。でも、それもチームが勝てなければ、意味がなくなってしまうということです」
―― 大谷の野手としてのポテンシャルは間違いなく今年のレギュラーであり、同時に投手としては数年先にとんでもない怪物に育つポテンシャルを間違いなく秘めている。そういう彼を今シーズン、中6日のローテーションで回すというのは、勝つというところだけからいくと、なかなか冒険かなとも思うんですけど、これも監督の中では勝つための方法論だと言い切れるのでしょうか。
「うん、言い切れますね。翔平はおっしゃる通り、野手だけならレギュラーとして全試合、出られると思います。ただ、僕は優勝する、日本一になることしか考えていない。そこから逆算すると、大谷翔平が化けなければ日本一にはなれない、というだけの話なんです。もちろん、将来のためにという要素はデッカイですよ。でも、それだけじゃなくて、今年、ファイターズが日本一になるために何が必要なのかを考えれば、誰かひとり、20勝するくらいの勢いをもったピッチャーのプラスアルファがどうしても必要なんです。それは斎藤佑樹かもしれないし、ルーキーかもしれないし、そこはわからないけど、ボールを見た時、もっともそのポテンシャルを感じるのは、現時点では大谷翔平なんです。ならば、まずはそこを最優先に考えるしかない。翔平の先発ローテーションは、日本一からの逆算であり、今年、勝つための賭けなんです」
―― 投手としての大谷の課題は今、どこにあるとお考えですか。
「極端な言い方をすれば、今、(斎藤)佑樹が持っているものが翔平にはありません。要するに、こう投げたらバッターはこう打ち取れるだろうとか、ここはこういう攻め方をしていけば点を与えずに済むとか、そういう先を読んだピッチングが出来ていない。やっぱり翔平の場合、いい球を投げたいという意識がすごく強いので、勝つことといい球を投げることのまとめ方がうまくいっていない気がします」
―― では、野手としての大谷には今年、どのくらいの計算をしていますか。
「打率3割、ホームラン20本」
── えっ、けっこう高いハードルですね。
「規定打席に届かなくても3割くらいは打てという話ですよ。ホームランも、野手として週に2、3試合、月に10試合として、60試合あれば20本くらいは打てるでしょ(笑)。翔平なら、打つ方の練習はしなくてもそれくらいはできるというのがわかっていますから」
―― では去年の終盤、大谷が一気に打率を下げた原因はどこにあるとお考えですか。
「僕なりに分析して、ふたつの理由があると思っています。ひとつは戦略上、ここでは言えないんですけど、もうひとつは、ルーキーがプロ野球の世界で結果を出し始めると、バッティングの特徴を分析されるということがあります。たぶん翔平に関しては、最初はインコースを攻めてはくるものの、さほど厳しい攻めはしてこなかった。それが、さすがにあそこまで打たれたら、当てるのもやむなしという思い切った攻めをされた。ただ、そんなことは想定済みで、今年は翔平ならそのあたりには十分、対処できると思っています」
―― 当面、大谷を守らせることは考えていないと聞きましたが......。
「状況は変わるかもしれませんが、できるならば守らせたくないと思っています。だから去年はピッチャーと野手をやってくれと言いましたけど、今年はピッチャーとバッターをやってくれと言っています。野手は二の次、三の次。DHについても、ウチには稲葉もしるし、アブちゃん(アブレイユ)もミランダもいる。そういう兼ね合いもあると思いますので、とにかくまずは先発ローテーションのピッチャーとして、日々の進行を妨げないよう、考えていきたいと思っています」
―― 斎藤佑樹については、いかがですか。
「フォームがギクシャクする感じも消えてきたし、すごくスムーズになってきて、肩の開きも抑えられるようになってきました。ずいぶんバッター方向まで体重移動して、ポッと回れるようになってきているし、あれがもうひとつ我慢できるようになると、変化球がクッとキレて、バッターが打ち損じるという佑樹のよさが出てくると思います。今まで無意識にできていたことを意識してやるというのは本当に難しい。それができるようになってきたというのは、前に進んでいる証拠だし、やっと本当の勝負ができるところまで来たという印象です」
―― 斎藤がローテーションの一角に入ってくる可能性を感じていますか。
「もちろんです。斎藤佑樹が勝って、みんなが感動する試合があって、そこから優勝に向かってチームがグワーッと盛り上がる......そういうイメージは僕の中に自然と湧いてきますからね。何度も言うように、これは佑樹のためではなく、チームが勝つために、彼の持っている力を活かしたいということ。かつての荒木大輔(元ヤクルトコーチ)のように、ローテーションを守って、テンポよく投げて、ムダなフォアボールを出さずに、試合をきっちり作ってくれるピッチャーって、大事なんですよ。そういうピッチャーはチームにリズムをもたらしてくれるし、佑樹がそういう存在になってくれたら、ウチは絶対、優勝できますよ」
―― いよいよ開幕となったら、何を大事に考えてメンバーを決めていくものなんですか。
「自分の中に、日本一になるための、そして常勝チームであり続けるためのレギュラーのイメージがあるんです。こういう選手たちが中心にいてくれれば、このチームはいつも優勝争いができるというイメージ。僕の中では、次の10年に向かってもう一度、チームとしてのベースを作ろうと思っています。そのために選手たちに言っているのは、ウチのチームのレギュラーはジャパンのレギュラーであれ、ということ。全員が日本代表のレギュラーだったら、チームは強いに決まってる。だから、目指すのは日本代表のレギュラーなんだ、と......それが僕の目指すファイターズの理想像です」
―― 去年、最下位だったからこそ、史上初の優勝、最下位、優勝というドラマを作るチャンスが生まれた(笑)。中途半端じゃないところがいいじゃないですか。
「そうは言っても、やっぱり去年も3位には留(とど)まっておかないといけなかったね(笑)。ただ、野球の歴史を紐解くと、最下位にならなきゃできないことってあるんです。最下位だからこそ諦める。負け切らないとできないことが、野球の組織にはあるということを実感しました。だから今年は、去年の最下位を生かさないといけないと思っています。ここでチームが変わるんだということを、みんなが実感して共有しなければならない。それができれば、優勝、最下位、そして優勝も十分にあり得ると、今はそう思っています」
石田雄太●文 text by Ishida Yuta