和装旅人、伊藤研人さん。マッターホルン/スイス

写真拡大 (全6枚)

さまざまな分野で活躍するキラリと光る人たちを勝手に「キラリ人」と題して紹介したい。2014年、第一弾のキラリ人は伊藤研人さん。

世界を一周する人は増えているが、「着物で」となるとこの人ぐらいだろう。旅をする理由は人ぞれぞれだが、着物や浴衣など和服で世界一周というのが面白い。さらに、伊藤さんのブログ「世界放浪徒然草」を読んで、ただ旅行が好きという理由だけで旅をしている訳ではないことを知りますます興味がわいた。彼が講演会で一時帰国中だというので、直接会って質問することにした。

●なぜ、和服で旅をしているのだろう?

これまで30カ国以上を旅して、さまざまな文化に触れてきたという伊藤さん。旅の途中で、弾圧を受け続けた民族にも出会い、彼らの文化が現存しているのはそれを命懸けで守り抜いた人々がいるということを知った。そして、他国の文化を知り尊重する気持ちが大きくなるにつれ、自分自身が日本の文化を知らなければ相手にも失礼だと思い、一から日本の文化を学び直したという。「私が日本の歴史や文化に誇りを持っているということは、相手も同じだろうと思い、異文化を学ぶ時の礼儀として和服で旅をすることを決めました」(伊藤さん)

とはいえ、時に砂漠、時に山奥へ行くのであれば和服だと汚れるし疲れそう……と、大きなお世話であろう質問をぶつけてみた。「そんなに汚れませんよ(笑)。世界には日本の文化や伝統に興味を持っている人たちがたくさんいるので、和服を着ているといろいろな質問を受けます。声をかけてくれる人は、その人自身も文化や伝統を大切にしている人ばかりなので気が合って、すぐに仲間になれるんです」

伊藤さんが日本人としての誇りを持ち和服を着て旅をしているということを話し、相手の考えや文化、風習をしっかり受け入れると、そこに生まれるのは友情でしかない。着物を着る理由はいろいろあるが「何より和服が好きだから」と伊藤さんは笑う。

●旅を始めたきっかけは?

伊藤さんは大学卒業後、環境問題に取り組みたいと思っていたが、当時は実際にどうすべきか分からなかったという。「海も空気も世界中がつながっているんだから、世界の環境を自分の目で見るしかない」と思い、旅を始めて4年半がたつ。

旅先の予定は特に決めないのが伊藤流。先住民の生き方や植民地の歴史など、彼が疑問を抱き知りたいと思うことを「自分で確かめることができる場所」が次の旅先となる。「現地の人たちと話して得た話は、人それぞれ置かれた状況や見方によって考えや思想が変わるので一つの側面でしかありませんが、少なくとも自分で得た情報なのでそこから自分なりの意見を持つことができる」という。

疑問があれば自分の目で実際に見て聞いて感じ考える。私も常にそうありたいと願うが、日頃、ネットやテレビのさまざまな情報に追われてしまい実践するのはなかなか難しい。伊藤さんの旅の話を通して、改めて「情報」とは何かについて考えさせられた。

●驚きの文化体験談

講演会では多くの人が「すごい! 」と、驚きの声をあげていたのが、伊藤さんの文化体験談。それは、実際に経験するには観光オプションのように楽しそうではないし、まるで聞いたことがない……という特別な体験だ。そのなかから一つだけ紹介したい。

伊藤さん自らアメリカの先住民の首長に参加させてほしいと直談判したという「サンダンスの儀式」。この儀式を簡単に説明すると4日間、断食断水をしながら日中は太陽の下で踊る。そして自分で両胸辺りの皮膚に木の棒を差し、それに繋いだ縄を聖なる木にくくりつけ、最後に自分の力で皮膚をちぎる感謝と祈りの儀式だ。

「皮膚がちぎれるというところだけ取り上げると、痛く苦しいようにみえますが、サンダンスを踊る人は自分以外の存在のために祈るわけで、感謝があふれる美しい祈りです。アメリカン・インディアンの文化は現代でも現実的で実用的なものが多いと感じますが、命や愛、感謝などいろいろな思いが込められています」。先住民たちにとってはその地域の平和と幸せを願う非常に大事な儀式だ。年に一度の儀式を4年連続で行わなければ参加できないという決まりがある儀式だが、伊藤さんはすでに2年目の儀式を終えている。

何もそんな怖い体験をしなくても……とビビリの私は思ってしまうが、伊藤さんが実際に体験する理由は、その土地に合った生き方や文化、民族の歴史を自ら学び、相手を尊重するという真っすぐな姿勢のあらわれなのだと理解した。この儀式を終えた後は、全ての人やものへの感謝の気持ちがあふれ出てきたそうだ。

儀式自体、途中で辞めることは許されないにも関わらず、部外者である伊藤さんを受け入れるというのはまれなこと。彼の思いが真剣で本物だからこそ、先住民の皆さんも心から彼を信じ受け止める。痛いとか、怖いとかを超えた壮絶な体験をしている伊藤さんに、「和服の汚れはどうするの?」 などと小さな質問をしていた私……。すみません。

●和服で旅を継続中!

この日の講演会は、京都で開催だったにも関わらず、伊藤さんの話が聞きたいと名古屋や東京、岡山などからも多くの人がかけつけた。彼が各国での体験を話し始めると、言葉が映像となってリアルに想像ができ、一瞬にして私たちを旅の世界へと連れて行ってくれた。

伊藤さんは、時に現地の人に家族のように迎えられ、時に先住民の世話になりながら旅を続けている。そして、先入観をできる限り持たずみられる限りの世界や文化、価値観をみようと心がける。

「旅をすることで、本やインターネットでは知りようもなかったことを知ることができました。勇気を出して切り出し難い政治や歴史の話をすると、時に白熱することもありますが、最後はいつも心を通わせることができる。学びながらその土地の人に歩み寄れる事はうれしい」。

伊藤さんはすでにエジプトの旅を終え、次の目的地インドへ。アジア、中東、アフリカなどをまわり、秋頃に帰国予定だ。帰国後は、着物のプロデュースや、日本人が子供の頃からさまざまな国の人たちと交流し伝統文化を深めることができる国際交流のシステム作りなどに力を尽くすという。日本や世界に住む同志たちとさまざまなプロジェクトを立ち上げる彼の活躍を楽しみにしたい。

「世界に信念を共有できる仲間がいる。会うことはなくても、それぞれがその国で幸せになっていてくれれば」。伊藤さんの言葉はいつも力強く温かい。
(山下敦子)