広告代理店と大企業とフェアトレードの裏にあるねじれた関係とは?
「フェアトレード」と聞くとほとんどの人はポジティブで倫理的な印象を受けるだろう。フェアトレードとは発展途上国で作られた作物や製品を、適正な価格で継続的に購入することで途上国の自立や労働者たちの生活改善を目指す運動のことだ。身近な国際貢献、地球にやさしい、格差是正など、多少割高になるがフェアトレードの商品を買うことで、消費者は「良いことをしたような感じ」になれる。
でも、本当にフェアトレードは「良いこと」だといえるのだろうか? 強者と弱者の格差が広がり続ける資本主義という経済システムの中で、生産者が幸福になれて、流通や小売などの企業も利益をあげられて、消費者もいい思いをするようなことは本当に可能なのかという疑問はぬぐえない。
フェアトレード商品を買う消費者が増える一方で、フェアトレードに切り替える企業も増えている。特に『フェアトレードのおかしな真実』(松本裕/訳、英治出版/刊)の著者でジャーナリストのコナー・ウッドマン氏の母国であるイギリスは、フェアトレードに対して熱心だ。
しかし、ウッドマン氏は考える。「私は、本当にこうした農家の暮らしを改善しているのだろうか? 彼らは本当に有益な取引はできているのだろうか?」と。彼は世界を旅する中で、いくつもの矛盾を見つける。「善玉」と思われるフェアトレード財団や大手企業にも各々の“思惑”があることを知る。
たとえば、イギリスの企業がフェアトレードに熱心。それには理由がある。フェアトレードは一部の企業にとって極めて都合の良いブランディングの一つであり、イメージ戦略にうってつけだからだ。
かつて、英マクドナルドは国際NGOの活動家から、「熱帯雨林を破壊している」というネガティブキャンペーンを展開され、大打撃を食らったことがある。その後、マクドナルドはすべてのコーヒーをより倫理的な生産者から購入する契約を結び、コーヒーが入っている発泡スチロールのカップには、レインフォレスト・アライアンスのロゴが印刷されるようになった。
レインフォレスト・アライアンスは国際的な非営利団体で、発展途上国の貧困の解消や農家の支援を目的として、コーヒーをはじめとした様々な農産物や森林資源製品に対してレインフォレスト・アライアンス認証マークを発行している。つまり、企業にとって、このマークがついている商品はCSR(Corporate Social Responsibility=企業の社会的責任)に取り組んでいるという証拠になる。(なお、フェアトレードと似たようなミッションや目標を掲げてはいるものの、活動の重点項目や戦略は異なるそうだ)
さらに、このレインフォレスト・アライアンスは、コーヒーなどの最低価格を定めない市場主導型のシステムだと、マクドナルドの担当者は考えている。ウッドマン氏はここに、陰の部分を指摘する。確かにマクドナルドは、コーヒーの価格に加えて割増金を支払うことを約束しているが、最低価格を保証していないということは、世界のコーヒー市場の価格が急落しても、マクドナルドが損をするわけではなく、生産者に支払う価格が下落するということになる。
このロゴがカップにつくことで、マクドナルドはコーヒーの売り上げを25%上昇させた。ウッドマン氏は「巧みなマーケティング手法だ」としながら、胸にわだかまった疑念を拭えずにいた。
「良い」はずの倫理的貿易それ自体が一大産業になったとき、何かが失われるのではないだろうか?
ウッドマン氏はロンドンに本社をおく広告代理店、ワイデン・アンド・ケネディを訪ねる。ワイデン・アンド・ケネディはフェアトレード財団からの依頼を受け、広告戦略、ブランディング戦略を引き受けている。
世界で最大のフェアトレード市場であるイギリスにおいて、フェアトレード財団は2012年までにコーヒー、チョコレート、紅茶の市場シェアの半分を占めるくらい売り上げをのばしたいと考えていた。2009年時点でフェアトレードのマークがついたコーヒーは全体の5%程度であり、そこで広告代理店にその役目が回ってきたのだ。
広告代理店は、安売りをするスーパーで買い物をする主婦層をターゲットとした。しかし、ウッドマン氏は、より根深い問題について彼らは何も理解していないと指摘する。
代理店側は、消費者がもっと安い値段を要求するから、第三世界の農家は生産コストよりも低い対価で生産物を売らざるを得ないという。ウッドマン氏はこの考えに対し、コーヒーや砂糖は国際市場において、需要と供給のバランスによって価格が決定されるものだと指摘。いくらある特定のスーパーでコーヒーを安く売っても、価格決定には何の影響もないと述べる。
さらに、消費者自身ももちろんフェアトレード製品の方が倫理的に良いと思ってはいるものの、「品質が劣っている」、または「知名度の低い」別のメーカー商品に乗り換えるのに消極的になっていることを明かす。
これは、大企業は今までつくってきたものをつくり続けつつ、倫理的認証のロゴを商品につければよいということになる。
この議論の中には、本当に救うべき生産者の話題はほとんど出てこない。消費者と、企業と、フェアトレード団体と、広告代理店が主だ。しかし、消費者は「この商品は倫理的だ」と信頼して製品を買い、その裏では、倫理的な商品が売れるとわかっている企業が、ロゴをつけるために列をつくって並んでいるのである。
何のためのフェアトレードなのか。これが本質的な解決につながるのか。
ウッドマン氏は自身の故郷であるバーミンガム郊外のボーンヴィルにあるキャドバリー社を訪ねた。キャドバリー社が、主力製品であるデイリーミルクチョコレートのフェアトレード参入について会見を行うためだ。そこで目にした光景は、企業にとってフェアトレードは「投資」であるという現実と、活動家たちによるまるでカルト教団とも思えるようなフェアトレードへの賛美だった。
ウッドマン氏はここから問題の本質に迫る。先進国の企業たちは、そしてフェアトレード団体は、何を考えてフェアトレードに参入していくのか。フェアトレード先進国イギリスで垣間見える状況は、これから導入がさらに進んでいくだろう日本の未来を映し出しているようにも思える。
また、先進国での大企業の動きだけではなく、世界各地を旅し、現場を見ながら生産者の視点からもフェアトレードの真実の姿を批判的にあぶり出していく。イギリスをはじめ、ニカラグア、中国、ラオス、コンゴ、アフガニスタン、タンザニア、コートジボワールといった国々で起きている実情が描かれている。本当に良いビジネスとは何なのか――そんな疑問に対するヒントが詰まっている。
本書の原題は“UNFAIR TRADE: The Shocking Truth Behind ‘Ethical’ Business”。和訳すると「エシカル(環境や社会に配慮した)なビジネスの裏に隠された衝撃の真実」という、とても挑戦的な意味になる。
ウッドマン氏のフェアトレードに対する追求の仕方は極めてジャーナリスティックであり、だんだんと真実に近づいていく様子も読みどころの一つだ。
(新刊JP編集部)
でも、本当にフェアトレードは「良いこと」だといえるのだろうか? 強者と弱者の格差が広がり続ける資本主義という経済システムの中で、生産者が幸福になれて、流通や小売などの企業も利益をあげられて、消費者もいい思いをするようなことは本当に可能なのかという疑問はぬぐえない。
しかし、ウッドマン氏は考える。「私は、本当にこうした農家の暮らしを改善しているのだろうか? 彼らは本当に有益な取引はできているのだろうか?」と。彼は世界を旅する中で、いくつもの矛盾を見つける。「善玉」と思われるフェアトレード財団や大手企業にも各々の“思惑”があることを知る。
たとえば、イギリスの企業がフェアトレードに熱心。それには理由がある。フェアトレードは一部の企業にとって極めて都合の良いブランディングの一つであり、イメージ戦略にうってつけだからだ。
かつて、英マクドナルドは国際NGOの活動家から、「熱帯雨林を破壊している」というネガティブキャンペーンを展開され、大打撃を食らったことがある。その後、マクドナルドはすべてのコーヒーをより倫理的な生産者から購入する契約を結び、コーヒーが入っている発泡スチロールのカップには、レインフォレスト・アライアンスのロゴが印刷されるようになった。
レインフォレスト・アライアンスは国際的な非営利団体で、発展途上国の貧困の解消や農家の支援を目的として、コーヒーをはじめとした様々な農産物や森林資源製品に対してレインフォレスト・アライアンス認証マークを発行している。つまり、企業にとって、このマークがついている商品はCSR(Corporate Social Responsibility=企業の社会的責任)に取り組んでいるという証拠になる。(なお、フェアトレードと似たようなミッションや目標を掲げてはいるものの、活動の重点項目や戦略は異なるそうだ)
さらに、このレインフォレスト・アライアンスは、コーヒーなどの最低価格を定めない市場主導型のシステムだと、マクドナルドの担当者は考えている。ウッドマン氏はここに、陰の部分を指摘する。確かにマクドナルドは、コーヒーの価格に加えて割増金を支払うことを約束しているが、最低価格を保証していないということは、世界のコーヒー市場の価格が急落しても、マクドナルドが損をするわけではなく、生産者に支払う価格が下落するということになる。
このロゴがカップにつくことで、マクドナルドはコーヒーの売り上げを25%上昇させた。ウッドマン氏は「巧みなマーケティング手法だ」としながら、胸にわだかまった疑念を拭えずにいた。
「良い」はずの倫理的貿易それ自体が一大産業になったとき、何かが失われるのではないだろうか?
ウッドマン氏はロンドンに本社をおく広告代理店、ワイデン・アンド・ケネディを訪ねる。ワイデン・アンド・ケネディはフェアトレード財団からの依頼を受け、広告戦略、ブランディング戦略を引き受けている。
世界で最大のフェアトレード市場であるイギリスにおいて、フェアトレード財団は2012年までにコーヒー、チョコレート、紅茶の市場シェアの半分を占めるくらい売り上げをのばしたいと考えていた。2009年時点でフェアトレードのマークがついたコーヒーは全体の5%程度であり、そこで広告代理店にその役目が回ってきたのだ。
広告代理店は、安売りをするスーパーで買い物をする主婦層をターゲットとした。しかし、ウッドマン氏は、より根深い問題について彼らは何も理解していないと指摘する。
代理店側は、消費者がもっと安い値段を要求するから、第三世界の農家は生産コストよりも低い対価で生産物を売らざるを得ないという。ウッドマン氏はこの考えに対し、コーヒーや砂糖は国際市場において、需要と供給のバランスによって価格が決定されるものだと指摘。いくらある特定のスーパーでコーヒーを安く売っても、価格決定には何の影響もないと述べる。
さらに、消費者自身ももちろんフェアトレード製品の方が倫理的に良いと思ってはいるものの、「品質が劣っている」、または「知名度の低い」別のメーカー商品に乗り換えるのに消極的になっていることを明かす。
これは、大企業は今までつくってきたものをつくり続けつつ、倫理的認証のロゴを商品につければよいということになる。
この議論の中には、本当に救うべき生産者の話題はほとんど出てこない。消費者と、企業と、フェアトレード団体と、広告代理店が主だ。しかし、消費者は「この商品は倫理的だ」と信頼して製品を買い、その裏では、倫理的な商品が売れるとわかっている企業が、ロゴをつけるために列をつくって並んでいるのである。
何のためのフェアトレードなのか。これが本質的な解決につながるのか。
ウッドマン氏は自身の故郷であるバーミンガム郊外のボーンヴィルにあるキャドバリー社を訪ねた。キャドバリー社が、主力製品であるデイリーミルクチョコレートのフェアトレード参入について会見を行うためだ。そこで目にした光景は、企業にとってフェアトレードは「投資」であるという現実と、活動家たちによるまるでカルト教団とも思えるようなフェアトレードへの賛美だった。
ウッドマン氏はここから問題の本質に迫る。先進国の企業たちは、そしてフェアトレード団体は、何を考えてフェアトレードに参入していくのか。フェアトレード先進国イギリスで垣間見える状況は、これから導入がさらに進んでいくだろう日本の未来を映し出しているようにも思える。
また、先進国での大企業の動きだけではなく、世界各地を旅し、現場を見ながら生産者の視点からもフェアトレードの真実の姿を批判的にあぶり出していく。イギリスをはじめ、ニカラグア、中国、ラオス、コンゴ、アフガニスタン、タンザニア、コートジボワールといった国々で起きている実情が描かれている。本当に良いビジネスとは何なのか――そんな疑問に対するヒントが詰まっている。
本書の原題は“UNFAIR TRADE: The Shocking Truth Behind ‘Ethical’ Business”。和訳すると「エシカル(環境や社会に配慮した)なビジネスの裏に隠された衝撃の真実」という、とても挑戦的な意味になる。
ウッドマン氏のフェアトレードに対する追求の仕方は極めてジャーナリスティックであり、だんだんと真実に近づいていく様子も読みどころの一つだ。
(新刊JP編集部)