『装甲騎兵ボトムズ』監督:高橋良輔/GyaO!にて9月4日まで全話無料配信中。

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80年代ロボットアニメの金字塔、『装甲騎兵ボトムズ』がパチンコになった。これを記念して、いまならGyao!でテレビシリーズ全52話を無料で観られるという。無料で!  凄い時代になったものだ(視界の隅にある全話収録のDVDボックスから必死で目を背けながら)。

『ボトムズ』といったら30年前のちょっと変わった、やけに渋いテレビアニメというのが世間的な印象だろう。何かコーヒーが苦いとか、そういうやつでしょうと。

確かに『ボトムズ』は変わっていた。主人公は極めて無口な帰還兵で、これが4メートルのいかにも兵器然としたロボットを乗り捨てながら荒廃した世界を右往左往する。ただ、そういうオフビートさ、当時のロボットアニメ番組の定型を破ってみせたことだけが偉いんじゃないんですね。そういう表層の奥に、非常に硬質なドラマがあった。実に暑苦しいドラマが。

主人公キリコ18歳は退役軍人で神経を病んでいる。何があっても表情ひとつ変えず、人とロクに口もきかない。大いなる陰謀に巻き込まれたこの男が、ドヤ街やジャングル、砂漠を彷徨するうちに(と書いてみて舞台の荒涼っぷりに驚愕する)、人々との関わりを通して徐々に人間性を回復していくわけです。この熱さ。この真摯さ。おそらく本当だったら飲み屋で一杯やっていたいようなオッサンたちが、(たぶん喫茶店や居酒屋で)この先どうするか話し合いながら作っていたなという感触がある。おそらくゆうべの酒が若干残っている頭で、何か非常に男っぽい詩情をこのシリーズにぶつけたのであろうと。

そんな詩情が、実は最も色濃く現れている部分がある。それが各回の最後に流れた次回予告だ。監督・高橋良輔がアフレコ前の喫茶店で毎回書いていたというこの予告篇、試しに第24話「横断」で聞けるものを紹介してみよう。主人公は、内戦に揺れるジャングルで傭兵をやっている頃だ。

崩れ去る信義、裏切られる愛、断ち切られる絆。
そのとき、呻きを伴って流される血。
人は、何故。
理想も愛も牙を呑み、涙を隠している。
血塗られた過去を、見通せぬ明日を、切り開くのは力のみか。
次回、「潜入」。
キリコは、心臓に向かう折れた針。

どうでしょうか。これを銀河万丈が朗々と語るわけです。『なんでも鑑定団』のナレーションの人が。「人は、何故」って凄いですね。「理想も愛も牙を呑み、涙を隠している」。この1行から様々な人間の苦悩が滲んできます。一応出発点は子供向けアニメであったはずだ。百歩譲ってティーン向けのものであったとしても、若い者にはどうにも理解の難しい世界だと言わざるを得ない。けれどもそんなことはお構いなしだという凄み。いずれ分かるようになるから黙って観ていろという大人っぽさですね。実際よく分からないなりに、当時の視聴者はこれを真剣に観た。そうでなければ番組が全52話の放送期間を全うすることはなかったであろうと。

あるいはいろいろ言ってもテレビのロボットアニメ番組だから、当然ロボが出てきて大戦闘を繰り広げるわけです。ただ、そのロボが前述の通り、いかにも無骨を絵に描いたようなデザインで、すぐにブッ壊れては捨てられる。決してヒーローとしては扱われない。そんな道具としてのロボットが、裏のホイールで猛ダッシュし、パンチを繰り出せば下腕がブローバックして空薬莢が飛び出す。そうしたギミックがえらく入念に描かれる。暑苦しいドラマと同時に、観ているこちらの血が騒ぐアクションが常にあった。その流れでもう1本次回予告を引いてみよう。これは第9話「救出」から、元特殊部隊の主人公キリコが軍警察やゴロツキたちを向こうに回し、いよいよ大暴れしようかという回だ。

敵の血潮で濡れた肩。
地獄の部隊と人の言う。
ウドの街に、百年戦争の亡霊が蘇る。
パルミスの高原、ミヨイテの宇宙に、
無敵と謳われたメルキア装甲特殊部隊。
情無用、命無用の鉄騎兵。
この命、30億ギルダン也。
最も高価なワンマンアーミー!
次回「レッドショルダー」。
キリコ、危険に向かうが本能か。

万丈もノリノリで、思わず「それでは歌っていただきましょう!」と続けたくなる名調子である。謎の固有名詞もポンポン飛び出すが、どうやら来週、派手に血の雨が降るらしいことは嫌でも伝わる。これが19時ちょっと前のテレビ東京から流れていた時代。明らかにどうかしていた。だが追いつめられた男が来週とうとう逆襲に転じるのだと大興奮、少年はテレビの前で正座して来週を待つと決めたのだった。勝手にテンションが上がったところで調子に乗ってもう1本、今度は第39話「パーフェクト・ソルジャー」から。主人公はこの頃、ライバルとの最終決戦を迎えています。

始めから感じていた、心のどこかで。
強い憎しみの裏にある渇きを。
激しい闘志の底に潜む悲しみを。
似た者同士。
自分が自分であるために、捨ててきたものの数を数える。
声にならない声が聞こえてくる。
次回「仲間」。
一足先に自由になった兵士のために。

これなんかもう泣かせますよね。もはや一片の詩ですね。30分のテレビ番組に男のドラマをブチ込めるだけブチ込んでやろうという、もの凄い気概を感じる。しかも書かれた文字を読むのではなくて実際聞いてみると、これが比較にならないぐらい心にしみるわけです。この際、予告こそが本篇だと言ってしまってもいいような気がしてきた。そんなわけで30年前のおじさんたちが毎週毎週、己の信じる男っぽさをこれでもかと叩きつけた作品。晩夏はこの『ボトムズ』を一気に観て、その暑苦しさにむせたいものであります。
(てらさわホーク)