【追悼・張本勲氏】ひとつの「喝!」が世論を大きく動かした…ネットニュース編集者が振り返る唯一無二の「御意見番」語録
日本プロ野球界歴代最高の3085安打を誇り、通算打率.319、504本塁打、1676打点、319盗塁、OPSは.933という抜群の成績を残した張本勲氏が9日に86歳で亡くなった。筆者は過去に張本氏がいかに、ネット上に話題を提供したか、そしてその発言が多くの人々の感情を揺さぶったかを執筆したことがある。今回の訃報を受け、改めて同氏の素晴らしさについて書いてみたい。【中川淳一郎/ネットニュース編集者】
【追悼】9月9日に亡くなった“ハリー”こと張本勲氏の忘れられない満面の笑顔
何が楽しいのかねぇ
野球の話は各スポーツ紙電子版が多数書いているので、主に「サンデーモーニング」(TBS系)の「週刊御意見番」における張本氏(適宜ネット上の愛称である「ハリー」も使う)の発言と、心根は非常に優しかったことについて振り返る。

2021年12月をもって張本氏は同番組を「卒業」し、その後は、時々出演するようになった。レギュラー出演時は毎週日曜日に張本氏が発言するだけで、スポーツ紙電子版を中心にコタツ記事が乱造され、人々は張本氏を批判した。それは、張本氏の発言が昭和の古い価値観を重視し、現代のスポーツのあり様と逆行していると感じられたからだろう。ハリーのスポーツに関する持論は以下のようなものがある。
・野球選手はとにかく走り込みが大切だ
・野球選手に筋トレは不要である
・日本人選手がMLBに行くことには反対である
・日本野球は選手も審判もMLBよりレベルが高い
・日本人選手がMLBでくすぶっていると「早く帰ってきなさい」と言う
・女性が格闘技等危険なスポーツをすることには違和感がある
・先発投手は完投を目指してナンボである
・プロ野球のキャンプで新規性のある練習方法が紹介されると「意味がない。コーチが目立ちたいだけ」と言う
・レッドブルが主催するような危険な競技には「何が楽しいのかねぇ」と首をひねる
こうした考えのため、高校野球の球数制限に苦言を呈したりもした。すると、ダルビッシュ有からXで「シェンロンが一つ願いことを叶えてあげるって言ってきたら迷いなくこのコーナーを消してくださいと言う」(原文ママ)と書き込まれた。シェンロンとは漫画『ドラゴンボール』に登場する願いを一つだけ叶えてくれる龍のことである。
カズは「大人の対応」
また、東北楽天ゴールデンイーグルスのエースだった岩隈久志が途中降板したことについては「エースとしてマウンドを守るべきだ」と「喝!」を入れた。基本的に、このコーナーでは2010年に亡くなった大沢啓二氏と張本氏がスポーツに関して、「爺さんの茶飲み話」をするような展開で、他のコメンテーターは生温かい目で2人と司会の関口宏氏のやり取りを見守り、特に異議申し立てはしない。だが、ジャーナリストの江川紹子氏は「えーっ」と張本氏の「喝!」に異議を呈し、途中降板もアリでは、と反論した。張本氏はこれに納得がいかなかったようで、以後両者はTBSと話し合いを続けたものの、江川氏は張本氏が出る間は出演できないことになったとXで報告するに至った。
それだけ番組としては、ハリーが「数字を持っている」ことを分かっていたのである。現に私自身も「サンデーモーニング」の極端な左派的論調は行き過ぎだと感じていたのだが、『週刊御意見番』があるからというだけの理由で日曜の朝はこの番組にチャンネルを合わせていた。
テレビ出演者で誰が一番好きか? と聞かれたら、私は「ハリーである」と毎度言っていた。一度だけ、お姿は見かけたことがある。赤坂のBizタワーのエスカレーターに乗ろうとしたら、白いジャケットとパンツ姿の大男がいた。もしや? と思って彼の10段ぐらい下に乗ったところ横を向いた。ハリーだった。挨拶したいな、でも迷惑だろうな、と思って結局何もしなかったが、あの存在感には圧倒されたものである。本音を言えばハリーの書籍のゴーストライターをしたかった。
張本氏がネットでやり玉に挙げられることがあったのは、ファンがたくさんいるアスリートの批判をしたからだ。たとえば、三浦良知が48歳の時は「もうお辞めなさい。J2はプロ野球でいうと二軍だから話題性がない」と言い、この時もネットはざわめいた。だが、カズは張本氏による叱咤激励と捉えたと発言し、大人の対応。その後張本氏からどこかで会ったら食事をごちそうすると言われるなどし、カズもそれを歓迎。しかも、カズは張本氏の同コーナー「卒業」時にはビデオメッセージで登場。「その節は叱咤激励ありがとうございました。張本さんに『早くお辞めなさい』って言われないように、これからも頑張りたいと思います」と発言した。
高齢者と子どもには「あっぱれ」
大谷翔平の「二刀流」についても「どちらかにしなさい」と日本ハム入団前から言い続けていたが、大谷がメジャーで見事大成功すると二刀流を認め、「あっぱれ!」を出した。そうしたフェアな人物なのである。
さて、溢れ出る優しさは、特に高齢者と子どもたちに向いた。この2つの属性の人々が登場するスポーツが紹介されると相好を崩して「元気でいいねぇ」などと言いながら、大抵の場合「あっぱれ!」を出したのだ。
また、先輩を立てる面もよく表れた。先輩である大沢氏が張本氏に「まぁまぁ、そう言うなって」などとたしなめると素直に受け入れていた。先輩の金田正一氏と一緒に出ると「カネやんオンステージ」のごとき状況で、張本氏の口数は少なかったし、金田氏がいかに剛球を投げていたか、といった説明をして先輩を立てたのだ。それにしても金田氏は面白かった。
週刊ポストのインタビューでは「ワシの投げた球は180km」と言ったかと思えば、翌年以降のインタビューでは「ワシの球は200km」と言う。「週刊御意見番」では、川上哲治氏が亡くなった時、ひっそりと川上氏を偲ぶのではなく、「ワシの豪球はいかにすごかったか」「川上氏をいかに抑えたか」などと話し、関口氏と張本氏から苦笑されていた。
要するに、このコーナーは昭和の重鎮が過去を懐かしみながら、武勇伝を語ったり、現代のスポーツに小言を言う様を楽しむコーナーだったのだ。ネットで批判を書き込む若い視聴者はまじめに捉えすぎていたのである。それでは本当の楽しみ方ができていなかったと思う。
掃除が上手そうじゃないですか
ただ、コンプラ時代に合わない面があったのは否めない。それは、東京五輪の際、女子ボクシングフェザー級で金メダルを獲得した入江聖奈に対し張本氏が「嫁入り前のお嬢ちゃんが顔を殴り合ってね。こんな競技好きな人がいるんだ」と発言したことに表れる。あとはカーリング女子を報じた際、「この人たちはいい奥さんになるねぇ」と発言。司会の関口氏は鳩が豆鉄砲をくらったような表情をして意図を聞いたが、張本氏は「掃除が上手そうじゃないですか」と言った。カーリングでは、ブラシで表面をこすりながらストーンを狙いの場所に誘導していくが、この様子を自宅を箒で掃除しているように感じたから出た発言である。
2010年代後半、日本ではコンプラ意識が強くなりセクハラ・パワハラは絶対に許されない時代に突入すると、かつて乱発していた「喝!」は減っていった。何しろ「喝!」を一つ出すたびにネットニュースとなり、張本氏は批判されたのである。以前よりも元気がなくなったように見えた中の2021年12月、同氏の「卒業」に関して私は原稿で「あっぱれ!」を入れた。
そして今回の訃報だ。今年は私が敬愛してやまない漫画家の東海林さだお氏に続き、張本氏まで亡くなった。「いつか一緒に仕事ができるのではないか」と分不相応なことを思い、この仕事を続けてきたがその心の支えがなくなってしまった。と個人的なことはどうでもいい。とにかく張本勲さん、被曝や大やけどを経て偉大なる野球選手になり、その後は強烈な存在感を放つ野球評論家として我々を楽しませてくれ、鼓舞してくれました。本当にありがとうございました。
ネットニュース編集者・中川淳一郎
デイリー新潮編集部
