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被相続人の財産に関する最終の意思表示である「遺言書」。大切な資産のゆくえを決定づけるその1通は、時に残された家族の運命を大きく揺るがすことがあります。親の資産をアテにし続けてきた男の前に突きつけられた、思いもよらぬ遺言書の中身とは--。事例を見ていきます。※事例の人物名はすべて仮名です。

働いた経験ゼロの66歳次男…父の死で崩れ去った「遺産頼み」の甘い期待

父親の事業を継ぎ、会社を設立して発展させてきたコウイチさん。現在は自身の息子へ無事に代替わりを果たし、家族の事業を守り続けてきました。

一方で、長男の頭を悩ませ続けていたのが、1歳下の弟・コウジさん(66歳)の存在でした。

コウジさんは高校を卒業してから現在に至るまで、一度も定職に就いたことがありません。裕福だった父親の甘やかしもあり、60代を迎えても父親の収入や資産をアテにして暮らしていたのです。心配した母親が生前に年金を立て替えて納付していたため、コウジさんには毎月約6万円の年金受給権がありましたが、それ以外に自力で得ている収入は皆無でした。

「父には現役時代から蓄えた2億円近い資産がありました。弟は『父が死んだら、その何億円という遺産を折半して手に入れれば一生遊んで暮らせる』と本気で信じ切っていたようです」

ところが、92歳で父がこの世を去り、遺言書が開封された瞬間、コウジさんは顔面蒼白になります。そこに記されていたのは、自立しない次男の予想を遥かに超える残酷な現実でした。

2億円の資産から外された次男

「父がここまで徹底した準備を重ねていたなんて、弟は、想像だにしていなかったでしょう」

父が遺した2億円の資産の内訳は、以下のとおりでした。

預金:3,000万円

生命保険金:4,000万円(長男と孫へ2,000万円ずつ)

株式:3,000万円

事業用不動産:6,000万円

自宅:4,000万円

合計:2億円

父親の遺言書には、「事業を継ぎ、会社を設立して発展させてくれた長男と孫に大半の資産を譲る」と明確に指定されていました。コウジさんに割り当てられたのは、自宅の土地・建物(4,000万円相当)のみだったのです。

「なぜ自分には現金がまったく残されないのか」と激昂するコウジさんでしたが、父の綿密な計算による結果がここにありました。

どれほど諭しても働こうとせず、自分の資産をアテにし続ける次男の姿勢に、父は長年失望していました。同時に、そんな息子を許し甘やかしてきた自分自身への強い後悔を抱いていたのです。

「愚息に必要以上のお金を渡すべきなのだろうか。--もはや心を鬼にするしかない」

父は最期の決断として、相続対策を準備していました。

「遺留分」すら請求させない

長男によると、父親は法律の専門家に相談し、遺留分(法定相続人に最低限保障される取り分)の計算まで完璧に織り込んだうえで資産を配置していたといいます。

仮になにも対策をせず2億円の遺産を残した場合、次男の法定相続分は2分の1(1億円)となり、その遺留分は4分の1の5,000万円になります。この場合、自宅(4,000万円)を譲るだけでは1,000万円足りず、コウジさんから不足分の現金を請求される恐れがありました。

そこで父親が活用したのが、「生命保険」です。

法制度上、生命保険金は受取人固有の財産とみなされ、原則として遺産分割の対象となる相続財産から除外されます。父親は4,000万円分を一時払い終身保険として長男と孫を受取人に指定しておくことで、相続財産の総額を2億円から1億6,000万円へと圧縮させました。

対策後の相続財産:1億6,000万円

コウジさんの法定相続分(2分の1):8,000万円

コウジさんの権利としての遺留分(4分の1):4,000万円

これにより、コウジさんの遺留分は4,000万円まで引き下げられました。父がコウジさんに渡した「自宅土地・建物(4,000万円相当)」は、まさにこの遺留分を満たす額だったのです。結果としてコウジさんは、兄や孫に対して追加の資金を請求する法的手段すら完全に封じ込められました。

なお、生命保険金であっても、遺産総額に対する保険金の割合が極端に大きく、ほかの相続人とのあいだに著しい不公平が生じると裁判所に判断された場合(特段の事情)、例外的に特別受益として遺留分計算上の持戻し対象となるケースがあります。実務においては事前に相続に詳しい弁護士や税理士への確認が不可欠です。

最期の最期で父が、心を鬼にした結果

父の想いも虚しく、人はそう簡単に変わることはできないようです。

手元に現金がないコウジさんは、残された自宅を売却。税金や解体費用などを差し引き、手元に残った約3,000万円を元手に賃貸アパートでの生活を始めました。しかし、金銭感覚が壊れたままのコウジさんは計画的な利用ができず、数年のうちに大半を使い果たしてしまったのです。

残高が底をつきかけたコウジさんは、ついに兄のコウイチさんに泣きつきました。

「金がもうすぐなくなる。頼むから援助してくれ!」

しかし、コウイチさんの返答は冷徹なものでした。

「父さんは亡くなる前、『コウジがいくら困っても絶対に助けるな。あいつに金をやるのは、首を絞めるのと同じだ』といっていた。俺は父さんとの約束を守る。一銭も出せない」

すがりつく相手を完全に失ったコウジさんは、受給できる月6万円の年金と、残りわずかな口座残高を前にして、絶望に打ちひしがれています。

「これからどうすればいいんだ……。生活保護を受けるしかないのか…」

66歳にして初めて直面する「本当の困窮」に、コウジさんは震える日々を送っています。

「遺留分トラブル」の防止策

親の資産を守りつつ、将来の争いを未然に防ぐための重要なポイントを整理します。

遺言書の作成と「遺留分」への目配り

「特定の子に財産を多く与えたい」と思っても、「遺留分」が最大の懸念になります。遺言書を作成する際は、残された相続人が主張できる遺留分がどの程度になるかをあらかじめ算出し、侵害によるトラブルが起きないような財産配置を考えておく必要があります。

生命保険を活用した「相続財産の圧縮」

生前贈与や生命保険の活用は、みなし相続財産として税金計算には含まれるものの、民法上の「遺産分割の対象財産」からは外すことができます。特定の人に確実に資金を遺したい場合や、分割対象となる基礎財産を減らして他人の遺留分請求額を抑えたい場合に、生命保険の指定受給枠は極めて有効な選択肢となります。

早期の自立支援

親の資力・活力があるうちに経済的自立を促さず、先送りにしたまま高齢期を迎えてしまうと、親と子が共倒れに陥る「8050問題(あるいは9060問題)」へと発展します。老後の資産計画を立てる段階で、単にお金を残す・残さないの判断だけでなく、元気で存命であるうちに生活の立て直しや専門機関への相談など、本人の自立に向けた根本的な環境整えを行うことが真の親の責任なのかもしれません。