40年間、相続税も所得税も「二重取り」していた…最高裁がNOを突きつけ、160億円を還付させた"国税の盲点"

■給料から引かれる税金はだれの税金なのか
本書では、個人が得た所得に課せられるのが「所得税」で、法人が得た所得に課せられるのが「法人税」だという説明をしてきました。ただし所得税法は、法人が納税義務を負う場合として源泉所得税を定めています。源泉所得税については、法人でも納税義務を負います。これは所得税法に規定があるからでした。
といっても法人が負うのはあくまで、従業員などへの支払いの際に源泉所得税を徴収して納める義務です。本来の納税義務は、あくまで法人から給与などの支払いを受けた従業員など(個人)が負っています。
法人は従業員などに給料などを支払っただけですので、そもそも法人は何も所得を得ていません。したがって法人が得た所得に対する課税ではないのです。ここに「相続税はどうなんだ?」という視点を入れると、話が少し複雑になります。
相続税は、「相続税法」という法律に定められています。単純にいえば、人の死亡(相続)によって、相続人が取得した財産について課税をするのが相続税ということになります。民法には、「相続は、死亡によって開始する」とあり(民法882条)、「相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する」と規定されています(民法896条本文)。
そして、相続税法2条1項は、相続税の課税財産の範囲について、次のように定めています。
■遺産じゃないのに課せられるお金
第1条の3第1号又は第2号の規定に該当する者については、その者が相続又は遺贈により取得した財産の全部に対し、相続税を課する。
「第1条の3第1号……の規定に該当する者」というのは、相続税の納税義務を負う人(相続税の納税義務者)のことで、相続税法1条の3第1号には「相続又は遺贈……により財産を取得した次に掲げる者であつて、当該財産を取得した時においてこの法律の施行地に住所を有するもの」と規定されています。その者は、「個人」です(同号イ及びロの各かっこ書き)。
要するに、相続によって(そのときに日本に住所がある)「個人」が得た「財産」に対して、相続税は課されるわけです。もっとも、相続税法には「みなし相続財産」という規定もあります。
民法でいう「相続財産」にはあたらず、相続人の間で遺産分割の対象にはならない財産であっても、相続によって得た財産で「みなし相続財産」とされているものについては、相続税が課されるのです(相続税法3条)。
「みなし相続財産」の具体例には、被相続人の死亡により、生命保険契約に基づき、「受取人」である相続人が保険会社から保険金の支払いを受ける場合で、保険料を被相続人が払い込んでいたときなどがあります(相続税法3条1項1号)。
■タダで得た財産に所得税がかからないルール
生命保険金は受取人として指定された者に支払われるもので、民法上の「相続財産」ではなく、遺産分割の対象ではありません。しかし相続税法では、相続によって得た財産ではあるので、保険料を被相続人が負担していた場合、相続税が課税される財産とみなすのです。
いずれにしても、相続開始によって個人が得た財産に対しては、「相続税」が課されるわけですが、この話は、何かと重なる気がしないでしょうか。そうです。本書がテーマにしている「所得税」です。
所得税は、個人が得た所得に対して課されるもので、相続税は、個人が相続で得た財産に課されるものです。「所得」か「相続で得た財産」か、という違いはありますが、どちらも「個人」が得た所得に対して課されるという点では同じです。また、所得は「あらたに流入した経済的価値」で、その理由や原因は問わないものでした(包括的所得概念)。
そうすると、相続開始という利得を得た理由や原因は考慮せず、単にタダで「財産を得た」という点だけでみると、これは所得税が課税の対象にしている「所得」にもあたるはずです。そうすると、相続によって財産を得た相続人には「相続税」が課され、さらに「所得税」も課される、というのが論理的であるはずです。
しかし、現実にはそうはなっていません。所得税は課されず、相続税だけが課されるのです。その理由は、所得税法の9条1項17号に非課税規定があるからです。

■税金の二重払いを防ぐための特例
次に掲げる所得については、所得税を課さない。(略) 一七 相続、遺贈又は個人からの贈与により取得するもの(相続税法(昭和二十五年法律第七十三号)の規定により相続、遺贈又は個人からの贈与により取得したものとみなされるものを含み、同法第二十一条の三第一項第一号(贈与税の非課税財産)に規定する公益信託から給付を受けた財産に該当するものを除く。
このように、「相続……により取得するもの」(相続財産)および「相続税法……の規定により相続……により取得したものとみなされるもの」(みなし相続財産)については、「所得税を課さない」ことが、所得税法の非課税規定のなかで明らかにされているのです。
逆にいえば、この非課税規定が存在しなければ、「相続財産」にも「みなし相続財産」にも、相続税が課されたうえで、さらに所得税も課される、ということになるのです。
しかし、それでは、同じ原因によって得た同じ財産に対して2つの税金をかけることになります。これでは「二重に税金が課される」ことになり、納税者に酷(こく)な結果となってしまいます。国民の理解も得られないでしょう。
こうして、相続税と所得税の「二重課税」を防止するために、所得税法の9条1項17号は規定されたものだと理解されています。なお、個人が個人から贈与を受けると贈与税が課されますが、これについても所得税の二重課税が起きないよう、この条文は手当てをしています。「個人からの贈与により取得するもの」の部分です。
■実際にあった保険がきっかけの二重課税裁判
この規定の適用をめぐり、2010年(平成22年)に、新聞などのニュースで報道された最高裁判決があります。それは「長崎年金訴訟」「年金二重課税事件」「生保年金事件」などと呼ばれている事件です。
この事件の概要は次のとおりです。
保険会社が約40年以上前から扱っていた生命保険で、年金の特約がついた商品(年金特約付き生命保険)がありました。被保険者が死亡したときに、受取人は生命保険金(4000万円)を受け取ることができます(ここまでは通常の生命保険と同じです)。それに加えて、特約部分がありました。
受取人の選択により、相続が発生した年から毎年230万円というかたちで、10年にわたり年金を保険会社からもらえる特約がついていたのです(「選択により」と書きましたが、年金部分を一括でもらうこともできるプランでした。一括払いの場合は、年金総額2300万円ではなく、予定利率で割り引いた2000万円でした。
こちらを選択した場合、4000万円の保険金と2000万円に相続税が課されるだけで、所得税は課されません)。
■40年にわたる国税の勘違いを正した最高裁
これについて、国税当局は、相続開始によって年金を受給できる権利(年金受給権)に対しては(みなし相続財産として)「相続税」が課され(230万円×10年×60%=1380万円部分)、相続が発生した年から毎年もらう年金(毎年230万円)についても、それぞれ雑所得として「所得税」が課されるという考えをとっていました。
そして現実に、過去40年にわたり、そのような取扱いがされていたのです(実際には、当時の所得税法207条の規定に基づき、保険会社が年金を支払う際に源泉徴収をしていました)。しかし、最高裁判所は、年金受給権と最初に受け取る年金については、同じ経済的価値に対して「相続税」と「所得税」をダブルで課す「二重課税」にあたると考えました。
相続税と所得税の二重課税を排除した所得税法9条1項17号(当時15号)の規定は、「経済的価値」が「同一」といえる場合の二重課税を排除した趣旨だと解釈したためです(最高裁平成22年7月6日第三小法廷判決・民集64巻5号1277頁)。

■相続した年金に税金をかける問題点
「所得税法9条1項は、その柱書きにおいて『次に掲げる所得については、所得税を課さない。』と規定し、その15号において『相続、遺贈又は個人からの贈与により取得するもの(相続税法の規定により相続、遺贈又は個人からの贈与により取得したものとみなされるものを含む。)』を掲げている。
同項柱書きの規定によれば、同号にいう『相続、遺贈又は個人からの贈与により取得するもの』とは、相続等により取得し又は取得したものとみなされる財産そのものを指すのではなく、当該財産の取得によりその者に帰属する所得を指すものと解される。
そして、当該財産の取得によりその者に帰属する所得とは、当該財産の取得の時における価額に相当する経済的価値にほかならず、これは相続税又は贈与税の課税対象となるものであるから、同号の趣旨は、相続税又は贈与税の課税対象となる経済的価値に対しては所得税を課さないこととして、同一の経済的価値に対する相続税又は贈与税と所得税との二重課税を排除したものであると解される。」
原審(げんしん)の福岡高裁は、二重課税かどうかは「法的にみるべきだ」と考え、年金受給権という権利と個別の年金は法的には別のものだから「二重課税ではない」という国(国税当局)の見解を支持しました(福岡高裁平成19年10月25日判決・訟務月報54巻9号2090頁)。

■払いすぎた税金を10年分取り戻せるように
しかし、最高裁判所は、二重課税かどうかは「法的」ではなく「経済的(な価値)」の観点から「同一」といえるかどうかで考えるべきだ、という判断枠組み(判断をするための基準や指針のことです)を採用したのです。
その結果、非課税所得を定めた所得税法9条1項17号(当時は15号)の規定が適用され、「もらった初年度の年金については、所得税は課されない」という判断が示されました。この最高裁判決は、過去30年にわたり課税をされてきた「年金特約付き生命保険」について、その課税実務が「所得税法」に照らして誤りであるという判断によるものでした。
結果、判決後、過去10年について、非課税になるはずなのに課税をされていた納税者に対して、「申請をすれば還付をします」という措置がとられました。法律上は、最大でも過去5年分についてしか還付できないはずでしたが、法改正を行い、過去10年分まで延長したのです。
■還付された総額は約160億円

還付された総額は、2012年3月末で約160億円にのぼったと報道されています(2012年6月3日付け毎日新聞)。この判断は、最高裁判所が、法律(所得税法)の解釈を徹底させ、国税当局の取扱いについてNOを突きつけたものとして、話題を呼びました。
この記事では、所得税の基本について、実務上の取扱いを解説するものではなく、所得税法という法律の考え方から解説をするスタンスをとっています。そのため、理論的なことや抽象的な概念もでてきますが、それはとても重要なことなのです。
なぜかというと、課税実務が「所得税法」に照らして間違っていれば、それは最終的には裁判所で正されるべきものだからです。その点からも、所得税を所得税法という法の枠組みから学ぶことには、大きな意味があるといえます。
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木山 泰嗣(きやま・ひろつぐ)
青山学院大学法学部教授
1974年、神奈川県横浜市生まれ。青山学院大学法学部教授(税法)、同大学大学院法学研究科ビジネス法務専攻主任。鳥飼総合法律事務所客員弁護士。2011年に『税務訴訟の法律実務』(弘文堂)で、第34回日税研究賞(奨励賞)受賞。主な著書に、『ゼロからわかる日本の所得税制』『弁護士が教える分かりやすい「民法」の授業』、『弁護士が教える分かりやすい「所得税法」の授業』(いずれも光文社新書)など。
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(青山学院大学法学部教授 木山 泰嗣)
