税金を滞納すると「自己管理ウォレット」も差押え対象に…令和9年4月から変わる暗号資産の徴収ルール
「暗号資産は自分でウォレットに保管していれば差し押さえられない」。そう考えている人もいるかもしれない。しかし、その認識は変わろうとしている。令和8年度税制改正では、国税徴収法が改正され、暗号資産などを徴収職員の管理下へ移し、換価・回収につなげるための手続が整備された。この新たな手続きは、令和9年4月1日から施行される。今回の制度改正で何が変わるのか、その背景とポイントを解説する。※本連載は、THE GOLD ONLINE編集部ニュース取材班が担当する。
自己管理ウォレットも徴収対象になり得る
令和8年度税制改正では、国税徴収法が改正され、「特定電子移転財産権」に関する差押え手続が整備された。
この改正によって、対象となる財産については、徴収職員の管理下へ移す方法による差押えが整備され、それが困難な場合には、財産を移転できる者に対して、徴収職員の管理下へ移すよう命じることができる仕組みが設けられる。
さらに、正当な理由なく命令に従わなかった場合には、3年以下の拘禁刑または250万円以下の罰金が科される可能性もある。施行日は令和9年4月1日。
もっとも、今回の改正によって暗号資産が初めて差押えの対象になるわけではない。重要なのは、これまで差し押さえることができても、実際の換価・回収につなげることが難しかった自己管理ウォレットの暗号資産について、その手続が明確化された点にある。
シェル総合会計事務所代表の貝井英則税理士は、今回の改正の意義について次のように説明する。
「改正前も、自己管理ウォレットで保有する暗号資産は、国税徴収法上の『無体財産権等』として差押えの対象になり得ました。今回の改正によって、暗号資産が初めて差押え可能になったわけではありません」
なぜ自己管理ウォレットの暗号資産は「差し押さえにくかった」のか
では、従来の制度にはどのような課題があったのだろうか。
税金を滞納した場合、国税徴収法に基づき、預貯金や給与、不動産、有価証券などの財産が差し押さえられることがある。
ところが、暗号資産は従来の財産とは性質が大きく異なる。
ビットコインなどの暗号資産は、銀行口座で管理される預金とは異なり、ブロックチェーン上で移転されるデジタル資産だ。
その利用には秘密鍵が必要であり、秘密鍵を本人が管理する「セルフカストディ(自己管理)」では、第三者が本人に代わって自由に資産を移転することはできない。暗号資産交
換業者に預けている場合には、交換業者を通じた差押えや取立てが可能だ。一方、自己管理ウォレットでは、銀行預金のように第三者に通知すれば本人の協力なしに取り立てられる仕組みがない。
貝井税理士は、従来の制度の問題についてこう説明する。
「預金であれば、税務署が銀行に差押通知を送ることで、滞納者本人の協力がなくても銀行から取り立てることができます。一方、自己管理ウォレットの暗号資産には、銀行に相当する第三者がおらず、原則として秘密鍵を持つ本人などでなければ移転できません。滞納者が送金に協力しなければ、差押えを実際の回収につなげることが難しかったのです」
つまり、従来から法的には差押えの対象となり得たものの、差し押さえた暗号資産を徴収職員の管理下へ移し、換価するまでの実務に課題があった。
国税徴収法を改正、「徴収職員の管理下」へ移す仕組みを整備
今回の改正は、この実務上の壁に対応するものだ。令和8年度税制改正では、国税徴収法に「特定電子移転財産権」に関する徴収手続が整備された。
「特定電子移転財産権」とは、第三債務者等がない無体財産権等に係る権利で、登記等を必要とせず、電子情報処理組織を用いて移転するものをいう。暗号資産などを念頭に置いた制度である。
改正後は、こうした財産の差押えについて、徴収職員の管理へ移す方法が整備される。さらに、その方法によることが困難な場合には、財産を移転できる者に対し、徴収職員の管理下へ移すよう命じることができる。
これにより、自己管理ウォレットの暗号資産についても、把握された財産を実際の徴収につなげるための手続が明確になる。
貝井税理士は、今回の改正について次のように評価する。
「今回の改正の意義は、こうしたケースにおいて、罰則付きの移転命令によって暗号資産を徴収職員の管理下へ移し、滞納税額の回収につなげやすくする点にあります」
約5億円の暗号資産取引、約2億5,000万円を追徴された事例も
今回の制度整備の背景を考えるうえで、具体的な事例がある。
内閣府の「経済社会のデジタル化への対応と納税環境整備に関する専門家会合」では、暗号資産取引によって約5億円の所得を得ながら申告せず、加算税などを含めて約2億5,000万円を追徴された事例が紹介されている。
その後、保有する暗号資産の価格が下落し、本人は「価格が上昇したら売却して納付する」と説明したものの、自主的な納付には至らなかったとされる。
ただし、公表資料から約2億5,000万円の全額が回収できなかったと確認できるわけではない。この点について、貝井税理士は慎重な評価が必要だと指摘する。
「この事例について、約2億5,000万円の全額が回収できなかったとまでは公表資料から確認できません。ただ、自己管理ウォレットの暗号資産を把握できても、本人の協力なしに換価・回収することが難しかったという、従来制度の問題を示しています」
ここで重要なのは、「税務当局が暗号資産の存在を把握できない」という問題と、「把握できても実際の徴収につなげることが難しい」という問題は別だという点である。
今回の改正は、後者への対応を強化するものといえる。
移転命令に従わなければ刑事罰の対象に
今回の改正で特に注目されるのが、移転命令に違反した場合の罰則だ。
正当な理由なく移転命令に従わなかった場合には、刑事罰の対象となる可能性がある。
ここで注意したいのは、税務当局が秘密鍵を技術的に取得・復元し、本人の意思とは無関係に暗号資産を強制送金できるようになるわけではないということだ。
貝井税理士も、この点を強調する。
「今回の改正は、徴収職員が秘密鍵を技術的に取得・復元し、本人に代わって暗号資産を強制送金できるようにするものではありません。法律上の差押えと移転命令はできますが、本人が命令に従わなければ、預金のように第三者から直接取り立てることはできません」
つまり、今回の制度は「税務署が秘密鍵を取得して暗号資産を勝手に移動させる制度」ではない。本人などに移転を命じ、正当な理由なく従わなかった場合には刑事罰の対象となり得るという仕組みによって、差押えの実効性を高めるものだ。
また、命令違反によって刑事責任を負ったとしても、滞納している税金が消えるわけではない。
「移転命令に違反して処罰を受けても、滞納税額が免除されるわけではありません」(貝井税理士)
一方で、本人が刑事責任を負うことも覚悟して命令を拒み、ほかに差し押さえられる財産もない場合には、実際の回収が困難となる可能性は残る。そのため、今回の改正を「自己管理ウォレットの暗号資産を必ず回収できる制度」と捉えるのは正確ではない。刑事罰を背景として移転を促し、差押えの実効性を高める制度と理解するのが適切だろう。
暗号資産投資家にとって何が変わるのか
では、税金をきちんと申告・納付している一般の暗号資産投資家に、今回の改正が直接影響するのだろうか。
今回取り上げている徴収手続の改正によって、一般の投資家の税額の計算方法や申告方法が直接変わるわけではない。
貝井税理士は、一般の投資家への影響についてこう説明する。
「今回取り上げている徴収手続の改正によって、税額の計算方法や申告方法が直接変わるわけではありません。また、暗号資産を保有しているという理由だけで差押えの対象になるものでもありません」
問題になるのは、税金を滞納し、滞納処分を受ける場面だろう。
預金などの財産から滞納税額を回収できれば、それで徴収が完了するケースもある。一方、ほかの財産だけでは滞納額に足りず、自己管理ウォレットに暗号資産を保有している場合には、その暗号資産も徴収対象となり得る。
なお、預金を必ず先に差し押さえ、暗号資産を最後に差し押さえるという法的な優先順位が定められているわけではない。
一般の投資家にとって重要なのは、「自己管理ウォレットに移せば税務当局から見えなくなる」「実際の徴収までは及ばない」という考え方が、これまで以上に通用しにくくなることだろう。
税務当局は暗号資産をどこまで把握できるのか
今回の改正が直接変えるのは、暗号資産取引による利益を把握する税務調査そのものというより、確定した税金を回収する「滞納整理」の部分だ。
では、そもそも税務当局は自己管理ウォレットの暗号資産をどこまで把握できるのだろうか。
貝井税理士によれば、国内の暗号資産交換業者への照会、銀行口座の入出金、スマートフォンやパソコンに残された情報、ブロックチェーン上の取引履歴などから、暗号資産の保有や取引状況を把握できる場合があるという。
特に、国内の暗号資産交換業者から自己管理ウォレットへ暗号資産を送っている場合には、交換業者が保有する本人確認情報や入出庫記録と、ブロックチェーン上のウォレットアドレスを結び付けられる可能性があるという。
貝井税理士は次のように説明する。
「入口となるアドレスと本人との関係を把握できれば、その後の資金移動を追跡できる場合もあります」
さらに、OECDが策定したCARF(暗号資産等報告枠組み)に基づく国際的な情報交換も順次始まるため、「国外の交換業者を利用すれば税務当局に把握されない」とはいえなくなっていく。
もっとも、ブロックチェーン上には通常、利用者の氏名が直接表示されているわけではない。取引所や銀行などとの接点がなく、ウォレットアドレスと本人との関係を示す資料もない場合には、税務当局が保有者を特定することが難しいケースも残る。
したがって、今回の改正は暗号資産を「見つける」ための制度というより、把握した暗号資産を実際の徴収につなげるための制度と捉えるべきである。
暗号資産同士の交換でも課税される点に注意
暗号資産投資では、「日本円に換金していないから、まだ税金は発生していない」と考えてしまうケースがある。
しかし、暗号資産については、日本円への換金だけでなく、暗号資産で商品を購入した場合や、別の暗号資産と交換した場合にも、原則として所得が生じる場合がある。
また、ステーキングやマイニングなどによって暗号資産を取得した場合にも、課税関係が生じることがある。
特に注意したいのが、暗号資産同士を交換して利益が確定しているにもかかわらず、納税資金を円で確保していないケースである。
貝井税理士は、こうしたケースについて次のように注意を促す。
「価格上昇時に暗号資産を交換して多額の利益が発生した後、保有を続けている間に価格が急落すると、手元の暗号資産をすべて売却しても税金を支払えない事態が起こり得ます。納期限までに納付できなければ延滞税が発生し、預金や給与、不動産だけでなく、暗号資産も差押えの対象となります」
暗号資産を売却したり、別の暗号資産と交換したりして利益が確定した後、保有する暗号資産の価格が急落しても、すでに確定した税額が当然に減るわけではない。「利益は出たが、税金を払う現金がない」という事態を避けるには、利益が確定した時点で納税資金を確保しておく必要があるだろう。
「税金分」を現金で確保しておくことが重要に
暗号資産の投資では、含み益だけを見て「資産が増えた」と判断するのは危険だ。利益が確定した段階で、その利益に対応する納税資金を確保しておかなければ、相場の急落によって納税資金が不足する可能性があるからだ。
貝井税理士は、投資家が日頃から意識すべき点についてこう話す。
「投資家としては、取引の都度、課税対象となる利益を把握し、納税見込額に相当する資金を円で確保しておくことが重要です。また、取得価額を確認できなければ、実際の利益より不利な計算となる可能性があるため、取引履歴、送受信履歴、取得価額などの記録を継続して保存しておく必要があります」
暗号資産を保有する人にとって、ウォレットの管理だけでなく、税務記録の管理も重要な資産管理の一部になるようだ。
「ウォレットを自分で管理すれば大丈夫」という時代ではなくなる
暗号資産の世界では、「Not your keys, not your coins(秘密鍵を持たなければ本当の意味で自分の資産ではない)」という考え方がある。取引所の破綻リスクなどを避けるため、暗号資産を取引所から引き出し、自らウォレットで管理する投資家も少なくない。
しかし、資産を自己管理していることと、税務上の義務から逃れられることは別問題だ。
今回の国税徴収法改正は、暗号資産が「デジタルだから差し押さえにくい」という従来の徴収実務上の課題に対応するものだ。
改正後は、自己管理ウォレットに保有する暗号資産についても、把握された財産を徴収職員の管理下へ移すための法的手続が明確になる。さらに、移転命令に正当な理由なく従わなければ、3年以下の拘禁刑または250万円以下の罰金の対象となる可能性がある。
ただし、税務当局が秘密鍵を復元して本人の意思とは無関係に暗号資産を送金できるようになるわけではない。
今回の改正は、自己管理ウォレットの暗号資産について、差押えを実際の換価・回収につなげるための手続を強化するものといえるだろう。
令和9年4月1日の施行を前に、暗号資産を保有する人が確認すべきなのは、「どこに保管しているか」だけではない。
売却や別の暗号資産との交換などによって利益が確定した時点で税額を見積もり、納税資金を確保しているか。取引記録をきちんと残しているか。そして、納税義務を果たさないまま資産を自己管理ウォレットに移しても、徴収を免れることにはならない――。
暗号資産が一般的な投資対象となったいま、こうした税務上の基本を理解しておくことが、これまで以上に重要になっている。
THE GOLD ONLINE編集部ニュース取材班

