「どれだけ苦労したと…」父の介護を全負担した52歳兄の悲鳴。「キッチリ折半よ」49歳妹と〈遺産3,000万円〉をめぐる泥沼裁判【税理士FPが解説】
相続においては、遺産の分け方をめぐりきょうだいが対立し、相続トラブルになるケースが少なくありません。生前仲がよくても、相続トラブルをきっかけに関係が冷え込んでしまうことも……。52歳長男と49歳妹の事例をもとに、税理士兼FPの秋口千佳氏が遺産分割で関係性がこじれるパターンとその回避策について解説します。
介護は兄夫婦が引き受け…「うちは揉めない」と思っていた52歳長男
都内の企業で働くAさん(52歳・男性)は、3年前に85歳で他界した父親の遺産相続をめぐり、49歳の妹と激しい対立状態に陥っています。
昔から家族仲がよく、周囲からトラブルの話を耳にしても「うちに限って相続トラブルなんて起きない」と思っていたAさん。
しかし、父親が認知症を発症して要介護状態になってから、問題が起きました。
妹は遠方に嫁いでいたため、父親の介護は近所に住むAさん夫妻が一手に引き受けることになりました。通院の付き添いやデイサービスの段取り、夜間の見守りなど、四六時中介護に追われAさんや妻の負担は限界に達していました。
それでも、「介護で苦労した分、きっと報われるはず」と言い聞かせ、最期まで献身的にサポートをしました。
「預金1,000万円は介護の負担分で…」遺産3,000万円を前に52歳兄が切り出した提案
四十九日が過ぎたころ、父親の遺産の分け方を話し合うため、Aさんは妹と久しぶりに顔を合わせました。父の資産は、実家の不動産(土地・建物:評価額2,000万円)と預貯金(1,000万円)の合計3,000万円ほどです。
法律に従えば、法定相続分により、遺産はAさんと妹で2分の1ずつとなります。しかしAさんは、次のように切り出しました。
「介護の負担も大きかったし、妻にも相当な苦労をかけた。預貯金1,000万円は介護の負担分としてこちらで受け取り、実家は等分するような形で考えてもらえないか」
Aさんは、法定相続分で機械的に分けるのではなく、介護の貢献を考慮してほしいという提案をしました。
しかし、妹の反応はAさんの予想を裏切る冷ややかなものでした。
「1,500万円ずつキッチリ折半よ」49歳妹の反論
「『介護の苦労』と『遺産の分け方』は別問題よ。介護はどうせ誰かが負担しなきゃいけなかったんだし、お兄ちゃんたちが好きでやったことでしょ? 法律どおり、1,500万円ずつキッチリ折半するべきよ」
「俺たちがどれだけ苦労したと思っているんだ!」と怒りの感情をあらわにするAさんに対して、妹も「法律上の権利を主張しているだけ」と一切譲りません。
話し合いは平行線をたどり、その日結論は出ませんでした。結局、当事者間での話し合いは不可能な状態となり、妹側は弁護士を立てて家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てる事態となりました。
かつては仲がよかった兄妹の関係は、遺産分割をめぐり崩壊してしまったのです。
普通の家庭ほど、「争続」に発展しやすい
法律上の寄与分のハードルの高さや両者の感情的な溝の深さを考えると、調停は不成立に終わり、Aさんたちは審判(裁判)へと移行した可能性が高いといえます。
遺産がそこまで多くないご家庭は、「うちは資産家ではないからトラブルにはならない」「家族仲がいいから話し合えばわかる」と考えている方も多いですが、実はこうした家庭ほど注意が必要です。
「司法統計(令和4年 遺産分割事件)」によると、家庭裁判所で成立した遺産分割調停・審判のうち、遺産価額「5,000万円以下」の割合が全体の約77%を占めているのです。さらに「1,000万円以下」に限っても全体の約32%(およそ3件に1件)にのぼります。
不動産(実家)が資産の大半を占め、預貯金が少ない「普通の家庭」ほど、物理的に均等分割がしづらいため、争いに発展しやすいのです。
裁判で“介護の寄与分”が認められない現実
法律上、介護などの貢献は「寄与分(民法第904条の2)」として認められる可能性がありますが、裁判実務において認められるハードルは高くなっています。
過去の判例をみても、長年同居して親の介護を行った相続人の寄与分主張に対し、裁判所は「親族間の扶養義務の範囲内」として退けるか、認められたとしても「介護ヘルパーを雇った場合の費用実費換算」など、わずかな金額にとどまるケースが大半です。
つまり、裁判という「法律の場」に持ち込んでも、介護した側の心身の負担は解決しないばかりか、弁護士費用や精神的負担で余計に消耗してしまうのが現実です。
【税理士FPが解説】争続を防ぐために「親が元気なうち」にやるべき対策
では、今回のような事態を防ぐためにどうすればよかったのでしょうか。生前に打つべきだった具体的な対策を解説します。
【FPの視点】親の生前からの「想いの共有」と「家族会議」
相続の本質は「心の満足」です。親が元気なうちに、専門家などの第三者を交えた「家族会議」を開き、「誰が介護を担うのか」「その対価や負担をどう分担するか」を話し合っておくべきでした。
また、親には「遺言書」を作成してもらい、本文だけでなく「付言事項」に「長男夫婦には介護で大変苦労をかけたので、実家と預金多めを譲る。妹も理解してほしい」といった文言と理由を書き残してもらうと、その後協議の抑止力になります。
介護の苦労を「死後の遺産分割」で精算しようとするから揉めるのです。親が生きているうちに、親の資金から「介護手当」や「生前贈与」として適正な対価を受け取る仕組みを作るか、生前信託や家族信託を活用して介護費用を透明化・補填しておくことが重要です。
【税理士の視点】不動産特例と代償分割の設計
税務・資産面では、実家を長男が相続する際に「小規模宅地等の特例」(要件を満たせば土地の評価額が80%減額される制度)を適用できるかどうかの事前シミュレーションをしておくといいでしょう。
特例で浮いた資金や、親が加入する生命保険金(受取人を長男に指定)を原資として、長男から妹へ「代償金(現金)」を支払って分割する実務的な着地点を、生前から設計しておくべきでした。
「うちの家族は仲が良いから」という思い込みこそが、最大のリスクです。法律や裁判は「揉めたあとの最終手段」であり、家族の絆を守るものではありません。親が元気なうちに、専門家に相談し、資産と感情の両面から生前対策を進めておくことこそが、のこされた家族を守る唯一の方法です。
秋口 千佳
えふぴ〜癒し庵・秋口税理士事務所代表
FP/税理士

