ファーストサマーウイカ「椿餅のシーンは本当に辛かった。撮影日が来るのが嫌で嫌で(笑)。ききょうに共感できなかった」
大河ドラマでは初の平安時代を描いた『光る君へ』はいよいよ後半に突入、どのシーンもますます見逃せなくなっている。主人公の吉高由里子さんが演じる「紫式部/まひろ」の若い頃からの朋友であり、またライバルとして強烈な印象を与えるのがファーストサマーウイカさんの「清少納言/ききょう」である。ききょうは、中宮・定子(高畑充希さん)に仕える忠実な女房で、定子のために『枕草子』を著した。定子亡き後も、定子の栄華を綴った『枕草子』は一条天皇(塩野瑛久さん)の心をとらえて離さず、のちに入内した藤原道長の娘で、まひろが仕える中宮・彰子(見上愛さん)のもとになかなか足が向かない。しかし、まひろが書いた『源氏物語』がきっかけで、一条天皇は彰子とまひろがいる藤壺を訪れるようになり、やがて彰子を寵愛するようになった。 ウイカさんの迫真の演技は、中宮・定子×中宮・彰子、清少納言×紫式部、『枕草子』×『源氏の物語』という対立を浮き彫りにし、ドラマを際立たせている。 大河ドラマに初出演して全収録を終えたばかりのウイカさんに、振り返ってもらった。(取材・文◎しろぼしマーサ 写真提供◎NHK)
* * * * * * *
あっという間の楽しい1年
━━大河ドラマに初挑戦して、さきほどクランクアップなさいましたが、振り返っていかがでしたか。
大河ドラマ以外では得難い経験ばかりで、緊張感と同じだけワクワクも詰まった、あっという間の楽しい1年でした。
私は今回の役をいただいてから、他の仕事をしている時も休みの時もききょうのことを忘れないように、普段から髪型を平安を感じられるスタイルにしたりして常に自分に大河ドラマを課そうとしていました。それじゃないとやれないと思って。
━━ききょうの人生を生きてみて、どんな女性だったと思いますか。
清少納言はあけすけで、ウィットに富んだ才気煥発な女性であるのは「枕草子」からも感じられますが、「光る君へ」のききょうは、より勝ち気で真っ直ぐなパワフルさを感じました。大石さんの描くききょうは、赤の他人とは思えず非常に親近感をもちました。仕えていた中宮・定子様が崩御されても、生きていらした頃と同じように定子様を思い続けている。その忠誠心と深い愛に心打たれました。
ききょうにとって定子様こそが「光る君」。あれだけ大きな光を失えば、同じだけ深い暗闇に包まれます。「闇堕ち」と言われていましたが、個人的には堕ちたというより、何も見えなくなった闇の中で、光を探し続けている必死さ、悲しみを強く感じていました。
写真提供◎NHK
そして、定子様へのゆるがぬ信念や使命感ゆえに、闇の中でもがき苦しみ、悲しみが恨みになりどんどんと増長して、あのようになってしまった。
ききょうと向き合う中で、もし私自身が同じように大切な人や光のような存在や物を失ったら、その後どう生きるのだろうか?と自問自答しました。
誰もが自分にとっての「光る君」がいて、それを失ってからどう生きるか?それがききょうという人物を通じて、視聴者さんの心に残るといいなと思いました。
写真提供◎NHK
『源氏の物語』、まひろへの複雑な気持ち
━━ 第36回で中宮・彰子が出産。一条天皇の心を彰子に向けたのは、女房のまひろが書く『源氏の物語』であることを初めて知ったききょうの眼光が鋭くて、あの表情は驚きだけではないと感じました。
あのシーンでは、短いながらも喜怒哀楽の全てが入っていました。あの子がそんなすごい作品を書いたのね、という先輩作家としての驚きと喜びと悔しさ。「私たち友達じゃなかったの!?なんで!?」という悲しみと怒り。
全身の毛穴がばっと開いて発汗した後キュッと冷え込むような、声にならない声が自然と出たようなシーンでした。
写真提供◎NHK
━━第38回で、ききょうが、まひろに『源氏の物語』を読んだことを告げるシーンがありましたが、複雑な気持ちだったのでしょうね。
ききょうは作家として、まひろの作品を素直に素晴らしいと感じたんだと思います。腹が立っていたり嫉妬していたとしても、まずは先輩として「褒める、評価する」ことによって、同じ土俵で戦わない、先輩の尊厳を脅かさないための行動原理は、部活や会社でもあることだなと感じました。
ききょうが最後に「腹を立てている、源氏の物語を恨む」と真っ直ぐ言い放ったのは、それだけまひろを好きで認めていたのと、その恐ろしさも感じたからかなと。
大したことなければきっと言わないですから、無視できない脅威だと察知したからなんでしょうね。
━━定子の兄である伊周(三浦翔平さん)は、ききょうにとってどういう存在だったのでしょうか。
定子に対しての言動には眉をひそめることもありましたが、一族のトップとして慕っていたと思います。
呪詛に狂っていく様子もききょうは知らなかったかもしれないですね。
ききょうに対して共感しがたいシーン
━━第41回の彰子が藤壺で開いている和歌の会に、ききょうが椿餅を持って乱入するシーンは凄みがありましたね。
このシーンは本当に辛かったです。撮影日が来るのが嫌で嫌で(笑)。
今まであれだけ親近感を覚えていたききょうに対して、共感しがたいシーンでもありました。
それは私自身が定子様ほどの大きな光を失ったことがないからなのか、あるいは自分も同じ境遇になればこうなってしまうかもしれないという恐怖もあったのかもしれません。赤染衛門(凰稀かなめさん)に歌を求められた時も、過去のききょうであればサッと皮肉めいたような歌を詠んだのではとも思いました。
でも、予期せぬ賑やかな藤壺の様子を目の当たりにし、活き活きとしたまひろがいる。その揺らいでいるところに、彰子のお言葉も嫌味と捉えてしまうのは、ききょうの余裕の無さ、必死さがセリフから滲み出ていました。そうなってしまう気持ちもだんだんとわかりました。
次のシーンのまひろの日記の文言がある以上、同情の余地も無い言動になるようにシーン全体を捉えてはいましたが、それを考えれば考えるほど本当に苦しかったですね。せっかく和泉式部/あかね(泉里香さん)とも会えるシーンだったのに、あの空気(笑)。スピンオフがあるなら、あのメンバーで楽しいシーンを撮りたいですね。
写真提供◎NHK
━━第43回に、ききょうが「恨みを持つことで、己の命を支えて参りましたが、もうそれはやめようと思います」と、大宰府に行く隆家(竜星涼さん)に話すシーンがありますが、どういう心境の変化なのですか。
定子様の遺児で第一皇子である敦康親王(片岡千之助さん)は東宮になれず、はずれた道を歩まされる。恨み続けることをやめようと思うまでの過程や出来事は台本にはありませんが、ききょうにとって恨みという憑き物がとれる瞬間があったのだと思います。こりゃもう無理だ、やーめた!というお手上げに近いのかなと限界を感じて、引退することを決めるみたいな感じでしょうか。
恨みの日々が遠き日のことのようになり、その後は穏やかな日々になったのだと思います。
写真提供◎NHK
ここまで自分と重なる役はなかった
━━大河ドラマに出演する前の自分と今の自分は変わりましたか。
他では得られない経験ばかりで、役者としては考え方やアプローチ方法も色々と学ばせていただいて、成長という意味で変わったこともあると思います。
十代で俳優を始めて、過去いろんな役をやらせていただきましたが、ここまで自分と重なる役はありませんでした。
これからの俳優人生にも「ききょう」という存在が、タトゥーのように心身に消えずに刻み込まれたような気持ちでいます。
大河ドラマへの出演が決まった時は、頑張っていれば良いことがあるのだと喜ぶのではなくて、できるかと不安を感じました。でもクランクインしたら、不安はなくなりました。それは、最高の共演者、スタッフの皆さんがいてくださったからです。もう一度初めから撮影したいと思うくらいにこの現場が大好きでした。
また、リアルタイムにSNSなどで視聴者さんの感想をいただいて、よりこの作品を一緒に楽しむことが出来たのも、とても嬉しかったです。視聴者の方には、細部まで見ていらっしゃる方もいるので、わずかな表情の変化や、声やメイク、芝居での年齢の変化、ききょうの衣装が定子の形見の着物になったことなど、気づいていただいたことは励みになりましたし、緊張感を持って取り組むパワーになっていました。たくさんの声援に勇気づけられる1年間で、心から感謝します。
もし私が今後エッセイの本を出版することがあったなら、『光る君へ』という章段は必ず書きます。
これからも、ききょうは私の中に居続けるので、彼女に喝を入れられないよう、そしてまた大河ドラマに帰って来られるように精進します。
1年間、ありがとうございました。