医師不足の背景に「美容外科医の増加」が関係しているのでしょうか…(写真:ペイレスイメージズ1(モデル)/PIXTA)

医師の数「美容外科」が約3倍に

今、美容医療を志向する若手医師が増えている。

クリニックで美容医療に関連する診療科(美容外科、形成外科、皮膚科)に従事する医師数を2022年と2008年で比較すると、美容外科が3.2倍、形成外科は2.0倍、皮膚科は1.3倍に増えた。内科は微減で、外科は4割減っているのとは対照的だ。

年齢別に見ると、特に美容外科の20代、30代の医師数の占める割合が増加している(厚生労働省の「医師・歯科医師・薬剤師調査」より。外部配信先では閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください)。


SNSなどできらびやかなライフスタイルが喧伝され、高収入のイメージが先行する美容医療の世界。「直美(ちょくび)」といわれ、臨床研修を終えた直後から、一般的な医療機関で働かず、美容医療のクリニックで働き始める若手医師も一定数いる。

そこで首都圏にある大学医学部のベテラン医師(教授・60歳)、中堅医師(准教授・56歳)、臨床研修を終えた若手医師(28歳)で匿名座談会を開催。美容医療に医師が流れる背景、変わりつつある医師の働き方について語ってもらった。


左手前から、臨床研修を終えた若手医師、中堅医師、大学教授(写真:筆者撮影)

診療科をコスパで選ぶ時代

ベテラン医師:最近、自身の専門を選ぶときに、コスパを気にする若手医師がいる。学生が「先生の診療科はコスパがいいですか?」と、平気で聞いてくる。昭和の時代に鍛えられてきた我々の世代には考えられないことだけれど。

コスパだけでなく、ワークライフバランスを主張する若手もいる。以前から外科系は3K(きつい、汚い、危険)といって嫌われていたが、内科系もいまや一緒。自分の生活を基準に診療科を選ぶようになっている。


(写真:筆者撮影)

私と准教授(中堅医師)は、研修医時代に同じ大学病院で苦労をともにした。あの当時、2人とも比喩ではなく24時間ずっと働いていたよね

家に帰った記憶もあまりない。通勤時間が惜しいから、病院にずっと寝泊まりしていた。給料だって、いつ振り込まれたかどうかも知らなかったし、気にしていなかった。遊びに行くなんてという発想自体がなかった。

最近は、仕事が終わっていないのに午後5時になるとサッと帰る医師がいる。むかつくんだよな(笑)。外来診療の時間が終わっても、病棟には患者さんが待っている。インフォームドコンセントもあるし、翌日の準備もある。医師の仕事は定時では終わらない。

もちろん、定時に帰る医師がいても、“何やってるんだよ”とは言わないように我慢しているけれどね。

中堅医師:臨床研修後の若手から、将来の専門領域をどうすればいいかと聞かれる立場にある。

最近、ヒアリングをする機会があって、将来の専門について聞いたら、「経済的(収入面)に豊かになりたい」と言う。多数派ではないかもしれないが、私たちの若い頃に、そういったことを正面切って言う人はいなかったので、時代の違いを感じた。

先ほど5時に帰るという話があったけれど、現場で接している若手に、タイパを重視している傾向が強まっていて、終業時刻になったらサッと帰るのが当たり前になっている。という私も、最近はタイパについては意識し始めているけれどね。

年収は大学病院の2倍以上

若手医師:「直美」に関しては、私の同級生にも、友人にもいる。年収は私の給料やバイト代を全部含めた額の2倍以上だと聞いた。美容医療をしている知り合いに聞くと、始業時間は午前10時スタートだそうで、終業は午後5時から6時だという。私は午前7時には大学病院にいるので、ずいぶんと環境が違うなと思う。

そういうことを言うと上の世代の医師は直美を毛嫌いするかもしれないが、私たちの世代は比較的寛容というか、普通に受け入れている。


■美容医療の実態
美容医療の市場は新型コロナの影響など一時的に2020年こそ前年割れしたが、以降拡大している。
「コロナ禍のマスク生活で目元回りの施術を受けたい、あるいは人との接触が少なくなった間にしみ・たるみを改善する施術を受けたいと考える人が増え、需要は増加を続けている」(矢野経済研究所)

若手医師:収入や勤務時間だけを聞けば、そっち(美容医療)に向かっても仕方ないと思う。

ただ、今は過渡期だと思っている。美容医療も実は厳しい世界で、約6000億円程度の市場規模の中でパイを奪い合っていて、医師も営業をしなくてはいけないし、甘い話ばかりではないとも聞く。

授業料などが免除される代わりに、卒業後に僻地で診療する義務のある医師が、その義務をスルーして美容医療で診療するためのノウハウが、SNSで配信されている。

また、奨学金を支給するなどして、地域医療の担い手を確保するための入学者選抜枠、いわゆる「地域枠」で卒業した医師が、卒業後に課される地方での診療義務をどのように回避できるかが、若手の間で話題に上ったりもしている。

きっかけは「大野病院事件」?

中堅医師:話はタイパに戻るけど、私たちが経験してきたような昔の医師像に医師の多くが疑問を持ち、タイパを気にするようになった背景には、福島県の大野病院事件(下記参照)があったのではないかと思う。

■大野病院事件
2004年12月17日、福島県立大野病院で帝王切開手術を受けた産婦が死亡したことに対して、手術を執刀した産婦人科医が「業務上過失致死罪」と「異状死」の届出義務違反の疑いで2006年2月18日に福島県警に逮捕され、翌月に起訴された。

これまで、それこそ寝食を忘れて診療に没頭し、自分の人生を捧げて患者を治療していたのに、この事件のように医師が逮捕されてしまうことに、徒労感というかガッカリした感じがあったのは間違いない。


(写真:筆者撮影)

それまでは医師としての使命感でやってきたのに、「(医師が逮捕されたら)これまでのようにはやっていられない」「このままでは割に合わない」という感情が芽生えてきた医師が増えてきた。

それなら、ワークライフバランスを重視して、医師として働く時間を生活の中でしっかり区切って、医師という仕事を経済的にも追い求めてもいいのではないかという下地ができたのではないだろうか。

ベテラン医師: 准教授の言う通りだ。

要するに、医師が一生懸命、患者や家族のために尽くしても、訴えられて裁判などで負けて人生がぐちゃぐちゃになってしまうこともある。「もうやってられないな」という思いで、大野病院事件のニュースを見ていた。その事件の辺りから、医師の仕事のあり方を見つめ直した記憶がある。

患者の姿勢にも問題があり!?

若手医師:教授や准教授の昭和の時代には、医師はこうあるべきという考えはあった。私の親も外科医なので、そうだった。

医師だけなぜか世間から、「患者を優先して、時間や家族を犠牲にすべきだ」といった過度なモラルを求められていることに違和感を覚える。ただ、「それっておかしいのではないか」という考えが、私たちくらいの世代から出てきている。私自身、お金を稼ぐ目的で医療をするという選択について、それってダメなのかと疑問を持ったりする。

ベテラン医師:医師とはどんな存在なのかという哲学が、我々と若手との間で根底から違っていて、しんどい。

お金は不浄なもの、医療でお金を稼ぐことなんてあり得ないというのは、外科医だった私の父の頃からあった考えだ。医療をやっていれば、お金は付いてくるものだと考えていた。

中堅医師:タイパの弊害として、若手の手技的な経験値は圧倒的に、私たちの頃よりも低い。一方で、知識に関しては、デジタルネイティブだけにインターネットなどの情報を駆使して効率性を追求できている。リサーチ力もものすごく高い。図書館で資料を探して、読んでいた時代とはまったく違う。

ベテラン医師:若手の残念な面ばかりを指摘してきたが、知識の面では、私たちは負けているかもしれない。カンファレンス向けのスライドも、私たちには到底、つくれないような質の高いものを仕上げてくる。その点では、今の若手はすごい。

少し違った切り口でも考えてみたい。

政府は「医師の働き方改革」を打ち出しているが、長時間労働が当たり前の医療現場を抜本的に変えるのは難しい。その要因には、患者やその家族にもあると考えている。

例えば「主治医制」。この国では、医師が一度、患者の主治医になると、ずっと主治医であり続ける。しかし、これは世界でも珍しい。特に、チーム医療が確立しているアメリカなどでは絶対にあり得ない

ベテラン医師:大学病院では、病棟主治医がいるにもかかわらず、私を指名する患者がいる。頼られているのかもしれないが、病棟主治医が本来は診るべきもの。

医師の働き方改革の解決策の1つとして、複数主治医制が提案されているが、患者自身の意識を変えるのは容易なことではない。

医療が今後、どうなるか不安も

若手医師:主治医制については同意見。最近、アメリカの病院の総合内科で研修をする機会があった。驚いたのが、入院して2週間経つと、主治医が変わること。患者には、別の医師が「今日から私が担当です」と名乗る。


それまで主治医だった医師は担当を外れて、プライベートに時間を費やしたり、研究をしたりする。そのために、医療チームは患者の引き継ぎを徹底していた。

医師の働き方改革について言えば、ただ単に時間しか見ていなくて、質には重点が置かれていない。これから20年、30年経って医療がどのような形になっているかはとても不安でもある。

ベテラン医師日本の医療は、医師の権限が強すぎる

強いだけに責任もあるのだが、それが医師の過重労働につながっている側面がある。チーム医療というが、今のままでは真のチーム医療の実現は難しい。医師の権限を見直して、他職種に権限を移譲しなくてはいけないと思う。

(君塚 靖 : えむでぶ倶楽部ニュース編集部 記者)