『かつて魔法少女と悪は敵対していた。』©藤原ここあ/SQUARE ENIX・まほあく製作委員会 公式サイト: mahoaku-anime.com

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 2024年7月より放送がスタートした、TVアニメ『かつて魔法少女と悪は敵対していた。』(以下、『まほあく』)が最終回を迎えた。藤原ここあの4コマ漫画を原作とした本作は、世界を滅ぼそうとする悪の参謀・ミラと、地上侵略の危機に立ち上がった薄幸魔法少女・深森白夜の“殺し愛(あ)わない”日々を描くラブコメディだ。

参考:『映画 ギヴン』『海辺のエトランゼ』にみる、BLアニメーションの時代に合わせた多様化

 15分と尺が短めながら、丁寧な作りでギャグシーンと甘いシーンを畳み掛け、多くのアニメファンを“悶デレ”させてきた本作。監督を務めたのは、これまで映画『海辺のエトランゼ』やOAD『ギヴン うらがわの存在』を手がけ、今回でTVシリーズ初挑戦となった大橋明代だ。

 リアルサウンド映画部で展開する、『まほあく』の制作に携わった“3人の女性たち”の目線から作品を掘り下げていくインタビュー企画「藤原ここあの世界を彩った女性たち」の第2回には大橋が登場。大橋は、未完の原作をアニメ化するにあたって当初から“ある思い”を抱いていた。最終回まで見終えた人は、彼女が語る細部への“こだわり”に納得するはずだ。

●ファンにまた“寂しさ”を感じさせないように

――原作を読まれての印象と、それをどうアニメ化しようと考えていたのか教えてください。

大橋:ものすごくかわいいけどみんな少し変で、胸がキュっとするような切なさが根底にある作品だと感じました。原作で感じた雰囲気をそのままアニメにしたいという思いがあったので、変に足したりせず、声優さんも(藤原ここあ)先生が深く関わられていたドラマCDから続投していただき、ファンのみなさんにかつてと同じように楽しんでいただきたいと思っていました。それは私だけでなくメインスタッフに共通した思いだったように思います。

――原作の藤原ここあ先生が亡くなられている影響は大きかったですか?

大橋:「これはやっていいのか?」ということがあっても、誰も最終的なジャッジをできないのは難しかったです。ただずっとここあ先生を担当されていた編集さんが脚本会議に参加してくださって、違う時は違うと仰ってくれたり、「先生は何よりもキャラクターを大事にしてらっしゃった」といったアドバイスをいただいたりできて。それらを指針にしながら先生が残してくださった原作やドラマCDを拾い集めて、(綾奈)ゆにこさんと物語を作っていきました。

――完結していない原作を引き継ぐにあたって、心がけていたことがあれば教えてください。

大橋:キャラクターが出揃って、物語がこれからどんどん楽しくなるタイミングで原作が終わっていて、当時原作を読まれていた方々の気持ちもいろいろと考えました。ファンの中には、10年越しの今回のTVアニメ化に「なんで今?」という思いもきっとあっただろうし、喜んでくださる方もいれば逆に辛くて観られないという方もきっといらっしゃるんだろうなと。それでもアニメを最終回まで観てくださった方が「また『まほあく』が終わってしまった」とならないよう寂しさを軽減したい、また辛い思いをさせたくないと思っていました。

――シリーズ構成を綾奈ゆにこさんにオファーされた理由は?

大橋:ゆにこさんがシリーズ構成をされた『ギヴン』のTVシリーズが終わったあとのOADの監督をやらせてもらって初めてお仕事をご一緒させていただきました。メインスタッフで唯一の新参者でしたが、みなさん温かく迎えてくださって、特にゆにこさんはクリエイティブに関するやり取りを遠慮なく、他意なくやれるし、もちろん上がってくるシナリオもト書きの言葉選びも含めて素敵だし、とても大好きな作家さんです。だから『まほあく』の話をいただいた時に、男女の恋愛ものだけどゆにこさんなら書けるだろうし、何より私が一緒にやりたかったのでお願いしました。

――キャラクターデザインを手がけた飯塚晴子さんとはどんなやり取りをされましたか?

大橋:飯塚さんは『妖狐×僕SS』でここあ先生と直接やり取りされているので、私からあれこれ言うことはなく、「お任せします!」という感じでした。ここあ先生が大事にされていることを潜在的に掴んでらっしゃって、女の子の華奢な感じや、男の子のシュッとしたカッコよさを素敵に描いていただいたし、おふたりの相性はすごくいいんだろうなと感じました。

――メインスタッフは女性で固めておりますが、具体的な意図はあるのでしょうか?

大橋:プロデューサーが当初から「白夜ちゃんをセクシーすぎる感じで描きたくない」と仰っていました。白夜ちゃんは肌色の多い衣装を着ているしセクシーに見せようと思えばいくらでもやれますが、そういうのはやりたくないと。それを理屈ではなく、感覚で理解できるスタッフがいいということで女性が選ばれていたようです。

――綾奈さんもインタビューで「白夜をあざとくしない」という方針について語られていました。彼女とミラを描くにあたってはどういった点に気を付けましたか?

大橋:女の子と男の子がお互いに好きなんだけど、女の子が上手く感情を隠して男の子を翻弄するみたいに見せるようなことってありますよね。一見、『まほあく』もそう映るかもしれませんが、決してそうではない。白夜ちゃんは感情表現が苦手だし、そもそもそういう感情に気付いていない。そんな彼女が頬を赤らめているということは、ミラ君のことが大好きということで、逆にミラ君は何回もメガネを割ったりと表現としては大げさなところもあって、そんな風に表現にはギャップがあるけど、どちらも同じくらい好きの感情を持っているので、そう見えるさじ加減を考えていました。

●第1話から見返して、“白夜の成長”を感じてほしい

――第1回から注目を集めた白夜の変身バンクのシーンはどんな点にこだわりましたか?

大橋:みなさん「変身バンク」とおっしゃってくれますが、単なる変身シーンでバンクという意識はないんです。第1、2回でしか使わないので(笑)。一般的な魔法少女ものの変身バンクは必ず背景がイメージになっていて、それまでいた場所や流れは1回途切れちゃうんです。『まほあく』は白夜ちゃんが2回だけ、火花ちゃんにいたっては1回しか使われないので、現実から地続きで変身になだれ込ませようと考えました。それで現実の世界に星や月の特殊なものが出現して、そこにドボンと入って変身するという流れにしたんです。

――劇伴も実に“それっぽい”ですよね。最初は音だけであとからコーラスが入ってくるとか。

大橋:あれは劇伴のMAYUKOさんが「コーラスを入れたいんだけど」と提案してくださったんです。「是非」とお願いしたら、白夜ちゃんの場合は名前、火花ちゃんの場合は「フ★ック」が流れ続けるというクレバーな曲をあげてくれました。ここあ先生の作風にもすごく合ってますよね。

●火花役・伊瀬茉莉也の吹き替えは「本当に素晴らしかった」

――火花も個性が強く実に面白いキャラクターでした。

大橋:私も大好きです。彼女は暴力行為をするだけのやかましい子に見えるけど、ただ恥ずかしがり屋なだけで、実はかわいいものや白夜ちゃんのことが大好きないい子、というのをきちんと描きたくて。だから白夜ちゃんから嬉しいことを言ってもらえたら、火花ちゃんもすごく嬉しそうに「フ★ック」と返すといったところを丁寧に描きました。

――火花役の伊瀬茉莉也さんも大変だったでしょうね。さまざまな感情を「フ★ック」と「キルユー!」だけで表現するという(笑)。

大橋:本当に素晴らしかったです!  アフレコでも叫んでいただくことがあって、声が裏返ることもありましたが、それもすごく愛らしくてそのままいかせてもらったこともありました。

――火花をはじめサブキャラクターも魅力的ですが、最終回を白夜とミラの日常的なやり取りをふたりの視点から描く「SideB/SideM」というエピソードで締めくくった理由を教えてください。

大橋:結局は白夜ちゃんとミラ君というふたりの話なので、それにふさわしいエピソードで終わろうというのは、最初から決めていました。ミラ君が白夜ちゃんをくすぐったり、ほっぺたをつねったりがずっと続くだけ、しかもそれを各自の視点があるので都合2回繰り返す……そんな最終回で本当にいいのだろうかと思いながら打ち合わせしていましたが(笑)。ただこれもふたりらしいかなと。

――制作会社がラブコメのイメージがあまりないボンズでした。

大橋:制作さんから話を聞く限りでは、「女の子を描きたかったんです」「いつも戦っている作品ばかりなので楽しい」とおっしゃってくれる方もいたそうです。白夜ちゃんの脇腹をくすぐるカットも、いつもはものすごくかっこいいものを描かれる原画さんが担当してくださって、「ここの指の動き、どうしましょうか?」みたいなやり取りもあったりと、贅沢なこともできました。

●最終話のラストに込めた“原作ファンへの思い”

――最終回では大橋監督ご自身が絵コンテと演出を担当されていました。こだわりのポイントをお聞かせください。

大橋:演出までやれたのはこの話だけだったのでとても楽しくやれました。最終回なのでオープニングやエンディングが流れる場所をいつもと変えたんです。特にオープニング曲の「未完成ランデヴー」は「エンドロールはいらないから」というキラーワードがあるので、最後に持ってきたいという思いはずっとありました。このふたりの関係はここで終わらず、これからも続いていくんだと感じてほしくて。

――第1回の冒頭が観覧車で始まり、最終回のラストが観覧車で終わるのも同じ意図からの演出でしょうか?

大橋:『まほあく』を「ずっと続いていく物語」にするための象徴になるようなものを考えたところ、観覧車を思い付いて。ふたりが出会ったタイミングで動き出すことで恋が始まったサインにもなるし、最終回でもずっと周り続けることで彼らの話が続くというサインにもなるので。

――やはりそうでしたか。第1回冒頭は、観覧車の円が月に重なるのも印象的でした。

大橋:そのお月様も第1回は大きく欠けていますが、話が進むごとにどんどん満ちていって最終的にはフルムーンになるんです。

――すごいですね。監督にとって特にお気に入りの描写やシーンは?

大橋:ずっと地続きの話だと感じてほしくて、小物で演出しています。白夜ちゃんがクリスマス当日にミラ君からガーベラをもらっていたので、長持ちするよう切り戻しして部屋に飾っているのをその後の話でも描写したり。ほかにも、部屋にクリスマスのティッシュを飾ってたり人参もリボベジしてたり……白夜のマグカップも小さい時に保育園か何かで作ったやつをずっと使っているんです。そんなふうに小物で生活が続いているのを匂わせています。

――細かなところまで観直すのが面白そうですね。

大橋:最終回まで見終わった後、第1回から観直していただくと、白夜の感情が豊かになっていることに気付くはずです。というのも、私が音響監督と久々に第1回の音声を聴くタイミングがあったのですが「最初はこんなに感情なかったの!?」と驚いたんですよ。アフレコでは自分達でディレクションしたのに(笑)。もう、「白夜ちゃん成長したね~」という感じになりました。

――監督の白夜への愛が伝わります。

大橋:とにかく「白夜ちゃんがかわいければそれでいい」くらいの感じで、彼女を娘みたいに思いながら作っていました。最終回まで見てくださったみなさんには感謝するばかりですが、みなさんも折に触れて観返して、白夜ちゃんの成長を感じていただけると嬉しいです。(文=はるのおと)