「月」の内部構造には、未だに多くの謎があります。その1つは、月のマントルにどのくらいの量の「柘榴石(ざくろいし、ガーネット)」が含まれているかです。柘榴石の量は月の形成史を探る上で重要ですが、これまでは月のマントルを再現した実験やシミュレーションと、地震波で推定された内部構造とに食い違いがある問題がありました。


愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センターのMarisa C. Wood氏やSteeve Gréaux氏などの研究チームは、月のマントル物質を再現した試料を高温高圧にかけ、地震波が伝わる速度を直接測定しました。その結果、地震波から推定される内部構造は、柘榴石が豊富に存在しなければ説明がつかないことを突き止めました。今回の研究によれば、月の深部では最大で重量の約3分の1(33wt%)が柘榴石で構成されていることが推定されます。


【▲ 図1: 今回の研究結果を反映した、柘榴石が豊富な月の下部マントルを示した図。(Credit: 愛媛大学)】

■月の深部に柘榴石はどれくらいある?

地球唯一の恒久的な自然衛星「月」は、約44億年前に地球に起きた大衝突「ジャイアントインパクト」によって形成されたと考えられています。誕生したばかりの高温から徐々に冷えていくに従い、月では地球と同じく地殻・マントル・核の3層構造に分かれ、それぞれ独自の物質が固体となったと考えられています。


ただし、月の詳しい形成過程は謎に包まれており、活発な研究と議論が行われています。焦点の1つはマントル、特に深部である下部マントルがどのような鉱物で構成されているかです。核に接する下部マントルには、上層よりも重い元素が蓄積していると考えられていますが、特に注目されているのが「柘榴石」の存在です。柘榴石は高圧で結晶化する鉱物であるため、月の下部マントルには多かれ少なかれ柘榴石が含まれていると考えられています。


下部マントルに柘榴石がどれくらいあるのかは、月の形成史に影響を与えます。柘榴石の密度は、マントルを構成する別の鉱物である橄欖(かんらん)石や輝石の密度よりも密度が高いため、同じ重さ当たりの体積が減少します。これは月の物理的な性質に影響を与えます。


また、多くのアルミニウムを含むため、下部マントルに柘榴石があれば、相対的に表面のアルミニウムの量は少なくなります。月の表面には「斜長石」という鉱物がきわめて豊富(約9割)にありますが、斜長石はアルミニウムを含むため、表面のアルミニウム不足は月の表面の形成に影響を与えます。


ただし、月の下部マントルに含まれる柘榴石の割合には、これまで謎がありました。月の内部構造を知るには、月の地震(月震)を計測することで知ることができます。地震波のスピードは、地震波が通る物質の組成・温度・密度などによって変化するためです。あとは、月の内部の物質を再現した試料を通る音速(地震波の速度に相当)を測定、あるいはシミュレーションすることが出来れば、逆算で月の内部構造や組成を知ることができます。


しかし、月の下部マントルはあまりに高温高圧過ぎるため、環境を再現するだけでも難しく、まして音速を測るのは困難でした。シミュレーションでも再現に難があるため、これまで地震波から月の内部構造を正確に復元することができませんでした。


■困難な実験的測定で柘榴石の豊富さを証明!

Wood氏やGréaux氏などの研究チームは、この難題を解決するための実験を行いました。まず、月の下部マントルを構成していると推定される「橄欖石・輝石・柘榴石」の組み合わせを再現した金属酸化物の混合物を用意し、これを高圧にかけます。これには愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センターが所有するマルチアンビル超高圧実験装置「ORANGE-2000」が使用されました。


次に、大型放射光施設「SPring-8」のビームラインの1つ「BL04B1」にて、下部マントルに類似した高温高圧をかけつつ、音速を測定しました。圧力は最大で80億Pa(大気圧の8万倍)、温度は1000℃(1300K)に達します。この環境を生み出し、かつ物理量を測定できること自体が困難であることを考えれば、ORANGE-2000とSPring-8の強みを生かした研究であると言えます。


その結果、柘榴石が重量の約3分の1と、かなり多く含むという想定の試料で測定された音速は、月の地下740〜1260kmの深さで測定された地震波の速度とよく一致することが分かりました。一方で柘榴石を少なくした試料で測定された音速は、地震波速度の測定値と一致していないこともあわせて分かりました。


今回の実験から、月の深部には柘榴石がかなり豊富に含まれている可能性が高く、その想定ならば地震波のデータが説明可能である、ということが分かります。柘榴石が豊富な下部マントルは、地球とは大きく違う特徴であり、なぜそのような違いが生じたのかは興味深い疑問です。


このような内部構造の大きな違いは、月が誕生した時の形成過程や、かつて存在していた磁場の起源など、月の基本的な性質がどのように決定したのかの推定にも影響します。今回の研究結果は、月の研究に少なからぬ影響を与えるかもしれません。


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Source


Marisa C. Wood, Steeve Gréaux, et al. “Sound velocities in lunar mantle aggregates at simultaneous high pressures and temperatures: Implications for the presence of garnet in the deep lunar interior”. (Earth and Planetary Science Letters)Steeve Gréaux. “月深部を解き明かす:ガーネットに富む月マントル?”. (愛媛大学)

文/彩恵りり 編集/sorae編集部