経済成長を促進するために「出生率増加」を目指すのはネズミ講と同じだという指摘
近年、先進国では出生率の減少が大きな問題とされており、各国が出生率の増加に向けた政策を推進しているほか、シリコンバレーでは「より多くの子どもを生むこと」を支持する出生主義(プロナタリズム)が台頭しています。「出生率が上がれば社会保障の負担増加や経済成長の停滞といった問題が解決できる」という主張もありますが、これに対しワシントン大学人口統計・生態学センターの社会学者であるウィン・ブラウン氏らは、「経済成長を促進するために出生率増加を目指すのはネズミ講と同じ」だと指摘しました。
https://theconversation.com/the-problem-with-pronatalism-pushing-baby-booms-to-boost-economic-growth-amounts-to-a-ponzi-scheme-235725
出生率の低下に悩まされているヨーロッパ諸国や東アジアなどの国では、子持ち夫婦の税制優遇や住宅手当、不妊治療の補助金制度といった「出生主義的な政策」が採用されています。これは、「出生率が改善されて少子高齢化の傾向が逆転すれば、経済停滞や社会保障負担の増大といった問題が解決されるはず」という見通しに基づいたものです。
しかし、ブラウン氏らは「人口統計学者や人口の専門家として、私たちはそのような努力が一般的に不要であることを知っています。出生率を操作することは社会的・経済的・環境的な問題を解決する上で非効率な手段であり、ほとんどの場合は規制と再分配を通じてより直接的に対処する方が適切です」と述べ、出生率を改善しようとする政策を批判しています。
ブラウン氏らは、経済成長のために出生主義を推進することは見当違いだと批判しています。その理由として、「国家の直接的な介入がなければ、人口が増えたことによる経済成長で生まれた富はすでに裕福な人々の手に渡ってしまう」という点を挙げています。
人口増加によって増えた労働者や消費者は、確かに全体の富が増加するのに貢献する可能性があるものの、その富は既存の富裕層によって吸収されてしまいます。この観点で出生主義的な政策を見直すと、早期投資家にリターンをもたらすために新規参入者に依存する「ネズミ講」と同じ構造になっているというわけです。
また、出生主義的な政策は「生殖行為に対する政府の介入」につながりやすいという点も問題です。過去に人口増加が社会問題となった国々では、しばしば「積極的な避妊や中絶の推進」が人口調整の手段として利用されていました。その最たる例として挙げられるのが中国の一人っ子政策ですが、同様のことは韓国などでも行われていたとのこと。
かつて避妊や中絶を人口抑制の手段として利用した国々では、出生率の増加を目指した際、「避妊や中絶へのアクセスを制限する」という方法が採用されがちだそうです。実際、韓国やイランなど避妊や中絶へのアクセスを制限する政策がとられた国では、出生率を下げるために避妊や中絶を推進した過去があるとブラウン氏らは指摘しています。
なお、韓国では1960〜1980年代に中絶・不妊手術が広く奨励されていましたが、2000年代半ば以降から政府は中絶禁止に乗り出しました。2010年代になると、中絶が違法とされている状況を変えるための社会運動が活発化し、2019年には中絶を禁止する刑法は違憲だとする判決が下りました。
1968年に開催された国際人権会議では、カップル自らが出産する子どもの人数や出産間隔を決める権利を持っていると宣言されました。人間が生殖行為をコントロールする権利を持っているとするならば、出生率が高い時だけでなく低い時も政府はその権利を保護するべきであり、政策立案者は経済的・社会的目標を達成するために、生殖行為に介入するべきではないとブラウン氏らは主張しています。
ブラウン氏らは、「政府が教育や避妊、その他の医療サービスを提供するのは、そうすることで出生率が下がるからではなく、それらが進歩的で公正な社会にとって不可欠な要素だからです。また、育児休暇や児童税控除、質の高い育児サービスを提供するのは、そうすることで出生率が上がるからではなく、生まれてくる子どもたちが可能な限り最良の人生のスタートを切れるようになるからです」と述べ、育児世帯へのサポートは出生率改善を目的に行われるべきではないと主張しています。
その上で、「このような観点から見ると、出生主義は『単に人口を増やせば、現在の人々が直面している社会的・経済的問題が解決する』という空虚な約束をしていることになります。しかし、それは過去の借金を返すために未来から借金をするようなものです」と述べ、経済成長を促進するために出生率改善を目指すことを批判しました。