米ディズニー「D23」から日本企業が学ぶべきこと
ディズニーの大規模ファンイベント「D23」のメイン会場、多くのファンが詰めかけた(記者撮影)
アメリカのウォルト・ディズニーは8月9日〜11日、カリフォルニア州アナハイムで大規模なファンイベント「D23」を開催した。
D23は2009年に始まり、今回で8回目となる。今回は初めて市内の2会場で展開し、これまでにない規模での開催となった。D23の「23」は、ディズニーが設立された1923年に由来する。
市内のコンベンションセンターに設置したメイン会場では、事業やブランドごとのブースのほか、ショッピングエリアを展開。そして夜になると、1万人超を収容する施設・ホンダセンターに場所を移し、経営陣も参加する発表イベントが開かれた。
チケット代が3日間で29万円の席も
初日はエンターテインメント部門が、今後映画や動画配信サービスで公開・配信する作品を発表。2日目にはエクスペリエンス部門が、テーマパークやクルーズ船などの大型投資の内容を公表した。3日目にはディズニーに貢献のあった人々、「ディズニー・レジェンド」の表彰式が行われた。
イベント初日に登場したロバート・アイガー最高経営責任者(CEO)は、「このイベントによって、ディズニーを動かす膨大な創造性、才能、革新性をお見せすることができる。このような壮大なイベントを演出できるのは、ディズニー以外には考えられない」と胸を張った。
チケット代はコンベンションセンターのメイン会場が1日79ドル(約1万1500円)〜、3日間で209ドル(約3万円)〜。メイン会場と夜のホンダセンターの3日間のチケットは、会員限定のアリーナ席で999ドル(約14万5000円)〜。アリーナ席の前列は、3日間で2000ドル(約29万円)近い席もあったようだ。
テーマパークの発表イベントでは、映画『デッドプール&ウルヴァリン』のデッドプールも登場(記者撮影)
1企業が主催するイベントとしてはかなり高い。だが、カリフォルニア州から来た28歳の女性は「高いと思うけど、この内容なら十分価値はあると思う」と納得顔だ。チケットは枚数を限定して販売されており、「チケットを取るのに、1時間端末の前に座っていた」と笑う。
メイン会場のブースは、主なものだけでも24。各ブースでは展示のほか、担当者によるプレゼンテーションが頻繁に行われる。会場にはステージも設けられ、テーマに沿ったパネルディスカッションなども行われていた。
夜のイベントはいずれも3時間、休む間もなく展開された。初日は『モアナと伝説の海2』(12月6日に日本公開)で、モアナの声を担当するアウリィ・クラヴァーリョ、半神半人マウイの声を担当するドウェイン・ジョンソン。『キャプテン・アメリカ:ブレイブ・ニュー・ワールド』(2025年2月14日日米同時公開)に出演するアンソニー・マッキー。『アバター』シリーズのジェームズ・キャメロン監督……。
作品の出演者が次々と登場し、映像や音楽、ミュージカルを交えた演出は見る者を飽きさせない。
会場にはコスプレーヤーもちらほら。前夜にエピックゲームスとのゲーム開発が発表されたことに合わせ、フォートナイトに登場するキャラクターに扮している(記者撮影)
こんな仕掛けもあった。入場時に「DO NOT OPEN」と書かれた小さな袋が渡される。
イベントの終盤、傘下のドキュメンタリーチャンネル「ナショナルジオグラフィック」の発表の際、促されて袋を開けると、中には一揃いのトランプが。そして、そのトランプを使って、全員が同じカードを引くマジックが披露された。
企業の発表イベントだが、ファンを楽しませる姿勢が貫かれている。これならば、チケット代を払ってでも行きたい、と思うかもしれない。
来場したファンのお目当てはさまざまだ。「ミュージカルが好きで、衣装を見るのが楽しみ」(カリフォルニア州在住の26歳女性)、「スターウォーズとマーベルのブースに行く」(同州在住の54歳男性)。会場には思い思いの衣装を身にまとったコスプレーヤーの姿も目立つ。「さまざまなファンと交流できることが魅力」(シアトル在住の26歳女性)。
会社と消費者の「距離」が近い
中でも来場目的として多かったのはショッピングだ。「D23の限定グッズを買いに来た」(カリフォルニア州在住の40代女性)。メイン会場に設置されたグッズ売り場は、入場制限をかけるほどの混雑ぶりだった。
ディズニーアニメーションのブースでは、『モアナと伝説の海2』の監督や制作担当者がファンの質問に直接答える場面もあった(記者撮影)
ディズニーの担当者との交流を目的に挙げるファンもいた。オハイオ州から来た50歳の男性は「(テーマパークの開発を手掛ける)イマジニアリングのブースに行った。自分の好きなアトラクションの開発者と写真を撮ったり、本を出版した開発者と話したりして楽しかった」と満足げだった。
確かにこれほどのイベントは、アメリカのエンタメ産業を代表するディズニーならではのものだ。しかし、実際に会場を見て回ると、日本の企業にも参考になる部分があると感じた。
第1に企業と消費者(ファン)の距離が近いこと。D23というイベントは、消費者を集めた新作の発表会という側面がある。自社の重要な作品(商品)を、まず消費者に発表するわけだ。日本でも消費者向けのイベントを開く企業は増えているが、自社の戦略や商品展開とは別に考えているケースが多いのではないだろうか。
ディズニーの場合、消費者も企業のことを知っている。担当者も認識しているのだ。ホンダセンターの発表では、部門の最高責任者や傘下のスタジオのチーフ・クリエイティブ・オフィサー(制作責任者)が登場すると、俳優と同じぐらいの歓声が上がった。
「今回は経営陣よりも、作品の制作に携わる担当者が直接語りかける時間を増やした」(ディズニー関係者)。各ブースで担当者が来場者と交流を持つことも、企業と消費者の距離を縮める要素となっている。
日本でも、製品の開発担当者が直接、消費者に語りかけ、交流を持つ機会を増やしてもいいのではないか。消費者が企業を知るきっかけになり、「ファンづくり」につながる。
ホンダセンターで開かれたディズニー・レジェンドの表彰式。裏方も表舞台で表彰される(記者撮影)
2つめは「ディズニー・レジェンド」の取り組みだ。前述のように、ディズニーに貢献のあった人々を表彰する仕組みで、1987年に創設され、今年の表彰者14人を含め、これまで318人が表彰されている。
今年の受賞者はそうそうたる顔ぶれだ。映画俳優のハリソン・フォード、映画音楽の巨匠、ジョン・ウィリアムズ……。だが、特筆すべきは、裏方的な人たちが含まれていることだ。40年近くテーマパークの開発に従事したジョー・ローディー氏、ディズニーランド初の常勤黒人ツアーガイドのマーサ・ブランディング氏などだ。
11日の授賞式では、裏方の人たちに対しても、ファンはスタンディングオベーションで迎えた。企業の功労者をファンとともに称える。そこにスターも裏方も関係ない。ショーとしての一面や日米の文化の違いはあるが、こうした姿勢は、企業とファンの一体感の醸成に一役買っている。
クリエイティビティを尊重する姿勢
クリエイターに対するリスペクトも感じられた。受賞者にはマーベルコミックの作家やディズニー・アニメーターも含まれる。作家やアニメーターの地位が低いと言われる日本としては、忘れてはならない視点だ。
今回会場で話を聞いたファンたちは「子供のころからディズニーを見て育った」と口をそろえる。昨年100周年を迎えたディズニーは、1つの文化としてアメリカ社会に根付いている。ディズニーを見て育ったファンたちが親となり、自分の子供を連れていくエコシステムができている。
もちろん、ファンからは厳しい意見もあった。「最近は利益のために映画を作っているような気がする」(カリフォルニア州在住の19歳男性)、「ディズニーに求めるのは、量より質。細部へのこだわりを忘れないでほしい」(同州在住の37歳男性)。ファンと本音ベースの交流ができるなら、企業にとってのファンイベントの価値はさらに高まるはずだ。
D23はディズニーならではの要素が多くある。一方で、消費者をいかに「ファン化」し、企業との距離を縮めるか。そうした点はディズニーから学ぶべきものがあるように感じた。
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(並木 厚憲 : 東洋経済 記者)