スマートフォンからノートPC、IoT機器に至るまで、ネット接続する現代のデバイスを煩わしい有線ケーブルから解放した革新的技術である「Wi-Fi」がオーストラリアの発明と誤解されている経緯について、IT系ニュースサイトのHackadayが解説しました。

Australia Didn’t Invent WiFi, Despite What You’ve Heard | Hackaday

https://hackaday.com/2024/08/20/australia-didnt-invent-wifi-despite-what-youve-heard/



Wi-Fiはアメリカの電気電子学会(IEEE)が策定した無線LAN規格ですが、オーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO)は「Wi-Fiを世界に届ける」と題したコラムで、オーストラリアが開発した無線LAN技術を「我が国の最高の発明」と語っています。

しかし、HackadayによるとCSIROは1997年に「IEEE 802.11」を策定したグループには関与していないとのこと。IEEE 802.11の前身となる技術は1991年にオランダの研究所でNCR CorporationとAT&Tが開発したもので、後のWi-Fiとなる最初の規格である「IEEE 802.11-1997」はLucent TechnologiesとNTTの提案に基づいてIEEEが策定しました。

誰がWi-Fiを開発したのかがはっきりしているにもかかわらず、Wi-Fiがオーストラリアの発明だとされているのは、特許の問題です。



他の多くのグループと同様に、長い歳月をかけてワイヤレスネットワーク技術を開発に取り組んだCSIROは、1993年にオーストラリアで「ワイヤレスLAN(WLAN)」と題する(PDFファイル)特許を申請し、1996年にはアメリカで同様の特許を取得しました。

これらの特許は、CSIROが数Mbpsの速度のワイヤレスネットワーキングを実現したとして申請されたものですが、その内容は現行のネットワーキング技術とはかけ離れたものだと、Hackadayは指摘しています。

例えば、オーストラリアやアメリカでCSIROが取得した特許には「10GHzを超える周波数で動作」という文言が繰り返し登場し、図面では60〜61GHz帯での伝送に言及されていますが、これはIEEEが制定した主流のWi-Fi規格とはかなり異なります。



この技術を実用化すべく、CSIROは多くの商業パートナーを探しましたが、CSIROに吸収されて消えたRadiataという短命な新興企業が応じた以外はほとんど実現しなかったとのこと。独自の無線技術の普及には至らなかったCSIROですが、依然として「ワイヤレスLAN」に関する特許は保有していたため、これを理由にCSIROの技術がWi-Fi標準にも使われていると主張し、さまざまな企業に使用料を請求し始めました。

そうした企業の中には、日本企業・メルコホールディングスのアメリカ子会社であるBuffalo Technologyも含まれています。Buffalo Technologyを相手取った2006年の特許訴訟はCSIROの勝利に終わり、2009年にはほかの14社の企業グループに対する追訴も行われました。

4日間にわたる証言の後、判決は陪審員に委ねられ、CSIROに有利な形での和解が成立しました。これについてHackadayは「陪審員の大半は無線通信の詳細について特に詳しくはなかったでしょう」「まあ、特許というのはそういう仕組みです」と述べています。



ここで注意すべきなのは、CSIROが開発したのはワイヤレスLANに関する技術のひとつであり、Wi-Fiではないという点です。事実、前述のCSIROのサイトでは慎重に言葉が選ばれており、「私たちは家庭やオフィスでワイヤレスで仕事をする自由を与えてくれた技術であるワイヤレスLAN(WLAN)を発明し、特許を取得しました」と書かれています。

Hackadayは「CSIROの科学者が無線ネットワーク技術を発明したというのは確かに事実です。問題は、マスメディア上でよくCSIROがWi-Fiを発明したと言い換えられていることですが、これは明らかに間違いです。CSIROが特許のおかげで開発に関与してもいない標準規格の製品から利益を得るべきではないと主張する人は少なくありませんが、それでもこの神話はしばらく生き残るでしょう。少なくとも、Wi-Fi標準規格の真実について、誰かがベストセラーを書くまでは」と述べました。