スコップしか持たないロシアの新兵に「ウクライナの精鋭旅団」が襲いかかった…プーチンの顔に泥を塗る「越境攻撃」が成功した最大の勝因とは
日本人の多くがパリ五輪のメダルラッシュに沸いている時、ウクライナ軍は着々とロシア奇襲の準備を進めていたらしい。日付が8月7日に変わった深夜、レスリング男子のグレコローマンスタイル60キロ級決勝で、文田健一郎選手が金メダルを獲得した。その余韻も冷めやらぬ10時50分に“越境攻撃”のニュースが報じられた。(全2回の第1回)
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東京新聞のニュースサイトは10時50分、共同通信による「ウクライナ軍が越境攻撃 ロシア西部、5人死亡と当局」との記事を掲載した。
記事はロシア国防省による《ウクライナと国境を接するロシア西部クルスク州に同日朝から、ウクライナ軍の越境攻撃があった》との発表を報道。ウクライナ軍の戦力は《戦車11両や装甲車両20台以上、最大300人の兵士》と伝えたが、とてもそんな規模ではなかったことが後に判明する。
経済誌Forbesの日本語電子版は8月9日、「ウクライナ軍、越境攻撃に精鋭の空挺旅団も投入 『本格侵攻』の様相強まる」との記事を配信した。
記事は情報源を明らかにしていないが、ウクライナ寄りの記述が目立つ。そして越境攻撃を行った旅団名を明記した。
《陸軍の第22独立機械化旅団と第88独立機械化旅団、そして空中強襲軍(空挺軍)の第80空中強襲旅団というウクライナ正規軍の少なくとも3個旅団が実行しており、砲兵部隊、ドローンチーム、防空部隊がきわめて重要な支援任務にあたっている。各旅団は最大2000人規模だ》
ちなみに平成15年版の防衛白書によると、自衛隊で一個師団の定員は6000人から7000人という。ウクライナ軍が同規模の兵力を投入したことが分かるわけだが、ウクライナ軍が兵員不足に悩んでいることを考えると、3旅団を“大軍”と形容することも可能だろう。
破竹の進撃
軍事ジャーナリストは「これまでにもウクライナ軍は少数の特殊部隊で、ロシアの領内やロシアの占領地に攻撃を仕掛けたことなら何度もありました」と言う。
「しかし今回のように、精鋭の大部隊を一気に投入したのは初めてです。そもそも奇襲は相手の虚を衝くので大きな戦果が期待できます。さらに欧米メディアの報道によると、越境攻撃はNATO(北大西洋条約機構)軍による武器供与などで最新装備を充実させた旅団が担っているようです。現地の詳細が明らかになるにつれ、ウクライナ軍による破竹の進撃が報じられるようになりました。精鋭旅団による奇襲作戦が成功したわけですから、当然の戦果だとも言えます」
Newsweakの日本語電子版は8月15日、「ウクライナ、越境攻撃1週間で奪取した領土面積でロシアを上回る」との記事を配信した。
記事はロシアの独立系メディアによる分析を紹介。それによるとウクライナ軍は奇襲の開始から約24時間でロシア軍の防衛戦を突破した。8月12日までにクルスク州で1000平方キロメートルを超えるロシア領土を掌握し、これは独立系メディアによると《ロシアが今年これまでに奪取したウクライナ領の面積を上回っている》という。
テロ攻撃という嘘
アメリカの大手通信社Bloombergも日本語電子版に8月16日、「ロシア兵が大量投降、戦争開始後で最多−ウクライナ軍の越境攻撃続く」との記事を配信した。クルスク州で《ロシア兵102人の投降を受け入れた》と伝え、ウクライナ軍の戦果を報じた。
同じ日にCNN.co.jpも「ウクライナ軍、ロシアの82集落を制圧 司令部設置も」との記事を配信した。ウクライナ軍はクルスク州の町スジャを制圧し、ここに司令部を設置したという。
「ロシア軍が敗北を重ねた原因の一つとして、ロシア側の指揮統制に混乱が生じた可能性もあります。これまでロシアはウクライナと戦争状態にあると認めたことはありません。あくまでも“特別軍事作戦”を実行しており、ウクライナ側による越境攻撃は“テロ”と位置づけてきました。となると自国内に攻め入ったウクライナ軍を撃破するのはロシア連邦保安庁(FSB)という、ソ連国家保安委員会(KGB)を源泉に持つ諜報機関の役目になります。小規模の特殊部隊ならFSBでも対応できたかもしれませんが、3個旅団による本格侵攻を防戦できるはずもありません。ロシア軍が反撃するまで、ロシアの行政機構は相当な紆余曲折を経たのではないでしょうか」(同・軍事ジャーナリスト)
スコップだけのロシア兵
プーチン大統領が詭弁を弄したしっぺ返しを受けたというわけだが、ロシア軍の装備や兵士の練度にも相当な問題があったようだ。時事通信は8月15日、「新兵頼み、ロシア弱点突かれる ウクライナ攻撃で捕虜数百人」との記事を配信した。
記事はロシアの独立系メディアによる報道として、ウクライナ軍が奇襲攻撃を仕掛けてきた際、クルスク州にいた新兵の数百人は多くが行方不明か、捕虜になったと伝えた。
《兵役中の19歳の孫と電話連絡が取れなくなったという女性は「国境から約500メートルに張り付けられていた。武器も持たされず、スコップで戦えというのか」と憤りをあらわにした》
ロシア軍の精鋭部隊はウクライナの東部戦線に振り向けられている。国内を守る兵士は練度の低い新兵が多く、武器も持っていない兵もいるようだ。
軍事ジャーナリストは「実はクルスク州、第二次世界大戦で、『史上最大の戦車戦』と呼ばれたクルスク会戦が行われた場所としても知られているのです」と言う。
「劣勢のドイツ軍が戦局を挽回させようとソ連軍を攻撃した一大作戦で、両軍合わせて約6000両の戦車が参加しました。クルスク州は広大な平野部で、戦車を筆頭とする機械化部隊が最も得意とする地形です。ウクライナ軍にとって今回の越境攻撃は、初めて自分たちが主導権を握れる作戦でした」
熟慮を重ねた作戦
これまでウクライナ軍はロシア軍の攻撃を撃退したり、ロシア軍に占領された地域を奪還したりという受け身の作戦ばかりだった。
「今回、ウクライナ軍は初めて自分たちでゼロから作戦を立案することができました。長いロシア国境線のどこを奇襲攻撃すれば最大限の戦果が挙げられるのか、熟慮に熟慮を重ねてきたはずです。虎の子の機械化旅団を投入する場所として、クルスク州はうってつけの場所だったと思います」(同・軍事ジャーナリスト)
ところが、である。ウクライナ軍が快進撃を続ければ続けるほど、逆に不安要因も増えるのだという。第2回【電撃作戦でロシアにひと泡も…「ウクライナはなぜリスクだらけの越境攻撃に踏み切ったのか?」 軍事・外交の専門家が首を傾げる理由】では、専門家がウクライナ軍の越境攻撃を「理解できない」と口を揃える理由をお伝えする──。
デイリー新潮編集部