『Cloud クラウド』は9月27日よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国劇場で公開予定©2024「Cloud」製作委員会(東洋経済オンライン読者向けプレミアム試写会への応募はこちら

“転売ヤー”にいそしむ男のハンドルネームは“ラーテル”。そのやり方は、とにかく安く仕入れること。それが本物であろうがニセモノであろうが、売れるものなら何でも構わない。とにかく素早く売り切るのがコツだ。

だが知らず知らずのうちに周囲の反感を買ってしまった彼の日常は、インターネットを媒介に“集団狂気”へと増幅した悪意の塊によって脅かされていく――。

『クリーピー 偽りの隣人』『スパイの妻』の鬼才・黒沢清監督が菅田将暉を主演に迎え、現代社会に蔓延する“見えない悪意の暴走”を描き出した映画『Cloud クラウド』が9月27日より全国で公開される。

ベネチア国際映画祭などでの上映も決定


2024年9月17日(火)に試写会を開催します(上記画像をクリックすると試写会応募画面にジャンプします)

世界的評価の高い黒沢監督の最新作ということで、日本公開の前に、第81回ベネチア国際映画祭でのワールドプレミア上映、北米最大の国際映画祭であるトロント国際映画祭での上映も決定している。

本作の主人公は、工場で働くかたわら、安く買い集めた商品をネットで売りさばく“転売ヤー”の吉井良介(菅田)。

金を儲けるためには、時には相手の足元を見ることもある。たとえ「何の努力もせずに、ただ思いつきと直感だけ(で買いたたくなんて)。おかしくないですか?」と非難されても、「そういう仕事ですから」と意に介さない。

しかし楽をして儲けたいと思い、“転売ヤー”をはじめたはずなのに、生活は全然楽にもならず、儲かりもしない。転売のノウハウを教えてもらった先輩の村岡(窪田正孝)は「いつからこうなっちまったんだろうな……」とつぶやくが、果たして吉井の心にその言葉が響いていたのか。


吉井(左)を転売の道に誘った村岡(右)は、最近の吉井の変化を敏感に嗅ぎとっていた©2024「Cloud」製作委員会

そんなある日、工場の社長・滝本(荒川良々)は吉井に昇進の話を持ちかける。「吉井くんほどの才覚と忠誠心があれば、管理職として十分やっていけるよ」。

滝本の期待とは裏腹に、彼は滝本に工場を辞めることを告げる。意表を突かれた滝本は吉井にこう諭す。「それはきっと若さからくる射幸心ってやつじゃないかな。それは人よりしあわせになりたいと闇雲に願う欲望のことだ。それも大抵は、よせばいいのに危ない賭けに出て、あっという間に破滅してしまう。キミはそうなりたいのか?」。

だがもっと金を稼ぐために「生活を変える」と決めた吉井は、恋人の秋子(古川琴音)とともに、自宅兼事務所として安く借りることができた湖畔の立派な家に引っ越すことにする。

そこで転売作業を手伝ってくれる地元の若者・佐野(奥平大兼)をバイトとして雇い、新たな生活を始める。


吉井の謎多き恋人・秋子(右)を演じるのは若手演技派の古川琴音。恋人同士のたわいのない会話でさえも、どこか不穏な空気をかもし出すのは黒沢清作品ならではだ。©2024「Cloud」製作委員会

平穏な暮らしは長くは続かなかった。吉井の家に、自動車の部品が窓に向かって投げ込まれ、ガラスが割られるという事件が起きたのだ。誰かのいたずらか? それとも――? そうやって知らず知らずのうちに吉井に向けられた悪意が、ジワジワと生活に侵食していくのだが――。

本格的なアクションをやりたかった

本作の企画は、「次は本格的なアクションをやりたい」という黒沢監督の思いが発端となった。

ヤクザや警察が派手な銃撃戦を行うようなスタイリッシュなものではなく、「およそ暴力沙汰とは縁がないような人たちが、最終的には殺すか殺されるかの、のっぴきならない状況を引き起こしてしまう物語」としてのアクション映画である。

それはけっしてスマートでカッコいいアクションではないが、現代社会のリアリティを反映したアクションになるはずだ。

そうした骨組みをベースに、黒沢監督が興味を持っていたという「インターネットを通じた殺意のエスカレート」「転売屋」といった要素を加味して本作の脚本をつくりあげた。

さらにそこにガンアクション、監禁、日常に侵食する恐怖といった、黒沢監督がかつてつくり続けてきたVシネマなどで描いてきたモチーフもあちこちにちりばめられている。

脚本を書いているときは「こういう主人公のような人物は菅田(将暉)さんのような個性的な人がやってくれればいいな」と夢想していたという黒沢監督だが、一方で「あれだけの人気者ですから。僕の映画のような小規模な映画に出ていただけるのか」という不安もあったという。それゆえ菅田がオファーを受けたと聞き「小躍りするほどうれしかった」と振り返っている。

もともと黒沢監督が想定していた主人公のキャラクター像は「“真面目にコツコツと”小さな悪事を積み重ねる人間」だった。一見、それはどこか矛盾をはらんだ言葉のようにも聞こえるが、実際に演じる菅田自身も、この吉井というキャラクターの人物像に複雑さを感じていた。

そこで「共通言語として参考になる作品はありますか?」と尋ねたところ、黒沢監督からはパトリシア・ハイスミスの原作を、アラン・ドロン主演で映画化した『太陽がいっぱい』(1960)を薦められたという。

実際に映画を観て、アラン・ドロン演じるトム・リプリーを「悪事を真面目にやっていて、気付かないうちに引き返せない状態になってしまう男」と感じたという菅田。それが吉井というキャラクターの人物像をつかむヒントになったと語っている。

人間のおそろしさが描き出されている

ここ最近、アスリートやタレントなどの著名人に対しての誹謗中傷が社会問題化しているが、表情や仕草などで相手の感情を読み解く対面のコミュニケーションとは違い、インターネット上では、会ったことのない人物に対して、断片的な情報だけで相手を判断してしまいがちだ。

そしてそこから「悪いヤツはたたかれても構わない」といった正義などが暴走してしまう下地が生み出されている。

そんな現代社会を背景に描き出した本作は、スリラー、ガンアクションといった要素で観客を惹きつけながらも、そこから人間のおそろしさ、得体の知れなさが浮かび上がる。それはまさに黒沢清作品ならではの味わいである。

(壬生 智裕 : 映画ライター)