2024年7月26日のパリ五輪開催を間近に控え、関係者や選手らはドーピングに神経をとがらせていますが、禁止されているのは薬物の使用だけではありません。自転車競技で問題となる隠し電動モーター、いわゆる「モータードーピング」の実態とその対策について、アメリカ電気電子技術者協会(IEEE)が解説しました。

EV Motors Without Rare Earth Permanent Magnets - IEEE Spectrum

https://spectrum.ieee.org/ev-motor

2024年5月にパリ郊外で行われた自転車のアマチュアレース「Routes de l'Oise」では、自転車にモーターを仕込んだ嫌疑をかけられた選手がバンに乗って逃亡し、呼び止めた競技役員をボンネットに乗せたまま100メートルほど逃走する映画のワンシーンのような一幕がありました。

こうした不正は自転車競技者の間で「モータードーピング」と呼ばれており、パリ五輪の自転車競技ではその検査のために電磁スキャナーとX線撮影装置が使われる見通しです。



プロの自転車競技でも、2016年に1度モータードーピングが確認されており、それ以来国際自転車競技連合(UCI)は積極的に隠しモーター検出技術を導入してきました。そのため、IEEEが取材した関係者の多くはプロの競技でモータードーピングが発覚する可能性は低いと語っていますが、現役もしくは引退したトップ競技者の中には警鐘を鳴らし続けている人もいます。

モータードーピングの懸念が初めて表面化したのは、2010年の大会でスイスの自転車選手が驚異的な加速でヨーロッパ大会を制覇した際のことです。当時、UCIには隠しモーターを検出する技術がなく、急いで導入された赤外線カメラもモーターが発熱していないレース前後の検査には役立ちませんでした。

その後、2016年にベルギーで開催されたシクロクロス世界選手権では、試験的に導入されたiPadベースの磁気測定タブレットにより、地元の人気選手であるフェムケ・ファン・デン・ドリエッシュ氏の名前が書かれた自転車のフレームに、モーターとバッテリーが内蔵されていることが判明しました。



by Dimitri Maladry

ファン・デン・ドリエッシュ氏は無実を主張しましたが、6年の競技追放を言い渡され、自転車競技から撤退しています。これは、自転車競技の選手がメカニカルドーピングで正式に告発された最初の事例となりました。

しかし、磁気測定タブレットは誤検知が多く、疑いがかけられた自転車を解体してみたら無実だったというケースもあります。そこで、UCIはさらに洗練された技術として、2018年に初のX線検査装置の導入を発表しました。

UCIは当時の記者会見で、「X線検査装置によりレース結果に関するあらゆる疑惑が払拭されます」と語っています。また、2023年のツール・ド・フランスでは1000件近くのモータードーピング検査が実施されるなど、厳しい検査態勢を維持していることも明かしています。

しかし、X線検査装置も万全ではありません。オリンピックの銀メダリストであり、UCIの不正対策責任者を務めた経歴もあるジャン=クリストフ・ペロー氏によると、大きな大会では予備の自転車を用意して検査をすり抜けるチャンスがいくらでもあるため、不正の疑惑を完全に拭い去るにはレース中のリアルタイム監視しかないとのこと。



UCIは既に、フランスの原子力・代替エネルギー委員会(CEA)と提携して、自転車に取り付けた高解像度の磁力計で隠しモーターのシグナルを検出するライブ監視技術の導入を進めています。

競技に使われるすべての自転車に検知機を取り付けるのは簡単な事ではありませんが、ペロー氏はこれしかないと確信しているそうです。ペロー氏はIEEEに「私たちがこうした話をし始めたのはもう10年も前のことです。この積年の問題に決着をつけるのであれば、投資が必要です」と話しました。