中学受験の偏差値は高校や大学受験の偏差値とは異なる。何が違うのか。プロ家庭教師集団名門指導会代表の西村則康さんは「中学受験に挑戦する子供たちは、小学校のテストで100点を取る子がほとんどのため、偏差値は厳しく出る。しかも、塾によっても偏差値は変わる。例えば、サピックス偏差値50の中高一貫校は、大学進学実績で見ると地方トップ校とほぼ同レベルだ」という――。
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■「偏差値50レベルの学校に入れる意味はあるのか?」

中学受験に挑戦させるからには、できるだけ偏差値の高い有名校に入れたい。これが多くの親の本音だと思う。しかし、今は世の中の価値観が多様化し、高学歴であることが必ずしも将来の幸せに結びつくとは限らなくなっている。こうした中、近年の首都圏の中学受験は、「わが子にとってのベスト校」として、偏差値45〜55の中堅校を選ぶ家庭が増えている。

だが、一方で何が何でも偏差値の高い学校へわが子を入れたがる親も一定数存在する。特にその思いが強く出るのが、中学受験を経験したことがない偏差値70超えの地方トップ校出身の父親たちだ。地方のトップ校に進学する子というのは、高校受験の模試では偏差値70は当たり前、72あたりの学力を備えた上位2%を指す。50人に1人、つまりクラスに1人いるかいないかの世界を勝ち抜いてきた人たちだ。そういう人たちにとって偏差値50以下の学校は、校舎が荒れ果て、ヤンキーたちがのさばっているどうしようもない学校というイメージが固定されている。

そして、目の前の勉強に一生懸命取り組んでいる子供と、それを献身的にサポートする母親に向かって、平然とこういうのだ。

「わざわざ高い金を払って、偏差値50レベルの学校に入れる意味はあるのか?」

■小学校で100点の子たちが中学受験に挑戦している

偏差値というのは、そのテストを受けた人の全体に対して、自分がどの位置にいるかを知るためのもの。当たり前のことだが、同じテストで同じ点数を取ったとしても、母集団が変われば偏差値の数字も変わってくる。高校受験の模試は、その都道府県の公立中学校に通うすべての生徒が受ける。同じ数学のテストを受けるにも、数学の成績が5の子もいれば、1の子もいるわけで、点差は大きく開く。

一方、中学受験に挑戦する子供たちは、小学校のカラーテストでは100点を取る子がほとんどだ。中学受験では、そういう「勉強ができる子」がこぞって集まって来るため、おのずと偏差値は厳しく出る。また、通っている塾によっても偏差値は変わってくる。御三家狙いが集まるサピックスの偏差値50は、中堅校がボリュームゾーンの四谷大塚では偏差値55を超え、あらゆる偏差値帯の学校をカバーする首都圏模試では偏差値60を優に超える。このように、どんな学力レベルの子が受けるかによって、偏差値の数字は大きく変わってくる。「偏差値50」という数字だけを見て、“ざんねんな学校”と思ってしまうのは、お門違いだ。

■サピックス偏差値50の学校は、地方トップ校とほぼ同レベル

では、サピックスでいう偏差値50レベルの学校とは、どんな学校なのか? 私立中高一貫校は、学校ごとにそれぞれの教育理念があり、校風もカリキュラムの中身もさまざまだ。そこで、ここでは学力の面だけで見ていく。一番分かりやすいのが、東大に何人合格者を出したかという進学実績だ。各校のHPには必ず進学実績が紹介されているので、まずはそこを見てほしい。

全体のレベル感を知りたければ、毎年各メディアが出している高校別東大合格ランキングを見るといい。上位を占めるのは御三家と呼ばれている最難関校や、日比谷高校や横浜翠嵐高校といった伝統公立校だが、それより下になると地方のトップ校でさえも5人以下になる。そして、同じ5人以下の欄に、中学受験では偏差値50(サピックス)の私立中高一貫校が並んでいる。つまり、クラスで1人いけるかいけないかレベルの地方トップ校と、中学受験で偏差値50の私立中高一貫校は、ほぼ同レベルなのだ。

もちろん、頭では偏差値が示す数字がどういうものかは理解できているはずだ。だけど、長年染み込まれてきた「偏差値50」という数字が持つイメージに引っ張られて、素直に認められないのだ。

■中学には「同じくらいのレベルの子」が集まる」

100歩譲って認めたとしても、自分の成功体験や、偏差値や成績順が持つイメージというのは、なかなか更新できない。

「中学受験と高校受験とでは偏差値は別物」と理解した上で、子供の実力にあった偏差値50前後の学校に進学したとする。中学受験はわずか1点の差で合否が決まる過酷な受験だ。合格できたとしても、ほとんどの子がギリギリの状態で滑り込んでいる。そうして中学には、偏差値帯で輪切りにされた同じくらいのレベルの子たちが集まる。

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しかし、中学に入れば入ったで、学期ごとに成績が出る。最難関が不合格で、唯一受かった安全校にやむを得ず進学したという場合は、もともとのレベルが高いため上位に入る可能性も高いが、妥当レベルで入った場合、入学後の成績がどの位置になるかは予想がつきにくい。とりあえず初めは、真ん中くらいをキープできればいいというのが私の考えだ。

小学校と中学校では勉強の中身が大きく変わるし、受験とは違う「定期テスト」というものがある。新しい学習スタイルに慣れるまでには、少し時間が必要だ。最初のテストで思うような結果が出せなかったら、何をすれば良かったのか、どういう勉強のやり方に変えていけばよかったのかじっくり考えてみる。そうやって自分なりに試行錯誤することが大切だと感じている。

■中学に入って「深海魚」になってしまう子供たち

ところが、偏差値の高さにこだわる父親は、ここでも順位を気にする。「偏差値50レベルの学校に行ったのだから、せめてここでは上位でいてくれ。真ん中なんて、許さないぞ」と、これまで以上に厳しい言葉を浴びせる。そして、大学受験では必ずリベンジできるようにと、これまで以上に勉強量を増やそうとするのだ。

しかし、ここで大きな衝突が起きる。小学生のときは、イヤイヤながらも親の言うことを聞いていた子も、中学生になり心と身体が成長してくると、これまでと同じようには動いてくれなくなる。中学受験ですでに勉強が嫌いになってしまった子は、受験から解放された途端に勉強をしなくなることもあるし、親の抑圧に対して反発心を持つようにもなる。

そうして、勉強をしなくなった子供は、みるみるうちに成績が下降をたどり、気がつくと深い海の底を泳ぐ魚のように、二度と上には上がって来られなくなってしまうのだ。こうした子供たちを受験界ではひそかに「深海魚」と呼んでいる。こうなってしまうと、何のために中学受験をさせたのか分からなくなってしまう。

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■「何のために受験するのか」を振り返ってほしい

だからこそ、初めが肝心なのだ。そもそも、中学受験をスタートさせる前に、「なぜ、わが家は中学受験をさせるのか」を夫婦でしっかり話し合ってほしい。将来は医学部に進学させたいなど、揺るぎない目的があるのなら、大学実績は無視できないし、その夢を叶えられそうな偏差値60以上の学校を目指すのが妥当かもしれない。そうではなく、中学高校の6年間でいろいろな経験をさせ、自分の好きなことを見つけてほしいというのであれば、偏差値60以上の学校でなくても、お子さんに合った学校は見つかるかもしれない。大事なのは、何を基準に置くかだ。

すでに中学受験の勉強が走り出してしまっている場合でも、うまくいっていないと感じたら、今一度「何のために受験するのか」考えてみるべきだ。そして、進学先が決まったら、それまでの葛藤は忘れ、真新しい気持ちで送り出してあげてほしい。

■中1の夏までは試行錯誤が続く

西村則康『「受験で勝てる子」の育て方』(日経BP)

入試をくぐり抜けて進学した中学校には、同じ学力レベルの子が集まってくる。今後はこの中で上位成績を取っていくことが目標になるが、初めに思うような成績が取れなくても焦る必要はない。うまくいかなければ、やり方を変えてみればいいだけだ。中1の夏までは試行錯誤が続くだろう。でも、夏休み中に自分の学びのスタイルが見出せるようになれば、その後はきっと伸びていくはずだ。

これまで身に付けてきた学力はもちろん影響するけれど、受験当日のメンタルで予想外の結果を招いてしまうような、イチかバチかの中学受験と違って、中学以降の勉強は「毎日コツコツ」がキモになる。最初のテストの点がイマイチだったとしても、そこから伸びていく可能性はいくらでもある。

だから、偏差値にいつまでもこだわっている親たちに言いたい。「どうか、親の余計な一言で、子供を勉強嫌いにさせないでほしい」と。

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西村 則康(にしむら・のりやす)
中学受験のプロ家庭教師「名門指導会」代表/中学受験情報局 主任相談員
40年以上難関中学受験指導をしてきたカリスマ家庭教師。これまで開成、麻布、桜蔭などの最難関中学に2500人以上を合格させてきた。
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(中学受験のプロ家庭教師「名門指導会」代表/中学受験情報局 主任相談員 西村 則康 構成=石渡真由美)