近鉄でヘッドコーチを務めた伊勢孝夫氏【写真:山口真司】

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原監督に誘われ巨人入り…ヤクルト時代の後輩が推した入閣

 ヤクルト・野村克也監督の下でID野球を学んだ野球評論家の伊勢孝夫氏は、2006年から巨人で打撃コーチ補佐を2シーズン務めた。「(巨人監督の)原(辰徳)君に『ちょっと手伝ってくださいよ』と言われたんです」。2007年は巨人のリーグ優勝にも貢献したが、この年で「印象に残っている」のは春のキャンプ。ルーキー・坂本勇人内野手のバッティングを見て「すごいと思った」という。

 伊勢氏は近鉄が優勝した2001年限りでヘッドコーチを退任し、編成部長を務めた。「部長といってもトレードとか、スカウトに『ドラフト候補者で、いいのがいるから見てくれ』と言われたら見に行ったり、そんな仕事でした」。だが、2004年シーズン終了後に近鉄がオリックスに吸収合併されて消滅。伊勢氏は新生・オリックスの調査担当になったが「それも1年だけという条件でした」と明かす。

 愛着があった近鉄がなくなったことについては「球団社長が小林(哲也氏=現・近鉄グループホールディングス株式会社取締役相談役)さんに代わった時から球団をつぶしにきよったで、見とってみい、なんて言っていたら、ホンマにつぶしよったからねぇ……」と経営問題上のこととわかっていても寂しそうに話した。そして、2005年オフ、1年限定のオリックスでの仕事が終わりかけの頃のことだった。

「宮崎での秋の教育リーグを(調査担当として)視察に行っていたら、球場で原君とバッタリ会ったんですよ。原君も監督として視察に来ていたんです。で、『伊勢さん、ちょっと』って呼ばれて『手伝ってください』と言われたんですよ」。オリックスを辞めることだけが決まっていて、次は未定の時の誘い。「『わかりました』と言いました」。それで巨人入りすることになったという。

 重なる時は重なるようで「その日、球場を出てから韓国のSKの関係者から電話があって『2年契約で来てくれ』って誘われたんです。『さっきジャイアンツに言われたばかりだから、それはできないわ』と断りましたけどね」。そんな関係もあって、伊勢氏は巨人退団後の2008年からSKのコーチに就任する。そういうつながりも大事にしていったわけだが、伊勢氏の巨人入りに関しては裏で動いてくれた人がいたそうだ。

1年目の坂本勇人に仰天「これはすごいなって思いましたね」

「あとで巨人の球団社長に言われたんですよ。『尾花君が伊勢さんを雇った方がいい。伊勢さん、伊勢さんってうるさくてしょうがなかったんですよ』ってね」。ヤクルト時代の後輩で、元投手の尾花高夫は当時、巨人の投手総合コーチ。「尾花は原君にも言っていたみたいなんですよ」と伊勢氏は笑みを浮かべながら話した。そのアシストに感謝したのは言うまでもない。

 原巨人での1年目(2006年)の肩書きはスコアラーだった伊勢氏だが「表向きはそうでしたけど、その仕事は何もしていないです。やっていたのはバッティングコーチの手伝いですね」と話す。同じ年に巨人の一員となったイ・スンヨプ内野手には、よくマンツーマンで指導したという。「スンちゃんには東京ドームの時は自分の練習をする1時間前に室内に来いって言って、毎日30分くらい、そこで打たせました。(2006年は)41本、打ったんですよねぇ」。

 巨人2年目(2007年)の伊勢氏は肩書きも1軍打撃コーチ補佐となった。その年の宮崎春季キャンプで思わずうなり声をあげたのが、光星学院から高校生ドラフト1巡目指名で入団した背番号61のルーキー・坂本の打撃練習を見た時だった。「プロで10年やっても、なかなかそこだけは難しいところを坂本はできていた。テークバックからステップしに行く、ゆっくりかげん。どうしても早くなる人が多いなかでね。あ、これはすごいなって思いましたね」。

 とにかく衝撃的だったという。「(1軍打撃コーチの)内田(順三)君と2人で『こんな若いのが、もうこんなことができている。これはええ選手になるぞ』って話したのを覚えていますね」。坂本はプロ2年目(2008年)から1軍に定着し、2009年から背番号6をつけ、2012年に最多安打、2016年に首位打者のタイトルも獲得した。2020年には通算2000安打も達成。伊勢氏の見立て通り、日本球界を代表する超一流打者の道を歩んでいった。

 原・巨人がリーグ優勝を成し遂げた2007年限りで伊勢氏は退任となった。「原君から電話がかかってきて(コーチ陣も)若返りたいんでってことでね」。しかしながら、巨人を経験できたことも伊勢氏にはプラスになった。もちろん、素晴らしい逸材、ルーキー時代の坂本に出会えたことも……。現在も坂本は頑張っている。伊勢氏は「足を上げて、ゆっくり。それは今も変わっていないよね」と話した。(山口真司 / Shinji Yamaguchi)