南米一のアニメの聖地、リベルダーデ地区(写真:筆者撮影)

ブラジルの「ミニ秋葉原」

ブラジル・サンパウロ市の東洋人街リベルダーデ。そこは以前から日本食や中華の飲食店や雑貨店で賑わっていたが、ここ十年来はオタク文化発信地という様相がより色濃くなり、「ミニ秋葉原」といえそうな景観へと変わりつつある。

背景にはアニメなどの日本のポップカルチャーの世界的な席巻があり、日系社会の規模が大きいブラジルでは、そのブームがなおさら歓迎されている。

いまでは“オタク=クール”という風潮もあるなか、ブラジルで長年にわたってアニメや特撮ドラマなどの日本製映像コンテンツを紹介してきた配給会社社長がいる。世界100カ国以上の現地在住日本人ライターの集まり「海外書き人クラブ」の会員がその当人を取材した。

【写真】リベルダーデの雑居ビル内フィギュア専門店、ブラジルに日本のアニメ文化を伝える佐藤ネルソン氏(9枚)

2024年3月の第96回アカデミー賞で、特撮映画『ゴジラ‐1.0』と、アニメ『君たちはどう生きるか』が“W受賞”したことは、日本映画界の快挙として報じられた。

ブラジルでも喜んだオスカーW受賞

ブラジルでこれを喜んだのが、両作品の配給を手掛けたサトウ・カンパニーだ。1988年創立の同社は、40年にわたってブラジルおよびラテンアメリカで日本の映像作品の普及に努めてきた。


「ゴジラ‐1.0」のパネルを前にインタビューに応じる佐藤氏(写真:筆者撮影)

同社は『ゴジラ‐1.0』を観賞するより早く放映権を購入した。

「東宝の一大IP(Intellectual Property:知的財産)である、ゴジラの70周年記念作品というだけで価値あり!と踏んだんです。権利の条件はネット配信を含まない劇場の配給のみで、上映期日も2024年1月31日までと限られていたため、大手の配給会社はどこも敬遠したんです」と、同社社長の佐藤ネルソン氏(62)。

しかし、蓋を開ければ、2023年12月14日のブラジル公開からの2週間で、興行収入390万レアル(約1億1881万円)、鑑賞者数20万人超えと、同時期に放映されていた作品としては、『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』に次ぐ成功だった。

劇場の観客動員数は、公開が2週間早かったアメリカでの口コミやレビュー動画での高評価から、上映開始後徐々に増えていったそうだ。

一方、ジブリ作品については、配給を行うのは今回が初めてだった。

「『君たちはどう生きるか』は、宮崎駿の最後の監督作品になるかもしれないということで、是が非でも手掛けたかった」

フランスの配給会社を説得して契約し、『千と千尋の神隠し』や『ハウルの動く城』など、これまでにブラジルで劇場公開されたどのジブリ作品よりも多く、公開7週目となった4月10日時点で、44万7050人の動員数を数えた。


サトウ・シネマで『君たちはどう生きるのか』鑑賞券を求める人たち(写真:筆者撮影)

佐藤氏がサトウ・カンパニー前身のブラジル・ホームビデオを設立したのは1985年。当時、雨後の筍のように各地でオープンしたレンタルビデオ店を相手に、ビデオソフトを販売していた。

理工系名門大学を中退して臨んだ新興ビジネスだったが、20代半ばの若者にワーナーやディズニーなどの大手と契約する資金や経験はなかった。

そこで、日系3世であることを活かして開拓したのが、ニッチな日本のコンテンツだった。ブラジル企業として、初めて東映とライセンス契約を結んだのが同社だ。

「アニメでは『母をたずねて三千里』や『超時空要塞マクロス』、『宇宙海賊キャプテンハーロック』、映画では今村昌平監督の『楢山節考』などから始めました。作品はすべてポルトガル語に吹き替えて、VHSの製品にしました」と佐藤氏は振り返る。


かつて社会現象を呼んだ「巨獣特捜ジャスピオン」。現在ブラジルではサトウ・カンパニーが扱う(写真:© 東映/SATO CO., LTD.)

空前の特撮ヒーローブームの終焉

佐藤氏が映像ビジネスを始めて間もない1988年、ブラジルのテレビ放送の歴史に足跡を残す出来事が起きた。「巨獣特捜ジャスピオン」と「電撃戦隊チェンジマン」の同時の放送開始だった。

日本では鳴かず飛ばずだったそれらの作品は、特撮ヒーロードラマに免疫のないブラジルの子どもの間で大流行。ブーム絶頂期にはサッカー大国の子どもたちをテレビに釘付けにし、草サッカーを後回しにさせた。

これに触発された佐藤氏は、東宝から「電脳警察サイバーコップ」のライセンスを得て1990年に地上波放送にこぎつけ、上々の視聴率を稼いだ。

だが、特撮ドラマの人気は、熱が冷めるのも早かった。

すべてのテレビ局が特撮ドラマを放送しはじめ、多いときは1日に17作品が放送される過剰な状態に。当然視聴者から飽きられ、特撮ドラマを最も多く放送していたテレビ局が資金難により売却されたことなどから、ブームは終わってしまう。

追い打ちをかけたのが、ハイパーインフレの抑制として政府が投じた預金封鎖プランだ。

90年代前半のブラジルで多くの企業が倒産し、それは零細なレンタルビデオ店も同様だった。サトウ・カンパニーはテレビ放映と並行してレンタルビデオ店にビデオソフトの販売も続けていたが、未払金回収に苦労し倒産寸前まで陥った。

『AKIRA』で切り開いた劇場上映

そこで同社が新たに乗り出したのが劇場上映だった。1991年7月、最初に選んだ作品が、大友克洋監督の『AKIRA』だった。

「配給会社向け先行版映像を見て、本当に気に入ったんです。東宝と原作漫画を取り扱う講談社と商談を行い、ブラジルでの上映権を獲得した。この作品は行ける!という若さゆえのフィーリングもありましたね」と佐藤氏。

『AKIRA』は時代を先取りしたアニメとして、ヨーロッパで高い評価を得ていた。佐藤氏は、その評判を携えて劇場に売り込んだが、当初はなかなか受け入れてもらえなかった。

「そのころのブラジルでアニメの劇場上映といえば、吹き替えのディズニー作品一択。字幕付きで、かつ大人向けである『AKIRA』に対する反応は冷たく、多くの劇場から配給を断られました」(佐藤氏)

ようやく上映にこぎつけたものの、最初はサンパウロ市内1カ所。それでもPR会社を雇って大々的に宣伝し、7本の上映用コピーフィルムをフル活用し、上映の場を広げていったところ、1年間のロングラン上映を成し遂げ、計25万人の観客を動員した。

時代は変わり、世界の映像コンテンツ産業は、配信サービスが主流となっている。

大手のNetflixが配信サービスに移行した矢先の2011年に、Netflixブラジルで配信される映像作品のコンテンツ・アグリゲーターとして初めて契約したのが、サトウ・カンパニーだ。

コンテンツ・アグリゲーターとは、制作会社などからコンテンツを収集し、配信会社に提供する事業者だ。作品の良し悪しに加え、担当する国や地域で受けるかの判断が委ねられている。

Netflixがオリジナルコンテンツの制作に力を注ぐようになった今、同社は再び劇場公開の配給に力を入れ始める。2023年7月からは東洋人街リベルダーデのブラジル日本文化福祉協会(以下、文協)の多目的ホールを活用し、週末限定で日本やアジアの映画を上映する「サトウ・シネマ」を開催する。

「サトウ・シネマは日系社会への恩返しも込めています」と佐藤氏。

1950年代から1980年代まで、リベルダーデには日本人移民をターゲットにした東映、東宝、松竹、日活の直営映画館があった。ブラジルに映画館がほぼなかった当初から、この地区は映画館によって栄えた歴史がある。

「残念ながら今、この地区には映画館がないので、私たちの企画で、さらに文協とリベルダーデをアピールできたらと思っています」(佐藤氏)


サトウ・シネマで行われた『君たちはどう生きるか』プレミア上映会(写真:©SATO CO.,)

日本の映像コンテンツの可能性

佐藤氏に、日本の映像コンテンツのブラジルにおけるポテンシャルについて尋ねてみると、「日本アニメの作画の素晴らしさは言うまでもないでしょう」と答える。

「これは韓国ドラマにもいえますが、ストーリーテリングが素晴らしいです。今回の『ゴジラ−1.0』と『君たちはどう生きるか』は、ハリウッドの大作にはない物語の展開があり、多くの人にとって新鮮な驚きが多いのです」(佐藤氏)

佐藤氏は、日本製映像コンテンツに関して、ブラジルには眠っている潜在力があると考える。アニメだけでなく、ドキュメンタリーや実写の作品をブラジルで紹介するのが使命だという。「勝負はこれからですね」と佐藤氏は力強く話した。


写真はオリジナルドラマ「巨獣特捜ジャスピオン」より。ブラジル制作が注目される(写真:©東映/SATO CO., LTD.)

(仁尾 帯刀(海外書き人クラブ) : ブラジル・サンパウロ市在住フォトグラファー)