■ラピダスの融資に政府が保証をつけると発表

5月31日、経済産業省は半導体・デジタル産業戦略検討会議を開催した。会議で提示された資料の中で、経済産業省はラピダス支援に「新たな制度的枠組みを検討」と明記し、同社をわが国経済復活の起爆剤として期待を示した。

現在、ラピダスは北海道千歳市に大規模な半導体工場を建設している。2027年、回路線幅2ナノ(10億分の1)メートルの量産を目指している。量産開始に少なくとも5兆円が必要だ。同プロジェクトに関して資金面での不安もある。

写真=共同通信社
次世代半導体の国産化を目指すラピダスが建設中の工場=2024年5月1日撮影、北海道千歳市(共同通信社ヘリから) - 写真=共同通信社

特に、金融如何からの融資に課題があるといわれている。現時点でラピダスに生産・販売の実績がないことがネックになっている。

事業リスクに関するデータがないため、金融機関にとって信用審査は容易ではない。民間金融機関はラピダスのリスク負担に慎重で、今のところ融資はまだまとまっていないようだ。それに対して政府は融資に保証を付け、資金調達の加速と生産体制確立の支援を強化する方針とみられる。政府保証が投融資増加の呼び水になる可能性は高い。

■AIに必要な半導体・メモリーが世界的に不足

台湾や韓国は国が大手半導体企業への支援を実施し、半導体産業の国際競争力を向上させることに成功した。これまでわが国はそこまで踏み込めなかった。世界経済のデジタル化が加速し、メモリー需要が盛り上がる局面で、政府はエルピーダメモリへの支援を見送った。

足許、米国、中国、欧州などは半導体産業の支援策を強化している。主要国の半導体産業における“支援策強化競争”は激化するだろう。政府が財政支出のバランスをとりつつ、成長分野の支援政策を本気で強化できるかが、中長期的なわが国経済の成長にとって重要だ。

経済産業省は、ラピダス向けの融資に政府保証をつける方針と報じられた。それにより同社の資金調達を加速し、製造装置の購入や研究開発を強化する方針だ。現在、世界経済で最も重要な変化は、AI分野の成長が凄まじい勢いで加速していることだ。米オープンAI、マイクロソフト、グーグル、メタ、アマゾンなどのAI開発強化で、AIチップの需要は予想を上回るスピードで増加している。

特に、AIの学習強化でGPU(画像処理半導体)やデータ転送速度の高い“HBM(広帯域幅メモリー)”の需要は、供給を大きく上回っている。米エヌビディアの2月〜4月期決算は、需要の強さを確認する一つの機会だった。

■設備投資の遅れが経済全体の足を引っ張る

先端分野の半導体の製造能力は、AIの性能向上に決定的インパクトを与える。AI分野の成長加速が、その国の経済の実力(潜在成長率)に大きく影響する。政府保証という形式でのラピダス支援の拡充は自然な流れといえるだろう。

現在、世界のAIチップ供給面では台湾積体電路製造(TSMC)の独走状態だ。台湾は、中国の圧力強化という地政学リスクの上昇にも直面している。日米欧にとって、先端チップ製造能力強化とリスク分散は重要だ。

主要企業の設備投資タイミングが遅れると、経済全体の成長率は鈍化するかもしれない。その遅れを防ぐため、わが国の政府はラピダス向けの融資を保証し、リスクマネーの供給を増やそうとしている。戦略物資、中でも重要度の高い先端チップメーカーの成長を政府がバックアップする意義は従来に増して高まっている。

ラピダスの資金力を考えても、政府保証は必要だろう。同社の資本金は73億円で、トヨタ自動車などが出資した。政府は最大9200億円の支援を決めたが、民間金融機関の融資はまとまっていないようだ。

現時点で生産などの実績はなく、ラピダスの信用審査を行うにもデータがない。大規模に融資を実行することは難しい。政府保証は、民間金融機関が融資を行い、ラピダスが計画通り製造能力を発揮するため必須といえる。

■TSMC、サムスンも官民の支援で急成長を遂げた

TSMCの成長を見ても、公的な支援強化は重要だ。1970年代、台湾は“集積回路計画”の下、日米から半導体製造技術などを移転した。

1987年以降、当局は半導体メーカーの設立を主導した。主な企業が、TSMC、モーセル・バイテリック、華邦電子(ウィンボンド)、世界先進積体電路(バンガード・インターナショナル・セミコンダクター)などだ。TSMCは政府の支援の下で毎年数兆円規模の設備投資を行ってきた。高価格帯の先端チップの製造能力を強化し、フリーキャッシュフローは増えた。それが、追加の設備投資、研究開発を可能にしている。

韓国も半導体分野の支援を強化してきた。特に、1997年のアジア通貨危機後、金大中政権(当時)は現代電子とLG半導体の合併を主導し、現在のSKハイニックスの前身企業が誕生した。韓国政府は大手銀行に半導体分野への投融資積み増しも求め、サムスン電子とSKハイニックスは急成長した。

ラピダスの量産開始、早期の株式上場、大規模な設備投資を支える経営体力強化のため、公的支援拡充は必要とみられる。今回の政府保証の付与方針は、そうした政策運営の兆候と考えられる。

■エルピーダメモリをつぶした教訓を忘れてはならない

わが国は“エルピーダメモリ”をつぶした教訓がある。NEC、日立製作所、三菱電機のメモリー事業を統合したエルピーダは、一時、世界DRAM市場で約2割のシェアを確保した。ところが、リーマンショック後、スマホ向けのメモリー需要の高まりで追加の設備投資が必要な時期に政府や金融機関は支援を見送った。

2012年2月、エルピーダは会社更生法の適用を申請し、経営破綻した。アジア通貨危機後に韓国政府が銀行に働きかけSKハイニックスに支援を強化したのと対照的だった。その後、米マイクロン・テクノロジーはエルピーダを買収した。現在、広島県で同社はHBMなど先端製品の製造体制を強化している。

ラピダスに関して、民間金融機関が信用供与に二の足を踏めば、事業戦略の実行は遅れるかもしれない。わが国が世界のAI分野の成長加速に取り残される恐れも増すだろう。

■自動車に次ぐ成長産業は未だに育っていない

リーマンショック後、わが国は航空機分野を自動車に続く成長産業にしようとした。しかし、2023年2月、“三菱スペースジェット(MSJ)”は開発中断に至り、わが国の産業政策は大きな修正を余儀なくされた。今回、ラピダスの計画が後ずれすると、わが国経済の回復に相応の悪影響があるかもしれない。

政府がラピダスの信用リスクを保証し、民間企業に融資を促すことは大切だ。ラピダス向け融資が増えれば、わが国のスタートアップ企業など未上場企業の資金調達に弾みがつく可能性もある。

足許、国内の金利上昇圧力は高まりつつある。その環境下でラピダスが迅速に投資資金を調達することは、投資家心理にプラスの影響を与えるだろう。高い成長が期待できる分野に投融資を行い、より多くの利得を狙う投資家は増えそうだ。それは、市場原理に基づいたヒト、モノ、カネの再配分の促進にもつながるだろう。

さまざまな議論があるが、ラピダスの事業立ち上げには相応の可能性があると見られる。2ナノ、さらに微細な半導体回路の形成に関しては、現時点で世界に量産できる企業はない。ラピダスは、IBM、IMEC、ASMLなど世界の主要企業などと連携し、未開の市場(ブルーオーシャン)の開拓を目指す。

写真=iStock.com/SweetBunFactory
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SweetBunFactory

■米、中、欧州にはない日本の強みとは

次世代チップの製造に不可欠な超高純度の半導体部材、製造装置分野の企業もわが国に集積してきた。それは、米国、中国、欧州と異なる。米国や中国も半導体分野の支援策を拡充しているが、人材やサプライヤーの不在はボトルネックだ。TSMCが熊本に第2工場を建設し先端半導体の製造を目指すのは、そうしたボトルネックの解消に台湾国内でも時間がかかるためだろう。

半導体の微細化などを支える要素技術面で、わが国の比較優位性は高い。微細、精緻な国内企業の製造技術とIBMなどが持つ最先端のチップ開発力を結合することで、ラピダスがAIチップの供給力を高め、世界の需要を取り込むことは可能だろう。

ラピダスの成長は、わが国の半導体サプライチェーンの強化、自動車、電機、エネルギーなど幅広い産業界にもプラスの影響をもたらすと予想される。政府保証でラピダスの製造技術向上ペースが加速することは、中長期的なわが国経済の実力に欠かせない要素となるはずだ。

----------
真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
----------

(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)