ディスコやクラブでは大音量で流れる音楽に合わせて人々が踊っていますが、1970年代、音を外に流さず、各自でイヤホンやヘッドホンを着用してDJがラジオチャンネルにセットしたプレイリストを聞く「サイレントディスコ」が生まれました。イギリスのオックスフォード大学およびフィンランドのユヴァス​​キュラ大学で音楽と心や身体、脳の関係などを専門とする博士研究員を務めるジョシュア・S・バンフォード氏は、人々が音楽にノることで絆を深める理由を「サイレントディスコ現象」と呼んで説明しています。

Silent disco: why dancing in sync brings us closer together

https://theconversation.com/silent-disco-why-dancing-in-sync-brings-us-closer-together-219208



サイレントディスコは騒音規制対策として1970年代に誕生し、現代でもアメリカやヨーロッパでイベントが開催されています。以下のムービーはQuiet Eventsというイベント会社が2023年11月に投稿したハロウィンパーティの様子で、200人近い参加者が街中でパレードをしていますが、全員がヘッドフォンを着用することで大きな音で音楽を流す必要なく音楽を共有している様子がよくわかります。

Subway Quiet Clubbing / Silent Disco Party powered by Quiet Events - YouTube

バンフォード氏によると、サイレントディスコの体験は、音楽性の進化とリズミカルな能力をより深く理解するのに役立つ可能性があるとのこと。ダンスフロアに音楽が流れている場合、基本的には聞こえてくる同じ音楽を同じタイミングで受け取っているため、目の前にいる人と動きを同期させることができます。しかし、サイレントディスコの場合は目の前の相手が同じ音楽をまったく同じリズムで聞いているかどうか正確に理解することはできません。

バンフォード氏らが実施した研究では、ペアの参加者にそれぞれヘッドホンをつけさせ、同じ音楽を聴いてもらいました。ペアはダンスパートナーとして簡単なダンスを行い、その間にそれぞれの参加者に気付かれないように、研究者らは音楽に遅延を入れて2人が聴いているパートがズレるようにしました。結果として、参加者はいつ音楽のタイミングがズレたかを把握していませんでしたが、ズレが生じていない「音楽を共有していた時間」を好ましいと評価しています。また、同期した音楽を聴いている時間の方が、ペアの参加者はお互いの方をよく見ていたそうです。



2016年にオックスフォード大学心理学科が発表した論文でも、見知らぬ人同士が「同期して動く」ことで社会的絆を形成することを実証しています。その際にもバンフォード氏らの実験と同様に、グループの参加者がそれぞれヘッドホンで音楽を聞く「サイレントディスコ式」で同期の状態を調整する形が採用されており、同期した音楽を聴いてダンスをシンクロさせることで、幸福ホルモンのひとつであるエンドルフィンを分泌するシステムを刺激する可能性があると研究者らは結論付けました。

そのため、バンフォード氏は「同期して動くと、社会的な絆が強まる効果があり、人々はお互いをより好きになる」という現象のことを「サイレントディスコ現象」と呼称しています。同じ現象を実証した2009年の研究では、指をタップするような小さな動きでも、対人での親近感につながることが示されています。

一方で、このサイレントディスコ現象と正反対のことが起きているのが、ビデオ通話ツールを用いることで発生する「オンライン会議疲れ」だと、バンフォード氏は指摘しています。オンライン会議疲れが発生する理由としてしばしば挙げられるのが「会話のリズムが対面での会話と大きく異なる」という点。会話の流れをつかみにくく頻繁に中断されたり、会話に挟まるわずかな時間的遅延が我慢できなくてイライラしたりするのは、サイレントディスコで音楽を同期している状態と正反対であるとバンフォード氏は述べています。

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さらに、オックスフォード大学のパトリック・E・サベージ氏らは2020年に発表した論文で、音楽と社会的絆について興味深い洞察を示しています。音楽で他人と同調(同期)すると幸福ホルモンであるエンドルフィンを誘発して「気持ち良い状態」になるため、同期した相手を好ましく思い、社会的に重要なグループを形成できたり、グループの意志統一につながったり、友人やパートナーなどを選ぶ動機になったりします。したがってサベージ氏らによると、音楽性というものは人類の社会システムが祖先の霊長類などと区別される重要なポイントであり、音楽は「社会的絆のための共進化システム」として進化してきたと考えられるとのこと。

バンフォード氏は「世界中の多くの人々が孤独に苦しんでいる時代こそ、人々がどのようにして社会的な絆を築き、維持しているのかを理解する事が重要です。ひとつ確かなことは、音楽とダンスが今日の社会において重要な社会的機能を持っているということです」と語っています。