ヨーロッパ北部に位置するフィンランドは、国際連合の世界幸福度ランキングで7年連続で1位を獲得するなど、国民の幸福度が高い国として有名です。ところが、スウェーデン・ルンド大学の組織心理学博士課程に在籍するアウグスト・ニルソン氏は、国民幸福度を算出する指標は「富と権力」を重視しすぎていると指摘しています。

The Cantril Ladder elicits thoughts about power and wealth | Scientific Reports

https://www.nature.com/articles/s41598-024-52939-y



Finland is the happiest country in the world - but our research suggests the rankings are wealth and status-oriented

https://theconversation.com/finland-is-the-happiest-country-in-the-world-but-our-research-suggests-the-rankings-are-wealth-and-status-oriented-226521

近年は経済成長だけでなく国民の「幸福度」を重視する政府が増えつつあり、国際連合が発表する世界幸福度ランキングは自分たちの国がどれほど幸福なのか、世界トップクラスに幸福な国はどこなのかを知る機会となっています。

この世界幸福度ランキングは、アメリカの世論調査会社であるギャラップが収集する幸福度調査の結果を基に発表されていますが、この幸福度調査は「キャントリルの階梯(かいてい)」と呼ばれるシンプルかつ強力な質問に基づいているとのこと。

キャントリルの階梯とは、アメリカの世論研究者であるハドレー・キャントリルが考案した人生の満足度や幸福度を測る方法です。調査でキャントリルの階梯を用いる場合、被験者には一般的に以下のような文言が与えられ、幸福度を自己申告します。

「最下段から最上段まで『0』〜『10』の番号が割り振られたはしごを想像してください。はしごの一番上はあなたにとって可能な限り最高の人生を表し、一番下はあなたにとって可能な限り最悪の人生を表しています。あなたは今、はしごのどの段にいると思いますか?」

キャントリルの階梯で気になることとして、「はしごの最上段が一体を表しているのか?」という点が挙げられます。最上段の自分が得ているであろう対象は人によってまちまちであり、ある人にとっては「お金」かもしれませんが、別の人にとっては「家族」かもしれません。



そこでニルソン氏らの研究チームは、イギリスの約1600人の成人を対象にして、キャントリルの階梯が表すものを探る実験を行いました。被験者らは5つのグループに分けられ、それぞれ以下のような質問について、最も良い状態が何を表しているのか回答しました。

◆1:キャントリルの階梯そのままの質問。

◆2:キャントリルの階梯から「はしご(ladder)」の比喩が除かれ、「スケール(scale)」という言葉に置き換えた質問。

◆3:キャントリルの階梯からはしごの比喩と「一番上」「一番下」といった用語を除いた質問。

◆4:キャントリルの階梯からはしごと上下の比喩を除き、「可能な限り最高の人生」というフレーズを「最も幸せな人生」に置き換えた質問。

◆5:キャントリルの階梯からはしごと上下の比喩を除き、「可能な限り最高の人生」というフレーズを「最も調和の取れた人生」に置き換えた質問。

実験の結果、「◆1」のグループでは被験者が「権力」「富」といったものを連想しがちだった一方、はしごの比喩が取り除かれた「◆2」「◆3」のグループでは「富」「金持ち」といった言葉ではなく、「経済的安定」といった観点を持つようになったことが判明。

さらに、人生の幸せや調和に焦点を当てた「◆4」「◆5」のグループでは、被験者は他のグループよりも権力や富についてあまり考えていませんでした。その代わりに、人間関係・ワークライフバランス・メンタルヘルスなど、より広い意味でのウェルビーイングについて考える傾向があることがわかりました。



また、研究チームは被験者に「『0』〜『10』のどこにいたいと思うか」についても尋ねました。研究者はしばしば「被験者はキャントリルの階梯で当然『10』を求める」と考えがちですが、この点について実際に調査した人はニルソン氏が知る限りいなかったとのこと。

調査の結果、どのグループでも過半数が「10」と回答することはなく、被験者が最も望む地点は「9」だったことがわかりました。また、キャントリルの階梯をそのまま尋ねた「◆1」のグループでは、「9」ではなく「8」を望む被験者が最も多いことも判明しました。

キャントリルの階梯で被験者が「10」や「9」よりも低い「8」を望んだのは、はしごの比喩が権力や富について考えさせたからではないかとニルソン氏は指摘。つまり、人々は「権力や富を手に入れるためには人間関係やメンタルヘルス、ワークライフバランスなどを犠牲にする必要がある」と思っており、それらを犠牲にしてまで「10」にたどり着きたくないと考えた可能性があるというわけです。



今回の結果は、決してフィンランドの人々が不幸だと示すものではありません。しかし、世界幸福度調査で用いられるキャントリルの階梯が広い意味でのウェルビーイングや幸福ではなく、「権力」や「富」に偏った指標になっている可能性を示唆しています。

ニルソン氏は、「私たちの研究結果は、研究者がどのような幸福感を測定したいのかという点に疑問を提起しています。人の考える幸福は研究者が決められるものではありません。だからこそ、研究者は人々に幸福の概念について尋ねなければならないのです」と述べました。