遠藤航が就いた日本人サッカー選手史上の最高位 リバプールだから可能だった出世劇
香川真司が所属していたマンチェスター・ユナイテッド、宇佐美貴史が所属していたバイエルン・ミュンヘン、久保建英のかつてのレンタル元、レアル・マドリード......。遠藤航がアンカーとして活躍する現在のリバプールも、それらのクラブと肩を並べる大きなクラブである。しかし、確実に出場機会を得ているという点で、遠藤は他の選手の追随を許していない。日本人サッカー選手史上、最高位に就いた選手といえる。
世界のサッカーファンの多くが、日本代表キャプテンの存在を知っている。この事実は日本サッカー界の大きな財産だ。最高の宣伝マンでもある。
プレミアリーグで熾烈な優勝争いを繰り広げているリバプールの遠藤航 photo by Reuters/AFLO
半年ほど前までは、知る人ぞ知る存在だった。ブンデスリーガでプレーした4シーズン(2019−20から2022−23まで)、所属のシュツットガルトは2部2位→1部9位→15位→16位と低迷。国別ランク上位のプレミアリーグに置き換えれば、それは2部(チャンピオンシップ)の成績に相当するだろう。
そこから今季、遠藤はプレミアのトップクラブで6度の欧州制覇を成し遂げた世界的クラブにジャンプアップしたわけだ。"2階級特進"という形容でも及ばない大躍進である。しかも、右肩上がりを期待される若手の可能性に懸ける先物買いではない。遠藤は現在31歳。チームではフィルジル・ファン・ダイク(32歳)に次ぐ年長者だ。
その意味で遠藤の"出世"は、サッカー界において特異に見える。似たようなケースを探すのは、世界的にも簡単なことではない。
日本人のサッカーファンで、この飛躍を予想した人はどれほどいるだろうか。リバプール入りした当初は、何を隠そう、筆者もかなり疑っていた。実際、12月の中旬まで、遠藤は危うい立場にいた。ヨーロッパリーグ(EL)のトゥールーズ戦、ユニオン・サン・ジロワーズ戦と敗れた2試合では、スタメンを飾ったもののミスを連発。いずれも前半で交代を命じられていた。アジアカップに出場している間に、居場所はなくなっていそうなムードさえあった。
【小野伸二、中田英寿と比べると...】
そこからの挽回である。現在ではむしろ出場過多。次戦を考え、年齢を考えたとき、それは酷使ではないかと、逆にユルゲン・クロップ監督に文句を言いたくなるほどだ。
現在の遠藤は、リバプールのアンカー=ワンボランチというポジションにスッポリときれいに収まっている状態だ。リバプール級のクラブはもちろん、もう少し下位クラブでも、いまや各ポジションにスタメン候補は複数いて、ターンオーバー制を敷くのが一般的だ。リバプールもほかのポジションにはそうした環境が用意されているが、アンカーは例外だ。現在、遠藤にこれといったライバルは見当たらない。これも珍しい話である。
身長178センチは、欧州サッカー界においては小柄な部類に入る。それでいて、シュツットガルト時代、ブンデスリーガのデュエル王なる称号に輝いた過去があるが、理想をいえば、もう数センチ上背がほしいところだ。ポジションに求められる適性に必ずしもマッチしているわけではない。
また、デュエル王とはいえ、それは文句なしのトップアンカーの看板とは言えない。ボールを奪うばかりが今日的なアンカー像ではないからだ。ゲームメーカー、司令塔の象徴だった10番系の選手が、半ばアタッカーと化したため、その司令塔的な役割も守備的MFに委ねられるようになっている。
後方で構える司令塔。こうした今日のアンカー像に遠藤は最適な選手かと言われれば、ノーだろう。もうひと息だが、うまさに欠けた。
日本はかつてうまい選手の宝庫だっただけによくわかる。小野伸二、中村俊輔、中田英寿、藤田俊哉、名波浩、遠藤保仁、中村憲剛......彼らと比較したとき、遠藤に足りない要素は鮮明になるだろう。
実際、小野、中田、名波、遠藤保らは守備的MFでプレーしたこともある。低い位置で鮮やかな技巧を発揮した。そうした魅力に遠藤は決定的に欠ける。
これまで日本人が海外で活躍する条件は技巧だった。それに日本人特有の俊敏性が加わり、やがてドリブル&フェイントに長けたウインガーの商品価値も高まっていった。中盤に好素材がひしめき「中盤大国」と言われた時代から、いつしか「ウイング大国」に切り替わった。現在はウイングこそが好素材が最もひしめき合うポジションになる。
【超優良物件だったリバプールのアンカー】
代表格は三笘薫で、だから彼がリバプールに買われていったのなら腑に落ちる。なぜ遠藤だったのか。31歳のベテランが、シュツットガルトから2階級特進をはたし、リバプールのアンカーに収まる姿は、奇跡的と言いたくもなる。監督の感覚に委ねられる部分が大きい、サッカーならではの事例と言うしかない。
もし遠藤の移籍先がマンチェスター・シティだったなら、ロドリに先んじることはできなかっただろう。現役時代、技巧派のアンカーとして知られたジョゼップ・グアルディオラ監督のお眼鏡に適ったとは思えない。マンチェスター・ユナイテッドでも難しかっただろう。欧州のトップチームだった10年前と違い、現在の同チームはCL出場もおぼつかないプレミアの第2グループだ。ファンの想いと現実とのギャップが、ちょっとした問題に火をつけ拡大させる可能性が常にある。
バイエルンでも難しかったと思われる。ドイツ国内に明確に存在する上下関係が、2階級特進の妨げになったはずだ。また、スペインの上位クラブの場合は、よりうまさを要求される。久保建英効果はあるが、日本人選手に対する偏見も少なからず残っている。
そういう意味でリバプールのアンカーという職は、遠藤にとって超優良物件だったのだ。
加入が今季であったことも幸いした可能性がある。リバプールは昨季のプレミアで5位に沈んだため、今季は2016−17シーズン以来、7シーズンぶりにチャンピオンズリーグ(CL)出場を逃した。ELを戦っているわけだが、ELとCLとの間にはレベル差がある。
そのELでリバプールは英国のブックメーカー各社から大本命に推されている。ELのグループリーグを戦った3チーム(サン・ジロワーズ、トゥールーズ、LASK)は紛れもなく格下だった。サッカー界にはカップ戦要員という言葉がある。イングランドで言えば、たとえばリーグカップには出場機会の少ない選手を送り込む。CLやプレミアに比べると落ちるメンバーで臨もうとするが、リバプールにとってはELも、国内カップ戦に近い位置づけになる。
移籍した直後、プレミアリーグでは出場機会に恵まれていなかった遠藤が、ELでは先発を飾った理由である。リバプールはELをカップ戦要員で戦ったのである。そのグループステージでリバプールは首位通過を果たしたものの、2敗している。2敗する余裕があったと言うべきだろう。
サン・ジロワーズ戦とトゥールーズ戦で、遠藤は前半の45分でピッチをあとにしたと述べたが、その不出来に目をつぶる余裕がリバプールにはあった。遠藤はELでも育てられることになったのだ。遠藤の株が上がり始めたのはELのグループリーグ終了後だった。
実際、遠藤のプレーには変化が起きている。うまくなっているのだ。前方につけるパスだけでなく、創造性の高いひねりの利いたしゃれたパスを送るシーンが目につくようになっている。いまやデュエル王で片づけるわけにはいかなくなっている。
もちろんELも、これから始まる準々決勝以降のトーナメントは厳しい戦いが予想される。それにプレミアの優勝争いが絡む。遠藤にとっては正念場である。
CL出場が確実視される来季しかり。欧州リーグランク1位のプレミアリーグと欧州最高峰リーグのCL。このふたつのコンペティションで、コンスタントにスタメンを飾ることができれば立派なものだ。この山を乗り越えると、選手としてさらにひと皮剥けることになる。
日本人ナンバーワン選手として別次元を行く偉大な選手になれる。本当の勝負はこれからの1年余り。筆者はそう見ている。