関連画像

写真拡大

世界平和統一家庭連合(旧統一教会)による霊感商法や高額献金の被害救済について、新たな動きが出てきた。母親が1億円以上の献金被害に遭ったとして、教団に損害賠償を求めた女性の裁判で、最高裁が3月18日、6月10日に弁論を開くことを決定したのだ。

最高裁は判決や上告棄却の決定のみを下す場合が多く、弁論を開くケースは非常に限られており、これまで地裁、高裁と被害者側が敗訴していた判決が見直される可能性が出てきている。その背景には、教団が損害賠償を妨げるために使っていた「念書」の存在があった。(ジャーナリスト・宮原健太)

●「損害賠償請求を一切行わない」念書に署名捺印

「最高裁にはこの訴えについて正しく評価して欲しい。今後の被害者救済にもつながるような内容になってもらいたい」

母親が1億円以上の高額献金の被害に遭った中野容子さん(仮名、60代)は3月26日、国会で開かれた旧統一教会についての野党ヒアリングに出席し、切実に訴えた。

中野さんは2017年、献金被害について教団側に1億8000万円あまりの損害賠償を求めて東京地裁に提訴したが、2021年に敗訴。その後、控訴した東京高裁でも2022年に訴えが退けられた。その後、請求のうち6500万円あまりについて上告していた。

敗訴した背景には、被害に遭った母が教団から「損害賠償請求を一切行わない」とした念書に署名捺印させられていたという事情がある。

だが、この念書を根拠に損害賠償が認められなかったこれまでの判断が、最高裁で覆るかもしれないのだ。

中野さんが母の献金被害に気付いたのは2015年のことだった。

もともと中野さんの父は資産運用をするなどしており、長野県の実家には一定の財産があると見られていたが、2009年に父が亡くなった際にはほとんどお金が家に残っていなかった。

当時から不審に感じていた中野さんだったが、詳しく聞くことはせずに年月が経ち、父の七回忌のタイミングで母に「どうして財産が残ってなかったんだろう。お父さんが最後は運用に失敗しちゃったのかなぁ」と何気なく話を振ると、「失敗したんじゃない、私が寄付しちゃった」と思いもよらない言葉が返ってきた。

詳しく話を聞くと、母は2004年ごろから旧統一教会に入信し、これまでに1億円以上の献金を繰り返してしまったというのだ。父の財産に手を付けただけでなく、土地まで売って献金に充てていたという。

●裁判では念書の存在が大きな壁に

中野さんは弁護士に相談し、旧統一教会に対して献金の返還を要求したが、教団側は不起訴合意が成り立っていると主張。その中で出してきたのが、母が署名捺印してしまった念書になる。

念書には「返還請求や不法行為を理由とする損害賠償請求など、裁判上・裁判外を含め、一切行わない」と書かれており、わざわざ公証役場からの認証まで受けていた。

このまま献金を巡る争いは訴訟にまで発展したが、地裁や高裁でも念書の存在が大きな壁として立ちはだかった。

しかも、地裁における裁判では、教団側が母に念書について質問している様子がビデオ撮影されていたことも明らかになり、そこには母が「返金請求することになっては断じて嫌だということですね」などという質問に、単調に「はい」と答える様子が映し出されていた。

母は念書を書いた約半年後にアルツハイマー型認知症と診断されており、中野さんたち原告側は「母は86歳と高齢で十分な判断能力がなかった」と訴えたが、残念ながら主張は受け入れられずに敗訴を重ねる形となった。

●「寄附の返金を求めない旨の念書は、民法上の公序良俗に反するもの」

しかし2022年7月8日に起きた、安倍晋三元首相に対する銃撃事件で状況は一変した。

事件を起こした山上徹也被告人は犯行の動機について「旧統一教会への恨みがあった」などと供述し、教団と自民党の関係のほか、高額献金や霊感商法の被害について改めてクローズアップされるようになった。

こうした中、中野さんの被害も国会で紹介され、返金を妨げるような念書の存在についても議論になっている。

2022年11月29日に開かれた衆議院予算委員会では、立憲民主党の山井和則議員による「念書を書かせること自体が悪質で、旧統一教会の献金は全額返金されるべきではないか」などという質問に対して、岸田文雄首相が「念書を作成させ、あるいはビデオ撮影をしているということ自体が勧誘の違法性を基礎付ける要素の1つとなり、民法上の不法行為に基づく損害賠償請求が認められやすくなる可能性がある」との見解を示した。

つまり、念書は損害賠償請求を妨げるどころか、違法性を高めて賠償を認められやすくする証拠として捉えられるようになったのだ。

同年に成立した旧統一教会被害者救済法案では、不安を抱かせて行われた献金などを取り消す「取消権」が新たに認められたが、施行前の事案には適用することはできないとされたため、中野さんの被害は救済の対象外となってしまった。

しかし、この救済法について解説した消費者庁の資料でも念書について触れられ、「寄附の返金を求めない旨の念書は、民法上の公序良俗に反するものとして、無効となり得る」とした。さらに、岸田首相の答弁と同じく「『返金逃れ』を目的に個人に対して念書を作成させ、又はビデオ撮影をしていること自体が法人等の勧誘の違法性を基礎付ける要素となるとともに、(中略)損害賠償請求が認められやすくなる可能性がある」とまで明文化されている。

念書に対する国の見解は中野さんの地裁、高裁で敗訴した頃とは大きく変わったと言えるだろう。

最高裁の弁論は、こうした事情に鑑み、地裁と高裁の判決を見直すために設けられたのではないかと期待されている。

●母が死去、「裁判に勝ったと報告したかった」

中野さんの訴訟を担当している木村壮弁護士は「そもそも訴えを起こさせないという合意は司法の救済を受けさせないというものになるので、非常に権利の制限が大きい。こういったものの有効性について最高裁がきちんと判断を示すことは、今後の被害救済にとっても重要だろう」と指摘する。

中野さんの母は2021年7月に91歳で亡くなった。

認知症が進んだ母は介護施設に入り、さらにコロナ禍のため面会が大きく制限され、ビデオ通話で十分に意思疎通ができないまま亡くなってしまったが、それでも中野さんは「裁判に勝ったと報告したかった」と悔しい思いを抱えている。

旧統一教会によって人生を狂わされてしまった今回の事案に対して、最高裁はどのような判断を下すのか。まずは6月に開かれる弁論に注目が集まっている。