掲載:THE FIRST TIMES

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▼鈴木愛理- 恋におちたら feat. 空音 & ☆Taku Takahashi / THE FIRST TAKE
https://youtu.be/TXjmR26MmRE?si=7q1wmVt4BBikR69F

NEWS 鈴木愛理、平成を代表するラブソングの名曲「恋におちたら」をカバー! MVも公開

■2024年におけるY2Kリバイバルの存在

昨今のワールドワイドな音楽のトレンドを眺めた時に、多ジャンルにわたるY2Kリバイバルにより、90~00’sのR&Bや、イギリスのクラブ/レイヴシーンで流行していたガラージやジャングル、ドラムンベースに再び脚光が当たっている。

その当時、日本にも同様のムーブメントがおこり、現在20代後半の私は無意識的にそれらを掠めて育ってきたが、リバイバルが起こっている今だからこそ、それらの音楽は眠っていた財宝のように再び輝きを放ちつつある。

00年代はまだまだCDのセールスに活気があり、握手券ビジネス前夜の比較的にはより“音楽”で勝負していた時代。テレビのコマーシャルソングは今よりもタイアップソングが多く、当時は洋楽のポップソングも多く起用されていたが、今になってみるとそれらと並列して流れていても決して劣ることのない強度を持っていたし、ドラマの主題歌となった曲は、その作品と強い結びつきを持って長く愛され続けている。

先日、鈴木愛理がリリースした「恋におちたら」は、これらの文脈を掻っ攫うかのような1曲だ。この曲は、Crystal Kayが2005年にリリースした楽曲でのカバーで、原曲は草なぎ剛が主演した同名の人気ドラマの主題歌として起用され、約20年の年月が経った今もなお色褪せず、女性が歌うカラオケの定番曲としても親しまれている。

▼クリスタル・ケイ「恋におちたら」MUSIC VIDEO

■鈴木愛理『恋におちたら feat. 空音 & ☆Taku Takahashi』とはどんな存在なのか

そんな国産R&Bの名曲を、m-floのメンバーで、トラックメイカーである☆Taku Takahashiがリアレンジ。2001年、日本に2ステップガラージを広く知らしめたm-flo「come again」のスキームに、「恋におちたら」をはめ込んだかのような今回のアレンジは、当たり前のように素晴らしい仕上がりである。

▼鈴木愛理『恋におちたら feat. 空音 & ☆Taku Takahashi』(Music Video)

ただ、近年のベッドルームに根差したガラージ/ドラムンベースブームの旗手であるPinkPantheressや、それを踏襲してデビューから1年でK-POPの新たな顔役となったNewJeansなどのように、Justin Bieberが源流にある“歌い上げない”という、モダンな歌唱のプロダクションが施されているのが最大の特徴と言ってもいいだろう。

8歳から23歳までの15年間、ハロープロジェクトに所属して培われたポテンシャルを持つ鈴木愛理だが、彼女が影響を受けてきたという宇多田ヒカルを思わせるような、いい意味で“雑味”を含んだ歌唱が聴ける。“歌い上げない”というのは、所謂ディーヴァ的な歌唱力がなくてもできる芸統かと思われがちだが、より繊細なニュアンスが要求される歌唱だからこそ、ディティールの部分でその歌手のポテンシャルがバレやすく、それによって曲の出来が左右される。アイドル活動期で培ったものは“シンガー 鈴木愛理”としての根底にあり、新たな一面をより輝かせるものになっているのは間違いないだろう。

また、この柔和ムードを持った今回のバージョンに合わせるように、ラップパートを務める空音は、原曲との整合性を取りながらも、若干23歳の彼ならではの現代を生きる若者らしい目線を加えつつ、当時の人が聴いたとしても共感を与えられるようなリリックを、優しく語りかけるようなフロウに乗せて楽曲に花を添え、「come again」で言うところのVERBALの役割を完遂している。00年代の重要なマテリアルをパッケージングした、とてもウェルメイドな1曲となった

▼m-flo / come again

■ナードカルチャーがもたらした影響

この曲が日本から発信されるのは、非常に重要性がある。というのも、先述のように90~00年代前半のR&Bが世界的に再発見されようとしているからだ。

ノースロンドンを拠点にし、アンダーグラウンドで注目と信頼を集めるアーティスト、ロレイン・ジェームズが、世界屈指のインターネットラジオ『NTS Radio』にて、『JAPAN 2000S R&B SPECIAL』と銘打ったプログラムを披露した。そこではCrystal Kayや宇多田ヒカルはもちろんのこと、山口リサやSowelu、MINMI、Doubleなどの本格派シンガーや、F.O.H.やJ SOUL BROTHERSのようなボーカルグループがピックアップされていた。世界的に日本のシティポップが再評価を得たように、新たに日本のR&Bに脚光が当たるのは時間の問題だろう。

▼『JAPAN 2000S R&B SPECIAL』
https://www.nts.live/shows/loraine-james/episodes/loraine-james-18th-january-2024

ロレイン・ジェームズのように、日本のR&Bや、m-floのようなJ-POPにおけるガラージ、ジャングル、ドラムンベースに視線を送る世界のDJやプロデューサーには共通項がある。それは、彼らが所謂“ナード”や“ギーク”、日本で言うところの“オタク”であり、日本のゲームやアニメと共に育ったというアイデンティティだ。

昨年、名作ゲーム『サルゲッチュ』の寺田創一によるサウンドトラックが海外でリイシューされたが、ゲームソフトというデータ容量やビットレートに制限がある中で作られた、その独特なドラムンベースサウンドが注目を集めている。特に、『リッジレーサー』や『グランツーリスモ』のようなレースゲームにおいて、疾走感のあるドラムンベースやジャングルを用いた楽曲は重宝されていた。多くの日本人音楽家が、没入感を促す印象的なゲーム音楽を残してきたが、ゲームをプレイする中で繰り返し耳に入り、ゲーム体験とリンクすることで、それらは数多くのデジタルネイティブ世代の音楽家達に影響を与えることとなった。

ひとつの例として、\$(Kanye West & Ty Dolla $ign)による話題作『VULTURES 1』で、プロデューサーとして大活躍した、ボルチモア出身のラッパー・ジェイペグマフィアは、「BALD!」という楽曲で、高橋コウタが作曲した『リッジレーサー』のサウンドトラックをサンプリングしている。

▼JPEGMAFIA - BALD!

☆Taku Takahashiが主宰する、インターネットラジオ/音楽メディアの『block.fm』でも取り上げられたが、現在、ニューヨークでは“NYCガラージ”というシーンが形成されている。ガラージやドラムンベース、ジャングル、ジャージークラブといった、トレンドのビートミュージックが飛び交うヒップなシーンなのだが、代表的な存在であるgum.mp3やSwami Sound、dazexdといったデジタルネイティブ世代のDJ/プロデューサーたちは、漏れなくナードカルチャーに多大な影響を受けている。

▼『block.fm』
https://block.fm/news/swami-sound-interview

この世代のオタク達の記号的なゲーム作品として、ディズニーとスクウェア・エニックスがタッグを組んだ『キングダム・ハーツ』がある。この作品の主題歌として「光」が起用されたことで、宇多田ヒカルは世界的な存在になったし、「光」は全世界のゲームファンにとってのアンセム中のアンセムとなった。

▼宇多田ヒカル - 光

そして今、宇多田ヒカルは90~00’s R&Bの文脈で再訪されることとなり、宇多田ヒカルが触媒となることで、m-floが先述のプロデューサー達に必然的な形で発見されることにもなった。m-floのSpotifyにおける人気曲の上位に、宇多田ヒカルの「Distance (m-flo Remix)」があるのは、それらの界隈でm-floが聴かれている証拠である。それに、☆Taku Takahashi自身も非常にナードカルチャーに精通しているし、そのマインドはサウンドにも多大に表出しており、彼らに刺さるのは必然的なのである。

▼Distance (M-flo Remix)

■「恋におちたら」に見るデュエット曲の変化

ここまで、今回の鈴木愛理による「恋におちたら」が、いかに世界的な音楽のトレンドと呼応しているか、このタイミングで日本から発信するものとして重要かということを述べてきたが、今作はまた近代J-POP史のひとつの雛型として存在する、“女性シンガーと男性ラッパーによるデュエット曲”という文脈にあらたな流れをつくり出す可能性もはらんでいる。

m-floの「come again」はもちろんのこと、SUGAR SOULとDragon AshのKjによる「GARDEN」や、Dragon AshにACOとZEEBRAが客演した「Grateful Days」など、ラッパーという存在が今ほどに多くはなかったということもあるが、00年代初頭にはカッティングエッジな若い才能にしか実現できない、新鮮でオシャレな音楽として受け入れられた。
▼Garden (feat. Kenji)

00年代後半~10年代にかけては、青山テルマとSoulJaの「そばにいるね」や、加藤ミリヤと清水翔太の「LOVE FOREVER」、JUJUとSpontaniaの「素直になれたら」などなど、挙げればキリがないほど“女性シンガーと男性ラッパーによるデュエット曲”のヒットが連発し、それらで溢れていた。これらは、主に中高生に愛され、その時代を呼び起こさせる音楽になったが、この伝統は平成の終わりと共にひとつの区切りを迎えた。

▼青山テルマ feat.SoulJa / そばにいるね

▼加藤ミリヤ×清水翔太 『Love Forever』

▼JUJU 『素直になれたら feat. Spontania』

鈴木愛理による「恋におちたら」は、“女性シンガーと男性ラッパーによるデュエット曲”の源流をたどりつつも、空音のパートではジャージークラブのビートが挿し込まれていたり、YOASOBI以降と言ってもいいモダンなJ-POPの音像となっているし、歌詞も、原曲にあるタイムレスな恋愛観に迎合するように、空音の綴るリリックはあるカップルの日常的な普遍性が込められている。男女のデュエットではあるが、その一対一の関係を男女に限定してはおらず、“俺が守る”というような男性性を廃し、“支え合う”という関係性をキャプチャするのに徹底しているのも非常に説得力がある。現代的な恋愛観とトレンドのサウンドを兼ね備えたこの曲は、J-POPにおけるデュエットラブソングの文脈を更新する契機になりえると思うのだ。

TEXT BY hiwatt

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