家系なのに「二郎系ラーメン」、タブー破った背景
今年の2月から、「家系ラーメン 箕輪家」で二郎系のラーメン「まるじろう」が提供され、SNSを中心に大バズリしている(筆者撮影)/外部サイトでは写真をすべて見られない場合があります。本サイト(東洋経済オンライン)内でご覧ください
二郎系ラーメンと横浜家系ラーメン。熱狂的なファンを持つ中毒性の高いラーメンとしては、この2つは双璧ではないかと思う。
三田の「ラーメン二郎 三田本店」を総本山とし、インスパイア系も含めて全国的に広がる二郎系ラーメン。豚骨と肉ダシのスープに極太麺、山盛りの野菜、巨大な豚、さらにニンニクと背脂を加えるのがお決まりだ。
そして横浜の「吉村家」を総本山とする横浜家系ラーメンは、豚骨スープに鶏油を効かせ、太めの平打ち麺を合わせた一杯。チャーシューにほうれん草、ノリ3枚がお決まりだ。
どちらも長い伝統を持ち、強烈なその個性もあり、二郎系と家系が混ざり合うことなどありえないと暗黙のタブーのように考えられてきた。
そんな中、今年の2月から中野にある「家系ラーメン 箕輪家」で二郎系のラーメン「まるじろう」が提供され、SNSを中心に大バズリしている。「うますぎる」「革命的だ」など称賛の声が多数集まり、“家系×二郎”という大きな壁が崩される瞬間がついに訪れたかとラーメン業界で話題になっている。
どのようにして「まるじろう」は誕生したのか。背景を取材した。
満を持して限定ラーメンの開発をスタート
中野にある、「家系ラーメン 箕輪家」(筆者撮影)
「箕輪家」は2022年11月にオープンした、幻冬舎の書籍編集者でインフルエンサーの箕輪厚介さんがオーナーを務める横浜家系ラーメンのお店だ。今まで奇想天外な企画をたくさん仕掛けて成功をおさめてきた箕輪氏がどんな家系ラーメン店を作るのか注目が集まっていた。
店長は元自衛隊員で、箕輪さんのカバン持ちをしていた丸山紘平さん。高田馬場にある「博多ラーメン でぶちゃん」で修業の後、「箕輪家」をオープンした。
オープンして半年、昨年の春ごろから丸山さんは自分の名前を付けたラーメンを作りたかったという。しかし、まだ家系ラーメンのスープが安定していなかったのでペンディングになっていたが、11月頃からスープが安定的に作れるようになり、今年に入ってから試作を始めることになった。
さらに、今年の2月は雪の日も多く、かなり客足に影響が出て売り上げも低迷していた。「このままではマズイ」と満を持して限定ラーメンの開発をスタートした。
“売れる”ラーメンを作ろうと模索
元自衛隊員で、箕輪厚介さんのカバン持ち。異色の経歴を持つ丸山紘平さん(筆者撮影)
「箕輪家」の家系スープの旨味をさらに倍増させて。“売れる”ラーメンを作ろうと模索を始めた。
今までは師匠の「でぶちゃん」の甲斐店主や他のラーメン店主に相談をしてきたが、今回だけは自分で進めることにした。
家系のスープとともに、背脂、ウデ肉、バラ肉などをすべて一緒に煮込んでみると、分厚い旨味が感じられ、手応えがあった。
(筆者撮影)
肉ダシのスープで仕上げる濃厚ラーメンといえばまさに二郎系。このスープを使って、二郎系の限定ラーメン「まるじろう」を作り上げたのである。
もともと家系ラーメンを作るために作った豚骨スープに二郎系の肉ダシを合わせたまさにハイブリッドな一杯が生まれた。
「お客さんが喜んでくれることはやるべき」
インパクト大の一杯だ(筆者撮影)
2月中旬に発売を開始し、YouTuberの動画で口コミが一気に広がり、ネットニュースや箕輪さんのXの投稿などでどんどん拡散されていった。
「1日50人以上はお客さんが増えています。金土日はお客さんが倍になりました。半月で100万円は売り上げが伸びている計算です」(丸山さん)
SNSで一番バズった時には杯数は家系ラーメンの4倍の数が出ており、今でも倍近くは出ているという。家系ラーメン店でほとんどの客が二郎系を食べているという異様な光景になった。
家系ラーメン店で二郎系のラーメンを出すというのは暗黙のタブーだと思っていたが、「箕輪家」ではそんなことはまったく気にしていなかったという。
「お客さんが喜んでくれることはやるべきだとシンプルに考えています。『箕輪家』では今までもスナック営業や限定のカレー、麻婆豆腐などいろいろなことにチャレンジしてきました。『まるじろう』もその延長だと考えています」(丸山さん)
「おっさんの快楽」を女性にも開放
(筆者撮影)
実際スタートしてみると、美味しいという声が圧倒的に多く、意外とネガティブな意見は少なかった。創業時からずっと変化し続けている「箕輪家」だったからこそできたことかもしれない。
「やはり箕輪さんがやっている店というところも大きいのだと思います。常識をぶっ壊していこうという箕輪さんらしい考え方にも通ずるものだったのかもしれません」(丸山さん)
「まるじろう」の展開は箕輪さんの指示ではなく、丸山さんのオリジナルのアイデアではあるが、「箕輪家」らしいコンセプトだということでお客さんにも広く受け入れられたのだろう。箕輪さんは次のように語る。
「オープンの頃から、『有名人がやってるだけで中身がない』と言われたり、アンチにお店に行ってもいないのに口コミに1をつけられたりなど、散々叩かれた歴史があるので、もはやタブーも突破できるのかなと思っています。
『まるじろう』は女性のお客さんもとても多いです。女性も二郎を食べたかったけどハードルが高かったのかなと思います。私の好きなサウナもそうですが、おっさんの快楽を女性にも開放するとはやるのかなと思いました」(箕輪さん)
20年以上食べ歩きをしている筆者でも「新感覚」
(筆者撮影)
実際に「まるじろう」を作ってみて、改めて家系ラーメンの難しさを感じたという。
ニンニクや背脂でパワーを出す二郎系とは違い、スープとカエシのみで味を構成する家系ラーメンはスープの多少のブレが一気に味に影響してしまう。
「まるじろう」用に肉ダシをプラスしたスープを家系ラーメンにも使うことで、家系のほうも味がパワーアップした。
「刻みしょうが」もいい(筆者撮影)
家系をベースにしたスープで食べる「まるじろう」は、20年以上食べ歩きをしている筆者でも新感覚だった。
ドロドロ感は一切なく、じんわりとした味わいのスープに、茹で置きしないクタっと茹でられた野菜、さらに家系ラーメンでお馴染みの卓上アイテムを加えることで新たな味わいを生む。特に刻み生姜がこれほど二郎系に合うとは知らなかった。
暗黙のタブーを無邪気に崩す、イノベーティブな一杯
(筆者撮影)
師匠の「でぶちゃん」甲斐店主も、そのクオリティに驚いている。
「美味しくてビックリしています。家系×二郎というのはラヲタ(ラーメンオタク)的には拒絶なのでしょうが、一般ユーザーからしたら関係ないんだと思います。『つけ麺屋にラーメンもあるでしょ?』ぐらいの感覚かなと。
実績と評価が集まれば、ラヲタの常識は非常識になりますから。他業種の参入の面白みがこういうところに出ますね」(甲斐さん)
暗黙のタブーを無邪気に崩す「箕輪家」。イノベーティブな一杯は、美味しいからこそ受け入れられるのである。
(井手隊長 : ラーメンライター/ミュージシャン)