「マクラーレンの新たな頂点を目指して生み出されました」という750S(写真:マクラーレン・オートモーティブ・アジア 日本支社)

マクラーレンといえば、F1好きにはフェラーリと並ぶビッグネーム。一方で、市販のスーパースポーツカーを手がけている。

サーキット走行を念頭に置いた性能に加えて、自然物をモチーフにしたという有機的なボディや上に跳ね上がるドアなど、独自性のあるデザインも特徴だ。


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スーパースポーツカーには、日本でも熱心なファンが多い。しかし、フェラーリ、ランボルギーニ、ポルシェ、アストンマーティン……と、少なくない数のブランドが高額なプロダクトを投入している中で、マクラーレンはどんな勝算を胸に秘めているのか。

「720S」を進化させた「750S」

「マクラーレンのプロダクトは、機能美や徹底した作り込み(妥協のないエンジニアリング)等、本物志向の日本人の感性に共鳴する部分が多々あります」

そう語るのは、マクラーレン・オートモーティブ・アジア 日本支社の正本嘉宏代表。

「マクラーレンにとって日本の潜在市場は大きく、まだまだ開拓の余地があると考えています」とする正本代表の言葉どおり、新型車攻勢はグローバルで年間受注が2000台規模のメーカーにあって、かなり積極的だ。


有機的な曲線で構成されるのが、マクラーレンのスタイリングの特徴(写真:マクラーレン・オートモーティブ・アジア 日本支社)

日本でも2023年に750馬力のミドシップモデル、「750S」のクーペとスパイダー、同年12月には「GTS」が発表された。さらに、2024年2月27日には「アルトゥーラ・スパイダー」も追加されている。

アルトゥーラ・スパイダーをもって「新しい価値観のお客様へのアプローチを考えています」(正本代表)と、市場の拡大にも熱心に取り組むようだ。

その中で、私が2024年2月に試乗したのが、750Sクーペ。従来の「720S」の特徴を引き継ぎ、さらに性能を引き上げたモデルだ。4.0リッターV型8気筒エンジンの出力は30ps上がって、750ps(552kW)になっている。

3割におよぶ部品を新設計するなどして、車重を30kg軽減するとともに、「ボディ各部のデザインを見直し、空力性能を引き上げたことが、さらなる性能アップにつながった」とマクラーレンでは説明。

マクラーレン発表の数値を見ると、静止から時速100kmまでを2.8秒で加速。さらに、時速200kmに達するのも7.2秒とされている。「GR86」の静止から時速100kmまでが6.3秒だから、その速さは驚異的というほかない。


硬派なだけでなくラグジュアリー性も感じさせる750Sのインテリア(写真:マクラーレン・オートモーティブ・アジア 日本支社)

試乗の場所は、千葉県南房総市の「THE MAGARIGAWA CLUB(マガリガワ・クラブ)」なるプライベートサーキット。

720Sでは、市街地でも乗りやすいGT的な性格も強調されていたように私は思っていたが、750Sではいきなりサーキットが試乗の場に指定された。それだけ性能に自信があるということだろう。

マガリガワ・クラブのコースの特徴は、小さな曲率のカーブが多いことと、高低差が極端であること。短い距離で登りきったと思った途端に急勾配の下りがある、という具合。750Sは、そんなコースを予想以上に“生き生きと”走った。


THE MAGARIGAWA CLUBは曲率小さめのコーナーが連続して現れる(写真:マクラーレン・オートモーティブ・アジア 日本支社)

急なアクセルペダルの踏み込み、あるいは右足の力を緩めての減速、これらの動きに対する反応が実に素早い。それにブレーキは強力だ。だから、小さなカーブが連続するコースが、むしろ楽しく感じられる。

個人的な記憶をたどると、ハンドルを操作したときのいわゆるステアリングフィールは、720Sよりうんとよくなっているように感じられた。特にハンドルを握った手の平に、“どんな路面を走っていて”、“前輪がどこを向いているか”といった情報が、よりよく伝わってくるようになった。スポーツカーでは、とても大事な要素である。

美しさは「自然」から生まれる

750Sのもうひとつの魅力は、ボディスタイル。知っている人なら、たとえ新型を初見でも、すぐにマクラーレンだとわかるはず。そう言いたくなるほど、独自の個性がある。

「あぁ、これが750馬力のマクラーレン750Sね」と、路上ですぐ認知されることが重要だという同社のマーケティング/デザインコンセプトは、いいところをついていると私は思う。


フロントから取り込んだ風を使って前輪にダウンフォースをもたらす空力処理(写真:マクラーレン・オートモーティブ・アジア 日本支社)

かつてマクラーレンのデザインを統括していたロブ・メルビル氏が私に語ってくれたのは、「美しさとは、たとえ工業製品であっても、木の葉や波紋といった自然にインスピレーションを得たデザインから生まれる」ということだった。

750Sのデザインソースは、なんとホオジロザメだという。たしかに、フロント部分にボリューム感があり、そこからキャビンを経由してリアエンドにいたるまで、ぎゅっとしぼられていくような、水(空気)の抵抗が少なそうな、説得力を感じさせるカタチだ。

750Sでは、従来の720Sよりリアエンドを少し延ばすことで、より空力特性を向上させるとともに、テールパイプの位置を変更し、リアスポイラーの大型化を実行している。空力を追求していくと、クルマが生物に近づいていくようなイメージはおもしろい。


中央・上部に集約されたテールパイプも特徴的(写真:マクラーレン・オートモーティブ・アジア 日本支社)

空気の流れが、エンジン性能の向上にも大きな役割を果たすのは、ご存じのとおり。750Sは、マクラーレン車の常として乗員の背後にエンジンを搭載する、いわゆるミドシップスポーツのため、そこまで適切な量の冷却気を取り込み、同時に熱気を効果的に排出するための設計も重要なのだ。

本領発揮は「トラック」モードで

1.2トンの車重に800Nmもの強靭なエンジントルク。メーターのバイナクル(日除けのフード)に設けられたドライブモードセレクターで、市街地向けのドライブモードからスポーツに切り替えると、弾けるような動きが堪能できる。750Sの本領発揮ともいえ、私が好むモードだ。

サーキットでは、さらにその上の「トラック(サーキット)」というモードを選ぶと、左右の駆動輪の差動装置に制約が入るなど、コーナリング能力がさらに上がる。サーキットで楽しめることを強調するモデルだけに、これはすばらしい(けれど、市街地では使わないのが無難である)。


750Sの最高速度は時速332kmに達すると発表されている(写真:マクラーレン・オートモーティブ・アジア 日本支社)

全長4569mm×全幅1930mm×全高1196mmのボディと、2670mmのホイールベースの組み合わせ。サーキット走行を重視しているというだけあって、運転席からの視界はいい。周囲が把握できなければ怖くて速度を上げられないから、スーパースポーツカーにとって視認性の高さは重要なのだ。

マクラーレンでは、ユーザーを対象にサーキット走行を教えてくれる「ピュア・マクラーレン」なるイベントの日本開催も、2024年秋をめどに計画していると聞く。価格は3930万円という750Sを手に入れられる人は、ぜひサーキットを経験してみることを勧めたい。

(小川 フミオ : モータージャーナリスト)