老舗酒造メーカーが「ストロング系」に込めた思い
オエノンHDの西永裕司社長は「消費者が望む商品を提供するのが務め」と語る(撮影:ヒダキトモコ)
「1日当たり20グラム以上の純アルコール量の飲酒を続けると、大腸がんの発症リスクが上がる」
厚生労働省は2月19日、「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」を公表した。お酒に含まれる「純アルコール量」への着目が重要とし、1日当たりの飲酒量とそれに伴う疾患別の発症リスクを例示した。
同指針の発表に先駆け、適正飲酒を推進する観点からアサヒビールやサッポロビールは度数8%以上の、いわゆる「ストロング系」チューハイについて新商品を発売しない方針を発表。キリンビールも販売の是非を検討する考えを示している。度数9%の場合、350ミリリットル缶でアルコールを25.2グラム摂取する計算となる。
こうした大手ビールメーカーの対応について、中堅酒類メーカーはどう見ているのか。オエノンホールディングス(HD)は、1880年に浅草で開業した「みかはや銘酒店」(現在の「神谷バー」)や、民間初のアルコール製造を開始した日本酒精製造にルーツを持つ老舗だ。旗艦商品の焼酎や日本酒に加え、近年は缶チューハイにも力を入れる。ストロング系をめぐる状況について、西永裕司社長に考えを聞いた。
チューハイだけがやり玉に挙がっている
──厚労省の飲酒に関するガイドラインや、ストロング系の新商品開発をやめる大手ビール会社の方針について、どう捉えていますか。
基本的には、消費者が望む商品を提供するのがメーカーの務め。しかし厚労省からガイドラインが出された以上、企業の社会的責任として、当社も自社ブランド商品では8%以上のチューハイを今後発売しないこと、現在販売している9%のチューハイは7%以下にしていくことを早急に検討している。
業界ではチューハイだけがやり玉に挙がっているが、当社にはウイスキーハイボールにも9%の商品があり、7%商品への移行を検討している。ただ当社のチューハイ事業はPBの比率が高く、ここはオーナーの意向に沿った形で進めていく。
──ストロング系の市場が拡大したのはなぜでしょうか。
物価高が続き、節約志向が高まる中で、ストロング系は経済性豊かな商品という理由が非常に大きい。特にリーズナブルでコストパフォーマンスのよいものを飲む層に、ストロング系はよく飲まれている。
足元の需要はピークアウトし、年々縮小傾向にある。若年層のアルコール離れもあるし、これまで9%のチューハイを飲んでいた層が高齢化し、消費者が減ってきた。健康志向というよりも、9%まで必要なく7%でちょうどよいという理由からだろう。
われわれは今、アルコール度数5%以下の商品に注力している。若年層にも飲んでもらえるよう、度数の低いものを中心に商品開発してきた。9%は昔からのヘビーユーザーが飲んでおり、新規開拓する意図はここ数年なかった。PB商品も、PBオーナーが様子をうかがっている状況だと思う。
唯一の楽しみがお酒という人もいる
──オエノンHDとして、手の届きやすい価格のストロング系を販売してきた背景には、どんな思いがありますか。
仕事で大変な苦労をしても給料が安く、唯一の楽しみがお酒という方々がいる。高いお酒にはなかなか手を出せない中で、度数が高く手頃感のあるチューハイを心の拠り所にされる人もいたのだと私自身は思う。ささやかな楽しみを奪うのはいかがなものか。
その一方で、厚労省のガイドラインがあるなら、それは企業として対応するスタンスをとらざるをえないということだ。
──ストロング系を1日の終わりに1本飲むだけで、救われる人もいると。
いっぱいいる。そういう世界を全否定してしまうことが、私は悲しいというか。そういった方々の味方でいたいという気持ちはすごく強い。
私の実家は酒屋だった。東京では角打ちと言うが、(出身の)北海道では「もっきり」というものがある。私の原体験として小学生の頃、近くに2つ大きなゴム工場があった。
にしなが ゆうじ●1965年生まれ。1988年に合同酒精(現オエノンホールディングス)入社。2007年に合同酒精執行役員。2010年にオエノンHD、合同酒精取締役。2015年からオエノンHD代表取締役社長。2016年から合同酒精代表取締役社長(撮影:ヒダキトモコ)
そこの方々が、工場のお風呂に入ったあとに家に帰ればいいものを、うちに寄って一杯ひっかけてから帰る。皆さん、すごくおいしそうに飲む。焼酎をなみなみとついで、さらに梅シロップを上にかけて、1日の疲れをうちで癒やす。この一杯のお酒で心が救われるじゃないけれど。
そういうのを毎日のように見て、お酒っていろいろと言われる部分はあるにせよ、人を救っている面も多分にあるんじゃないの?という。これが私の原点。だから、そういう方々に喜んでいただくお酒を提供したいとの思いがある。中身もさることながら、価格もできる限りリーズナブルにご提供できればいいかなと思う。
休肝日を作れば9%も問題ない?
──ストロング系は9%だが、ウイスキーや焼酎はもっと度数が高い。
その通りだ。要するに缶チューハイは1本飲み切りと判断されている。キャップ付きなら何回かに分けて飲み、20グラム未満に抑えられることもあるが、プルキャップだとそうはいかない。だったら2人で飲むとかいろいろなやり方があるのに、1人で1本飲みきることだけが想定されている。
──度数8%以上の缶チューハイだと、ガイドラインの1日アルコール量20グラム以上に抵触するから問題があるということでしょうか?
他社の動向もあるが、ガイドラインで健康被害が明らかになっているにもかかわらず発売を続けるか否かについては考える必要がある。
飲酒については個人の裁量や判断も大きい。ガイドラインは1週間の摂取量を想定しており、9%を飲んだ翌日が休肝日なら2日間で4.5%と単純計算できる。飲酒ペースを毎日から2日に1回、3日に2回とか、そういうやり方で純アルコール量を超えないよう個人が判断して飲むようになるかもしれない。
そう考えるとストロング系だけをやり玉に挙げるのは、ちょっと乱暴かなと個人的には思う。
ビールも500ミリリットルのロング缶なら、純アルコール量は20グラム程度になってしまう。業務用の瓶ビールは「大人の義務教育(6・3・3)」なんて言われる633ミリリットルで、これは完全にアウト。最近は若い女性の間でテキーラが人気を集めているが、これも一発スリーアウトチェンジだ。この話を始めると、ぐちゃぐちゃになってしまう。
──ストロング系チューハイがなくなったら、酒類市場はどうなるのでしょうか。
度数の低いチューハイを2〜3本買う人もいるだろうが、量が多くなると飲みきれない場合もある。ならばチューハイの素や焼酎を買い、炭酸で割って度数8〜9%を自分で作って飲む層が増えるのでは。ビジネスチャンスが訪れる可能性もある。
──高アルコールをやめる流れは、業界にとってマイナスだけではないと。
お酒のトレンドは毎年変わっていく。ガイドラインが出れば、それに代わる新しいスタンダードが生まれてくる。必ずしもネガティブな部分だけではない。
適正飲酒で楽しんでもらいたい
──世間の飲酒に対する見方は厳しくなってきています。
よくタバコは「百害あって一利なし」と言うが、お酒は昔から「百薬の長」なんてうたわれてきた。適量を飲めば精神安定や気分転換につながるし、健康増進の作用もあると言われてきた。今回のガイドラインについては「皆さん、適量をたしなむようにしましょう」と、改めてメーカーと消費者に認識してもらうためと捉えている。
今は宴会で酔っ払ってネクタイを頭に締めるなんて人はいなくなってしまった。昔はそれが愛らしいというか、微笑ましい世界だったわけだが、そういうのは引かれるし時代ごとに感覚や捉え方が変化している。
正直、そうした風潮に少し寂しさも感じる。やっぱりわれわれは酒屋だから、適正飲酒で楽しんでもらいたい。気分よく明日の仕事なり活動につなげていただきたいというのが願いだ。
(田口 遥 : 東洋経済 記者)