北海道南富良野町の根室線・幾寅駅。映画『鉄道員(ぽっぽや)』のロケ地で「幌舞駅」の看板を掲げる(記者撮影)

北海道南富良野町のJR根室線・幾寅(いくとら)駅では、「幌舞駅 HOROMAI STATION」と書かれた木造駅舎入り口の看板がレトロな電灯に照らされて存在感を放っている。本名の「JR幾寅駅」の表示が端のほうで遠慮気味なのとは対照的だ。

幾寅駅は故・高倉健さんが主演を務めた1999年公開の映画『鉄道員(ぽっぽや)』のロケ地になった。現在は駅舎内部で衣装や小道具を展示。駅前に「だるま食堂」や「ひらた理容店」などのセット、撮影で使用された「キハ40形」の先頭部が保存されている。

2016年から不通の区間も

直木賞を受賞した原作の短編小説を浅田次郎氏が執筆したのは1990年代半ばのことだ。「したらさ、なして廃線にすんの」「そりゃおまえ、輸送密度とかよ、採算とか、そういう問題だべ」。小説の冒頭場面に出てくるやりとりは、これまで北海道各地で何度となく聞こえてきたに違いない。

鉄道員の舞台は「幌舞線」の終着駅の設定だが、実際の幾寅駅は根室線の途中に位置する南富良野町の玄関口となる駅だ。だが、2016年8月の台風による大雨被害で同駅を含む区間が不通となり、もう7年半もの間、列車が発着していない。そして同駅を含む、根室線の富良野―新得間81.7kmは2024年3月末の運行を最後に廃止されることになった。


幾寅駅の駅前には『鉄道員』に登場した車両の一部やセットが残されている(記者撮影)

JR根室線は、道央の滝川駅から道東の根室駅に至る443.8kmの長大路線。途中、富良野や帯広、釧路といった観光・産業の主要都市を経由する。滝川で函館線、新得で石勝線と接続する。滝川―新得間はかつて北海道の東西を結ぶ中心的な役割を担っていたが、1981年の石勝線(南千歳―新得間)開通により、特急の定期列車が走らないローカル線となった。

2024年3月末限りで廃止の富良野―新得間には、途中駅として布部、山部、下金山、金山、東鹿越、幾寅、落合が並んでいる。2016年8月の大雨の被災後、富良野―東鹿越間は同年10月に再開したが、東鹿越―新得間は鉄道の復活を見ることなく、最後まで列車代行バスで運行される。


根室線と富良野線が乗り入れる富良野駅の駅名標。根室線の布部方面が廃止に(記者撮影)

廃止区間の始発駅、富良野では滝川方面からの根室線、旭川方面から富良野線が合流する。夏はラベンダー、冬はパウダースノーが自慢のスキー場など、北海道を代表する観光地らしく外国人旅行者の姿も目立つ。「オムカレー」といったご当地グルメも人気だ。テレビドラマ『北の国から』の舞台としても有名で、周辺にロケ地が点在している。

『北の国から』ゆかりの駅も廃止

根室線は富良野から南へ空知川に沿って走る。廃止区間の1駅目の布部駅は、北の国からの第1話で、北海道に帰ってきた五郎・純・螢が降り立つ駅として登場する。布部、山部、金山の各駅からはかつて木材を搬出する森林鉄道も延びていた。金山―東鹿越間の空知トンネルを抜けると、金山ダムによってできたかなやま湖が見えてくる。


東鹿越駅は列車と代行バスの乗り換え地点(記者撮影)

湖畔の東鹿越駅が列車と代行バスの乗り換え地点。新得方面へのバスは列車が来なくなった幾寅、落合両駅に立ち寄る。落合から先、国道38号は東へ、根室線は南へ分かれて狩勝峠を越える。

かつての根室線は国道に沿ったルートで、急勾配・急カーブが連続する難所だった。旧新内駅付近は長野県の篠ノ井線姨捨駅付近、熊本県の肥薩線矢岳駅付近とともに「日本三大車窓」の1つとされた。1966年の新線完成後、旧線の一部は国鉄の実験線となった。

峠を越えた新得側の狩勝高原では、軌道自転車のトロッコ鉄道を整備。朝のNHK連続テレビ小説『なつぞら』に登場した柴田家のセットも移設されている。

代行バスはサホロリゾート前に立ち寄ってして新得駅に到着。一方、根室線の新線は新狩勝トンネルで峠を抜ける。トンネル内の上落合信号場が根室線と石勝線の合流点で、新得駅まで両線が線路を共有する。


新得駅前の列車代行バス。東鹿越駅と結ぶ(記者撮影)

南富良野町では、下金山から落合までの5駅が廃止となり、鉄道駅は町内から消滅する。新たな町の交通のハブになるのが幾寅駅の約1km北、国道38号に面した「道の駅南ふらの」だ。開設は1993年。いまや全国に1200以上を数えるまでになった道の駅の第1回登録で誕生した103駅の1つだ。

2022年4月には隣接して複合商業施設が開業。地元食材を使ったレストランやフードコートのほか、アウトドア用品大手のモンベルの店舗が入り、屋内でクライミング体験もできるようになっている。同年6月には国道を挟んで宿泊特化型ホテル「フェアフィールド・バイ・マリオット・北海道南富良野」もオープンした。

バスの延伸・増便

2024年4月以降は富良野から山部方面の既存路線バスを道の駅南ふらの、幾寅駅まで延伸、1往復増便して6往復とする。

また道の駅で富良野からのバスに連絡する南富良野町営バスも新設。落合と石勝線トマム方面への地域の足を確保する。旭川と帯広を結ぶ都市間バスも2往復増便して5往復とし、落合停留所を新設した。

南富良野町役場の担当者は「町民の生活圏である富良野の学校や病院などへの足を確保できた。鉄道より便数が増えるので、観光客が多い富良野やトマムからも町内に足を延ばしてもらいたい」と話していた。かなやま湖では夏はカヌーなどのアクティビティ、冬はワカサギ釣りが人気という。

JR北海道管内では、このところ毎年のように廃止となる区間が出ている。2019年は石勝線夕張支線の新夕張―夕張間、2020年は札沼線の北海道医療大学―新十津川間、2021年は高波の被害により2015年から不通だった日高線の鵡川―様似間が廃止された。根室線の富良野―新得間も含め、いずれも1日1km当たりの利用者数を示す輸送密度が200人未満の線区だ。


2023年春に廃止された留萌線の留萌駅。増毛駅までの区間(画面手前)は2016年廃止=2023年2月(記者撮影)

留萌線は2016年に留萌―増毛間、2023年に石狩沼田―留萌間が廃止。残る石狩沼田―深川間も2026年の廃線が予定されている。同線の廃止によって、JR北海道が2016年に「当社単独では維持困難」と表明した13線区のうち、廃止・バス転換の方針を示した5線区が姿を消す。

ほかの8線区は地元負担などを前提に存続を目指すが、JR北海道は2024年1月、2023年度中に示すとしていた具体的な改善策の決定を先送りすると表明した。

廃止直前になって混み合う

乗務員不足が深刻化する現状では、赤字ローカル線を廃止してバス転換するにしても将来の不透明感が拭えない。自治体側から鉄道廃止を提案し、代わりにバス網の充実を図る「攻めの廃線」で注目を集めた石勝線夕張支線の地元、夕張市のバス会社は2023年10月、ドライバー不足などを理由に同市と札幌方面を結ぶバス路線を廃止した。2030年度予定の北海道新幹線札幌延伸に伴う並行在来線の扱いも気がかりだ。

JR北海道は3月16日から月末まで富良野―東鹿越間の列車と東鹿越―新得間の代行バスを増便する。直前に廃止を惜しむ人々で駅や列車内が混み合うのは、近年の北海道の春の風物詩のようになっている。

大自然の中を走る区間が多い北海道のローカル線は、沿線に集客の潜在力を備えているだけに、普段から国内外の観光客にも使いやすくなるような施策が必要と言えそうだ。


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(橋村 季真 : 東洋経済 記者)